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神父様の言葉を思い出しながら、森をかき分ける。
──これは、君が持っていてください。
渡されたロザリオは、俺のポケットの中で小さな金属音を立てる。
ずいぶんと久しぶりに歩く崖の上へとつながる獣道は、柵を付けるために最近人が通ったのだろうか。
記憶よりも幾分か歩きやすくなっているような気がした。
……いや、もしかしたら、ずっと昔からこんなものだったのかもしれない。
はあ、と吐き出した空気は、春の風に吹かれて消えた。
見上げた空は、オレンジから紫へと表情を変える最中だ。
神父様は、俺がこの──ラーレのロザリオを持っているのが、一番良いと言った。
それが、俺を守ってくれるだろう、と。
「……守ってくれる、わけがないだろう」
たどり着いた崖の上。
開けた視界には、黄昏の空が広がって。
少し肌寒い潮風が、髪をそこに遊ばせた。
ポケットの中から取り出したロザリオは、当然ながら温度を持たない。
胸の前で祈るようにそれを握りしめて、ぼんやりと夜に染まる色の変化を眺めていた。
──守ってくれる、わけがない。
だって、この予感が。
ザンカのスケッチが。
レリアのくれた写真が。
神父様の忘れたロザリオが。
すべて、正しいというならば。
「俺は、あの子を忘れたということだろう──」
そんな男を、守ってくれるわけが、ない。
女性との関係が希薄な俺でもわかることだ。
なぜ忘れたのかもわからない。
何を忘れているのかも、俺にとって彼女がどんな存在だったのかも。
けれど、きっと。
「……大切な、ひとだったんだろう、な」
「分かっているではないか」
え、と思う時には、もう遅かった。
ザン。
聞き覚えのある声に振り替えるより早く、空気と肉を絶つ音が聞こえて、背中に熱さが走って。
一瞬の間をおいて、脳がそれを痛みと認識する。
その時には、すでに俺の身体は地面へと倒れこんだ後だった。
「カ、ラン……!」
「気安いぞ。貴様に名を呼ぶことを許した覚えはない」
氷の様に冷たい声が、頭上に降り注ぐ。
藍色に染まる、夕暮れと夜の狭間の空を背に、剣を収める男。
そこにいたのは、『今』ここに来るはずのない、カラン王子その人だった。
「何故、ここ、に……!」
ひゅう、と喉が変な音を上げる。
けれど、それを気にする暇も余裕もなかった。
カラン王子。
レリアを狙う張本人で、時には妻にと言い寄るレリア本人すらその刃の錆とすることも厭わない、諸悪の根源。
俺とレリアが毎回戦うこととなる、ファンタジー小説でいう、所謂ラスボス。
王都で読んだループ物の小説に、ラスボスを倒すとループが終わる、とうものがあった。
だから、彼を倒せば開放されると思っていた時もあったが──結果は言わずもがな、だ。
そんな男が、教会に現れるのはずっと先のはずだ。
冬の気配が近づく、秋の終わりのはず。毎回そうだ。
なのに、なぜ──……
痛みと、音もなく忍び寄る昏い死の気配に、思考がまとまらない。
ただでさえ、分からないことがありすぎて混乱していたというのに!
ぐるぐると回る視界と思考。
ぼやけていく景色の中でも、嫌味なくらい気高い金髪は一切色褪せることなく主張してくる。
最期の悪あがきだ。
せめて、と睨みつけていると、カラン王子の纏う空気が変わったのが、なんとなくわかった。
「……そうか、やはり──……」
──やはり、覚えているか、お前も。
それは。
その、言葉の意味は、
目を見開き、口を開く。
だが、俺の喉が次の言葉を紡ぐより早く、眼前の男の剣がもう一度空気を裂いた。
二度目の衝撃は、すぐに俺の意識を暗闇へと追いやった。
最後に聞こえたのは、忌まわしい鐘の鳴る音と。
「……これが、貴様への最後の復讐だ」
吐き捨てるような、そんな男の声だった。
──これは、君が持っていてください。
渡されたロザリオは、俺のポケットの中で小さな金属音を立てる。
ずいぶんと久しぶりに歩く崖の上へとつながる獣道は、柵を付けるために最近人が通ったのだろうか。
記憶よりも幾分か歩きやすくなっているような気がした。
……いや、もしかしたら、ずっと昔からこんなものだったのかもしれない。
はあ、と吐き出した空気は、春の風に吹かれて消えた。
見上げた空は、オレンジから紫へと表情を変える最中だ。
神父様は、俺がこの──ラーレのロザリオを持っているのが、一番良いと言った。
それが、俺を守ってくれるだろう、と。
「……守ってくれる、わけがないだろう」
たどり着いた崖の上。
開けた視界には、黄昏の空が広がって。
少し肌寒い潮風が、髪をそこに遊ばせた。
ポケットの中から取り出したロザリオは、当然ながら温度を持たない。
胸の前で祈るようにそれを握りしめて、ぼんやりと夜に染まる色の変化を眺めていた。
──守ってくれる、わけがない。
だって、この予感が。
ザンカのスケッチが。
レリアのくれた写真が。
神父様の忘れたロザリオが。
すべて、正しいというならば。
「俺は、あの子を忘れたということだろう──」
そんな男を、守ってくれるわけが、ない。
女性との関係が希薄な俺でもわかることだ。
なぜ忘れたのかもわからない。
何を忘れているのかも、俺にとって彼女がどんな存在だったのかも。
けれど、きっと。
「……大切な、ひとだったんだろう、な」
「分かっているではないか」
え、と思う時には、もう遅かった。
ザン。
聞き覚えのある声に振り替えるより早く、空気と肉を絶つ音が聞こえて、背中に熱さが走って。
一瞬の間をおいて、脳がそれを痛みと認識する。
その時には、すでに俺の身体は地面へと倒れこんだ後だった。
「カ、ラン……!」
「気安いぞ。貴様に名を呼ぶことを許した覚えはない」
氷の様に冷たい声が、頭上に降り注ぐ。
藍色に染まる、夕暮れと夜の狭間の空を背に、剣を収める男。
そこにいたのは、『今』ここに来るはずのない、カラン王子その人だった。
「何故、ここ、に……!」
ひゅう、と喉が変な音を上げる。
けれど、それを気にする暇も余裕もなかった。
カラン王子。
レリアを狙う張本人で、時には妻にと言い寄るレリア本人すらその刃の錆とすることも厭わない、諸悪の根源。
俺とレリアが毎回戦うこととなる、ファンタジー小説でいう、所謂ラスボス。
王都で読んだループ物の小説に、ラスボスを倒すとループが終わる、とうものがあった。
だから、彼を倒せば開放されると思っていた時もあったが──結果は言わずもがな、だ。
そんな男が、教会に現れるのはずっと先のはずだ。
冬の気配が近づく、秋の終わりのはず。毎回そうだ。
なのに、なぜ──……
痛みと、音もなく忍び寄る昏い死の気配に、思考がまとまらない。
ただでさえ、分からないことがありすぎて混乱していたというのに!
ぐるぐると回る視界と思考。
ぼやけていく景色の中でも、嫌味なくらい気高い金髪は一切色褪せることなく主張してくる。
最期の悪あがきだ。
せめて、と睨みつけていると、カラン王子の纏う空気が変わったのが、なんとなくわかった。
「……そうか、やはり──……」
──やはり、覚えているか、お前も。
それは。
その、言葉の意味は、
目を見開き、口を開く。
だが、俺の喉が次の言葉を紡ぐより早く、眼前の男の剣がもう一度空気を裂いた。
二度目の衝撃は、すぐに俺の意識を暗闇へと追いやった。
最後に聞こえたのは、忌まわしい鐘の鳴る音と。
「……これが、貴様への最後の復讐だ」
吐き捨てるような、そんな男の声だった。
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