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2 海の国の聖人候補

320 穀物問屋の災難

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とにかく、セーヤにはすぐに戻ってもらうことにした。

現状を最も正確に把握しているだろうセーヤから、一刻も早く正確な情報をもらわなければならない。

新しい味噌蔵での大規模生産を始めるに当たって、兼ねてからエジンさんが付き合いのあった〝バンス穀物卸〟というマハロでも老舗の穀物問屋に依頼して、急ぎできる限りの豆を集めてもらった。若干高めでも構わないとしたことが幸いしたのか、大量だったにも関わらず必要な豆の確保は予定より早く完了した。

仕込みが始まるまでは、しっかりした穀物蔵で管理してもらった方がいいだろうと、買い付けた豆は〝バンス穀物卸〟の倉庫に預けていたのだ。既に支払いはしているし、倉庫代も出している。

(いったいなにが起こったの?!)

戻ってきたセーヤが話してくれたのは全くもって呆れた顛末だった。

ある日、突然なんの前触れもなしにバンスさんの店にやってきたのは、マホロの税務官。

商店の雇用者には、働く者の人数に応じた人頭税が課せられるが、その脱税が行われているというがあったというのだ。

大人数でやってきた彼らは、詳しい説明もせず〝差押え〟を強行。
蔵を開けさせ、穀物を根こそぎ運び出してしまった。

訳の分からないバンスさんたちは、慌てて納税記録を持って税務署を訪ね、お伺いを立てた。
そこからの対応は迅速で、情報は間違いだったと分かり、嫌疑もすぐ晴れた。
押収した品物もすぐに返却する、と言われたため安堵して待っていると、その日のうちに全ての商品が店へと戻された。但し味噌に使う〝ダンバ豆〟を除いて。

運んできた役人は、既に豆は売り渡した後だったため現物はないと言い、売った金だけを置いていったという。

驚いたバンスさんたちは、店の信用に関わる、直接交渉するから売り先を教えてくれとかなり食い下がったが、売り先は明かされず、店の中も大混乱。今、なんとか豆を集めようとしてくれているが、おそらくあの量を集めることは無理だろうという。

「バンス様は、大変憔悴されておりまして、お加減も悪いようです。
税務官がきた折には、店も倉庫もだいぶ荒らされたご様子でしたし、ご商売を再開するまでまだ数日はかかると思われます」

そう話している間に〝バンス穀物卸〟の使いの方が、エジン先生の所へ慌ててやってきた。

話の内容はセーヤの報告通りで、使いの方はただ申し訳ないと頭を下げるばかり。

「本当は主人がお詫びに伺わなければならないところですが、この度の心労でまだ倒れ伏しておりまして……いづれ改めまして参上すると申しておりますが、何卒しばらくの御猶予を賜りたく……」

平身低頭の使いの方に対し、エジン先生は努めてにこやかに対応していた。

「あなた方にはなんの落ち度もないではありませんか。
どうぞバンスさんにも、気に病まれないようお伝えください」

使いの方は何度も頭を下げ、せめて役人が置いていった豆の代金をそっくりそのまま返金させて欲しいと金袋を置いた。私たちが買った時の金額の倍近い額なのがまた腹が立つ。
豆を無理矢理奪った誰かの〝高い金で売れてよかったな。これで文句はないだろう〟という言葉が聞こえてくるようだ。

エジン先生はこれを受け取らず

「味噌造りは、これからずっと続いて行きます。豆は継続して必要ですので、引き続き取引をお願いします。これは、そのためにお預けしますよ」

と言って再び使いにお金を持たせ、私からもお見舞いにとポーションをひとつ持たせ、帰途につかせた。

「これは、だよね」

穀物問屋からの使いを見送って帰ってきたエジンさんは苦笑いを浮かべている。

「これは、メイロードの言ったの妨害工作だよね」

私は真顔で答えた。

「ええ、内偵中のソーヤの報告を聞くまでもないですね。おじさまの警告通りのやり口です。
バンスさんもお気の毒に……とんだとばっちりです」

私を怒らせるとは、本当にいい根性をしている。
庶民に対し高圧的な役人を使って、無実の罪を着せて、しかも謝りもせず、原状回復すらしない。

きっとバンスさんたちは、訳もわからず怖い思いをしたに違いない。

(ああ、腹の立つ!きっとうやむやにされた豆の行き先はエビヤ商会に決まってる)

「メイロード……顔が怖いよぉ~」

エジン先生が、私を見て困ったように言う。
だが、私の眉間のシワは深くなるばかりだ。

「エジン先生、予定では来週には蔵は完成するんですよね」

私が設計図を見た時には、実はもう建て始められていた味噌蔵は(私が事後承諾でいいから、とにかく急ぐよう言っていたので)、基礎も終わり、上物に取り掛かっている。

「そうだね、複雑な建物じゃないし、町の人もみんな協力してくれているから、急げば後5日ってところかな」

「では、それまでに必ず豆は用意しますので、先生は種麹を含め、準備をお願いします」

私は立ち上がると、台所を片付け、周りをきちんとお掃除した。
綺麗に台所を整頓し掃除をしている間に、少しだけ怒りも収まり、頭の中も整理されて、これからの行動を考える余裕ができた。

(うん、掃除大事!)

そして、しばらく留守をするとエジン先生に告げ、味噌蔵を後にした。

〔ソーヤが戻ったら、帝国に帰ります。用意をお願いね〕

ふたりに念話を送る。

〔承知致しました〕

〔もうすぐ戻ります。色々ヤバそうなコトも分かりましたので、あとでお伝えしますね〕

おそらくソーヤの報告は、私の表情をさらに硬くし眉間のシワを深くするような、不愉快極まりない内容だと、もう分かっている。

私は一度大きく深呼吸をしてから《無限回廊の扉》を開き、別荘へ戻った後、ソーヤを待ってから急ぎ帝国へと向かった。

(絶対エジン先生の味噌蔵は成功させます!絶対、絶対、邪魔なんかさせないから!)
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