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治療と恋心

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「お待たせしました。お怪我はどのようなものでしょうか?」
深くフードを被った治癒師のサミュが入室する。

だがそこに王女のエレオノーラがいて驚いた。

「どうしてエレオノーラ様がここに?」
レナードを助けたのは聞いている。

しかしまだ同じ部屋にいるとは思わなかった。

サミュは思わずニコルに目をやるが、逸らされてしまう。

侍女のニコルは言葉も発せず、ただエレオノーラに付き添っていた。

もちろん、全ての会話は聞いている。

「心配だったのです。レナード様は転ばされてしまったし、このように酷い怪我なので」
エレオノーラから他人を気遣う声が上がるとは。

驚きつつも、サミュも傷口に目を向ける。

「確かに酷いですね」
血のにじみ具合からだいぶ痛いと予想される。

「では治療しますので、エレオノーラ様は退室を」

「どうして?」
エレオノーラが退室を渋ると、サミュは困ったように話す。

「その、両膝の治療なので……衣類を脱いで頂かないと」

「あぁ」
ようやく思い至った。

治療のために、レナードはズボンを脱がねばならない。

「しかし、サミュは見るのでしょう?ならばわたくしがいてもいいのでは?」

「エレオノーラ様!」
ニコルが驚き、大声を上げる。

レナードの方が顔を真っ赤にしていた。

「サミュは治療の為だし、その、タオルなどを使い、患部以外は隠しますが、エレオノーラ様は駄目です!あなた様は王女でこのような場にいてはいけません!レナード様とて困ります!」
ニコルに引っ張られるようにして退室させられた。

エレオノーラは少なからずショックを受けていた。

信頼しているサミュとはいえ、女性がレナードに触れるのが気に食わない。

そんな自分の想いにハッとして、思わず縋るような気持ちでニコルを見た。

エレオノーラはこの感情がなんなのか、教えてもらいようだ。

有能な側近はため息をつく。

「それが恋で間違いないかと」
ニコルは認めたくないが、告げた。

嘘をつけばよかったかもしれないが、主相手にニコルはそのような事は出来なかった。

「家柄も問題はありませんし、成績自体は優秀な方です。長男ではありますが、弟君がおります。なので跡継ぎについての話し合いは必須となりますが、難点はあの性格。エレオノーラ様を支えられるとは思いません」
そこは、エレオノーラ自身が気にしていない。

「ぜひ彼がいいの」
エレオノーラがレナードを庇った時から、もしやと思っていたが危惧していた事態が起きてしまった。

反対などしても意味がないだろう。

あそこまでエレオノーラが積極性を見せたのだから、本当に好きなのだろうな。

エレオノーラは初めての感情に戸惑っていた。

レナードの優しさが、愚かさが、貴族らしくない裏表のない性格が、気になって仕方がない。

治療を終え、サミュが呼びに来る。

夜も更けてきた、そろそろレナードを家に帰さねばなるまい。

「ありがとうございました。殿下のお蔭で何とか帰れそうです」
ズボンの上からも包帯を巻かれた痛々しい姿に、エレオノーラは思わず跪く。

「こんなに酷い怪我だったなんて」
もう少し早くに気づいて諌めれば良かった、不穏な空気には気づいていたのにと悔やまれる。

「エレオノーラ殿下のお召し物が汚れます、どうかおやめ下さい! こちらはズボンに血がついていたので、見栄えが悪いから巻いて貰っただけなんです!」
エレオノーラに立ってもらおうと必死だ。

レナードはいつだって人の事ばかり気にかける。

立ち上がり、エレオノーラはレナードを見据えた。

レナードが「失礼」と言ってニコルより早くドレスの汚れをはたいて落としてくれた。

その顔は焦りと申し訳無さが入り混じっている、そんな表情にも愛おしさがこみ上げた。

「レナード様」
エレオノーラは意を決してレナードの手を取る。

「殿下……?」
急に手を握られ、上目遣いで見つめられる。

思わずレナードは後ろに下がろうとしたが、手は離されず、寧ろ強く握られる。

「わたくしの婚約者になってください」
衝撃的な告白に、レナードの頭と目の前は真っ白になった。






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