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──どうして、彼女を好きにならないのだろう。
「すまない。……君の気持には、応えられない」
「え……」
教会の裏にある、崖の上。
柵も設置され、歩道も整備されたここは、教会に住む人々の憩いの場になっている。
景色もよく、海風も心地良い。
季節の花が咲き誇るここは、まるで花畑のようだ。
……けれど、俺は、何故かこの場所を好きになれなかった。
早くここから立ち去りたくて、目の前に佇む少女から逃げ出したくて……俺は、彼女から目を逸らした。
レリア。
理不尽な運命に抗い、やっと自由を手にした、俺が教会へと招き入れた女性。
明るく、愛らしい笑顔が魅力的なひと。
教会でレリアと過ごしたのが一年。
そして、彼女が王族と戦うと決めて、教会を出てから一年。
計二年、俺は彼女と行動を共にしてきた。
誰が何と言おうと、人生の決定権は彼女自身にあるのだと、そう思ったから。
生まれだとか、掟だとか……運命だとか。
そんなもので彼女の人生を奪おうとする連中に腹が立って、レリアと共に抗った。
そして、今。
俺は、『また』彼女に告白されている。
……そろそろ、だろうか。
「……そ、か。……ごめんね、イキシア」
青空を背に、レリアが泣き笑いを浮かべる。
どうして、俺はレリアの告白を毎回断るんだろう。
とても素敵な女性で、とてもかわいらしいと、そう思うのに。
何故か、「彼女じゃない」と、どこかで叫ぶ声がする。
レリアの笑顔に、穏やかに笑う誰かの姿が重なった気がして──手を伸ばした、その時。
リンゴーン
鐘の音が、聞こえた。
そして世界は、暗転する。
※ ※ ※
ぱちり。
目を開ければ飛び込んでくる、見慣れた街並み。
見上げた青空は柔らかく、空気は暖かい。
店先に並ぶものも、季節を教えてくれる。
「おや、イキシア! 神父様のお使いかい?」
「……こんにちは、マダム。俺はもうそんな歳じゃない」
笑顔の眩しいマダムに声を掛けられ、俺の口からはするりと『また』同じ言葉が紡がれる。
思わず眉根が寄るが、昔からの顔なじみであるマダムは一切気にすることなく豪快に笑って去っていった。
その背中を見送って、俺は小さくため息を吐いた。
青空の眩しい、五月の春の日。
俺は、ある時からずっと、この二年間を繰り返している。
どうやら俺は『ループ』というものに巻き込まれているらしい。
この言葉を知ったのも最近で、王都へと何度目かのループで行った時にたまたま見かけた、本屋に並んでいたファンタジー小説がきっかけだった。
主人公の置かれた現状が自分に酷似していて、珍しく買ってしまったのをよく覚えている。
それから似たような傾向の作品をいくつかたしなみ、分かったことがある。
それは、『ループには必ず原因がある』ということ。
当たり前だが、物事には必ず原因があり、それを解消しなければ問題は解決しない。
現実離れした現象のくせに、へんなところで真っ当な理屈を言い出すのだから、少し腹が立ってしまったのは仕方ないと思う。
なんて頭の中で現状をまとめていたら、足は自然と『いつもの』場所へと進んでいたらしい。
聞き馴染んだ高い声に、足を止めた。
「ねえ、これ、こっちまで落ちてたよ!」
「え……? わあ、ありがとう、お姉ちゃん!」
そこにいたのは、転んでしまい泣いていた妹に、自分も泣きそうになっていた幼い兄の兄妹。
そんな彼らに手を差し伸べる、一人の少女だ。
どうやら妹が持っていた財布から、転んだ拍子にお金が飛び出してしまっていたらしい。
「……あ! お兄ちゃん! お金、これでたりるよ!」
「え? だってさっきお店で数えたときは、お花を買うには足りないって……」
「そうだったの? でも、今は足りるんでしょう?」
きっと数え間違ってたんだよ! と、少女は自分のことの様に、嬉しそうに笑って妹の頭を撫でる。
最初は首を傾げていた兄も、笑顔の妹と、お目当ての花が買える、という事実に疑問が飛んで行ってしまったのだろう。
次第に顔をほころばせ、少女にお礼を告げて二人で花屋へと戻っていった。
にこにこと笑い兄妹に手を振り返していた少女は、彼らの姿が見えなくなると、途端にため息を吐いて財布を確認しだした。
……ほんとうに、コロコロと表情の変わる人だ。
「……はああ、ついお金を渡しちゃった……。だって病気のお母さんに渡すお花が買えないって泣いてるんだもん……」
独り言も多いな、とも思う。
「……まあ、もともと宿に泊まるだけのお金も残ってなかったし、子供が笑うならそれで良し! 私はおとなしく野宿をしよう!」
笑い、ため息を吐き落ち込み、すぐに持ち直しまた笑う。
どこまでも、何度出会っても、明るく華やかな笑顔は変わらない。
……だから、俺も何度でも、彼女に手を差し伸べてしまうんだろう。
「女性が野宿はダメだろう。……行く当てがないのか?」
なら、教会に来るといい。
こちらを振り向く、驚いて見開かれたオレンジの瞳。
彼女の動きに合わせて揺れる柔らかい青色の髪は、春の空によく似ているなと、なんとなく思った。
差し伸べた手を握りかえす、少女の手の甲には、特徴的な紋様が浮かんでいて。
これが、俺とレリアの物語の始まり。
そして、俺の『ループ』の始まりでもある。
──まるで「間違えるな」とでもいうかのような、鐘の音が聞こえた気がした。
「すまない。……君の気持には、応えられない」
「え……」
教会の裏にある、崖の上。
柵も設置され、歩道も整備されたここは、教会に住む人々の憩いの場になっている。
景色もよく、海風も心地良い。
季節の花が咲き誇るここは、まるで花畑のようだ。
……けれど、俺は、何故かこの場所を好きになれなかった。
早くここから立ち去りたくて、目の前に佇む少女から逃げ出したくて……俺は、彼女から目を逸らした。
レリア。
理不尽な運命に抗い、やっと自由を手にした、俺が教会へと招き入れた女性。
明るく、愛らしい笑顔が魅力的なひと。
教会でレリアと過ごしたのが一年。
そして、彼女が王族と戦うと決めて、教会を出てから一年。
計二年、俺は彼女と行動を共にしてきた。
誰が何と言おうと、人生の決定権は彼女自身にあるのだと、そう思ったから。
生まれだとか、掟だとか……運命だとか。
そんなもので彼女の人生を奪おうとする連中に腹が立って、レリアと共に抗った。
そして、今。
俺は、『また』彼女に告白されている。
……そろそろ、だろうか。
「……そ、か。……ごめんね、イキシア」
青空を背に、レリアが泣き笑いを浮かべる。
どうして、俺はレリアの告白を毎回断るんだろう。
とても素敵な女性で、とてもかわいらしいと、そう思うのに。
何故か、「彼女じゃない」と、どこかで叫ぶ声がする。
レリアの笑顔に、穏やかに笑う誰かの姿が重なった気がして──手を伸ばした、その時。
リンゴーン
鐘の音が、聞こえた。
そして世界は、暗転する。
※ ※ ※
ぱちり。
目を開ければ飛び込んでくる、見慣れた街並み。
見上げた青空は柔らかく、空気は暖かい。
店先に並ぶものも、季節を教えてくれる。
「おや、イキシア! 神父様のお使いかい?」
「……こんにちは、マダム。俺はもうそんな歳じゃない」
笑顔の眩しいマダムに声を掛けられ、俺の口からはするりと『また』同じ言葉が紡がれる。
思わず眉根が寄るが、昔からの顔なじみであるマダムは一切気にすることなく豪快に笑って去っていった。
その背中を見送って、俺は小さくため息を吐いた。
青空の眩しい、五月の春の日。
俺は、ある時からずっと、この二年間を繰り返している。
どうやら俺は『ループ』というものに巻き込まれているらしい。
この言葉を知ったのも最近で、王都へと何度目かのループで行った時にたまたま見かけた、本屋に並んでいたファンタジー小説がきっかけだった。
主人公の置かれた現状が自分に酷似していて、珍しく買ってしまったのをよく覚えている。
それから似たような傾向の作品をいくつかたしなみ、分かったことがある。
それは、『ループには必ず原因がある』ということ。
当たり前だが、物事には必ず原因があり、それを解消しなければ問題は解決しない。
現実離れした現象のくせに、へんなところで真っ当な理屈を言い出すのだから、少し腹が立ってしまったのは仕方ないと思う。
なんて頭の中で現状をまとめていたら、足は自然と『いつもの』場所へと進んでいたらしい。
聞き馴染んだ高い声に、足を止めた。
「ねえ、これ、こっちまで落ちてたよ!」
「え……? わあ、ありがとう、お姉ちゃん!」
そこにいたのは、転んでしまい泣いていた妹に、自分も泣きそうになっていた幼い兄の兄妹。
そんな彼らに手を差し伸べる、一人の少女だ。
どうやら妹が持っていた財布から、転んだ拍子にお金が飛び出してしまっていたらしい。
「……あ! お兄ちゃん! お金、これでたりるよ!」
「え? だってさっきお店で数えたときは、お花を買うには足りないって……」
「そうだったの? でも、今は足りるんでしょう?」
きっと数え間違ってたんだよ! と、少女は自分のことの様に、嬉しそうに笑って妹の頭を撫でる。
最初は首を傾げていた兄も、笑顔の妹と、お目当ての花が買える、という事実に疑問が飛んで行ってしまったのだろう。
次第に顔をほころばせ、少女にお礼を告げて二人で花屋へと戻っていった。
にこにこと笑い兄妹に手を振り返していた少女は、彼らの姿が見えなくなると、途端にため息を吐いて財布を確認しだした。
……ほんとうに、コロコロと表情の変わる人だ。
「……はああ、ついお金を渡しちゃった……。だって病気のお母さんに渡すお花が買えないって泣いてるんだもん……」
独り言も多いな、とも思う。
「……まあ、もともと宿に泊まるだけのお金も残ってなかったし、子供が笑うならそれで良し! 私はおとなしく野宿をしよう!」
笑い、ため息を吐き落ち込み、すぐに持ち直しまた笑う。
どこまでも、何度出会っても、明るく華やかな笑顔は変わらない。
……だから、俺も何度でも、彼女に手を差し伸べてしまうんだろう。
「女性が野宿はダメだろう。……行く当てがないのか?」
なら、教会に来るといい。
こちらを振り向く、驚いて見開かれたオレンジの瞳。
彼女の動きに合わせて揺れる柔らかい青色の髪は、春の空によく似ているなと、なんとなく思った。
差し伸べた手を握りかえす、少女の手の甲には、特徴的な紋様が浮かんでいて。
これが、俺とレリアの物語の始まり。
そして、俺の『ループ』の始まりでもある。
──まるで「間違えるな」とでもいうかのような、鐘の音が聞こえた気がした。
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