【完結済】999本のひまわりを君に

こゆき

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 しんと静まり返った森の空は、茜色から紫へと変わっていく。
 何度も見たはずの見慣れた色は、今日は全くの別物のように見えた。

 俺が、殺した。
 誰を? ラーレを?

 ──そんなわけがないと、何故、俺は即答できないのだろう。

 咄嗟に浮かんだ否定の言葉は、喉に張り付いたまま、空気を震わせることなく消えた。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った、崖の上。
 空はすっかり夜の帳が落ちていて、月明かりだけがお互いの姿を照らしていた。

 そんな朧げな灯りの下でもわかるほど、目の前の男の顔は、悲痛に歪んでいた。
 俺も、こいつも、泥だらけだ。

 森の際でこちらを窺うプラムの顔は、今は見えない。

「……思い出せ、イキシア。彼女のことを、彼女への、想いを」
「……、」

 おもい。思い。想い。
 それはなんだ、なんて。
 問わなくても、きっと分かっている。

 それなのに、その感情を見つけようと、手に入れようとするたびに。
 彼女のことを考えるたびに。
 不可思議な記憶をたどろうとするたびに。
 俺の頭はまるで霞がかかったかのように、考えることを止めてしまう。

 まるで、『それは間違っている』とでも、いうかのように。

 そんな声をかき消すように、カランが口を開く。
 夜の空に響いたその声は、力強く、真っすぐで。

 月あかりを背に立つ男の姿は、俺と同じくらい泥だらけだというのに、力強くて。

 場違いにも、「ああ、この人は王になる人なんだな」なんて考えた。


 *   * *


 自室のベッドに腰かけて、高く登った月を眺める。
 こうやって月を眺めるのも、もう何度目になるだろう。

 思い起こすのは、言いたいだけ言ってプラムを伴い夜の森に消えた、男の言葉。

『鍵を探せ』
『鍵……?』

 俺の頭に巣くっていた霞。
 けれど、今はそんなモノも消え失せた。
 それはきっと、あいつの──カランの、お陰だ。

 どういう理屈なのかも、何か特別な理由があるのかも分からないが……。
 さっきまでの大暴れで、体はとても疲れ果てているというのに、驚くほど、俺の思考はクリアになっていた。

 ……もしかしたら、先のことやループのことも何も考えずに大暴れしたから、なのかもしれない。
 だとしたらザンカのことを馬鹿にできないほど、俺も単純だ。

 ほんの少し余裕のできた頭で、俺はカランの言葉を復唱した。

 鍵。
 きっとそれは、ドアを開ける道具のことを指しているのではないということは、俺にだって分かっていた。

 けれど、それが何なのかは、わからない。

『探せ。必ずあるはずだ』
『思い出せ、彼女のことを』

『癪だが──お前に、託す』

「それが俺の償いだ、……か」

 ぽつりと口からこぼれた言葉は、去り際にカランが吐き捨てるように呟いた言葉だ。
 その言葉は、どこか渇いていて、それなのに驚くほど真っすぐだった。

 きっと、カランも、彼女のことが──……

「……いや」

 そこまで考えて、頭をふって思考を止めた。
 これ以上は、俺が踏み込む問題じゃないと思うから。

 カランの感情は、彼だけのものだ。

 それに、今は他人のことに心を寄せている場合じゃない。

「……ラーレ」

 今も、彼女のことは、何一つ覚えてはいない。
 思考を邪魔する霞が晴れただけ。

 明るく、真面目で、働き者だった。
 ──俺の中の彼女の記憶は、それだけだ。

 けど、けれど。

「……」

 チェストの上に綺麗に並べた、みんなから預けられたラーレの証。
 月あかりに照らされるそれらは、無機質で、ただ淡々とそこにあるだけだというのに。

 ……どうしてこんなにも、大切だと、思うのだろう。

 カランのいう『鍵』を見つけることができれば、この謎も解けるのだろうか。

 そんなことをぼんやりと思い、彼女のロザリオへと手を伸ばした。
 の、だが。

「っ、」

 カラン。カタリ。

 手が滑り、床へとそれは落ちてしまった。
 静まり返った夜の部屋に響いた落下音は、小さなはずなのに、やけに大きく聞こえる。

 同室のザンカを起こしてしまったかと少しひやりとしたが、そんな心配は杞憂だった。
 相変わらずぐうぐうといびきを立てて寝ている姿に、安心と同じくらいの理不尽な怒りがわいてくる。

「……呑気なもんだな」

 羨ましいくらいだ。
 ため息と共に、ザンカへの八つ当たりじみた怒りを吐き出して、ロザリオへと手を伸ばす。

 拾い上げたそれは、傷がつくこともなく、淡い黄色の宝石もそのままだ。

「……よかった」

 ほっと小さく息を吐き、拾うために屈めていた腰を伸ばす。
 その時、チェストの引き出しがほんの少し開いているのに気が付いた。

「……?」

 不思議に思い、取っ手へと手をかける。
 自称するのはなんだが、俺は生真面目な方の性格だと思う。

 こんなふうに、引き出しを閉め切らずにしておく、なんて、あまりしないのだが……。

 ほんの少し浮かんだ疑念は、すぐに消え失せる。
 古いチェストだ。さっきロザリオを落とした時にぶつかって、その衝撃で開いてしまったのかもしれない。

 どっちにしろ、もう大分夜更かしをしてしまった。
 早く引き出しを閉めて明日に備えよう。
 なんだかとても眠い。

 そして、明日から、ラーレを思い出す『鍵』を探さなければ──……

 そう思い、急激に押し寄せてくる眠気に流されるように、引き出しを閉めて──……

 ──かたり。

 小さく、小さく聞こえたその音に、動きを止めた。
 それは、引き出しの中から聞こえた音。

「……? 何も入れてなかったはず、なんだが……」

 何か入れていただろうか?
 そう思い、ふと気付く。

 そういえば、少し前から、この音はしていたな、と。

 チューリップを見つけたときもいていたし、さっきロザリオを落とした時もしていた気がする。
 何故気づかなかったのだろう。

 小さな音だし、仕方ないか。意味はないだろう。
 そう、言い聞かせるような思考とは裏腹に、俺の手は、真っすぐにチェストの引き出しへと延びて──

「……チューリップ、の……髪飾り……」

 それを視界に入れた瞬間、何かが割れる音がした。

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