利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

414 エリクサー研究の壁

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414

老婦人の名前はエルリベット・バレリオというそうだ。

「普段はこの名は名乗っていないから〝エルばあさん〟とでも呼んでおくれ。なんでだろうね、お嬢さんにはちゃんと名乗りたくなってね。私の若い頃に似ているからかね。ヒッヒッヒ」

エルリベットさんは、やっぱり悪い魔女っぽい笑い方でそう言った。私に似ているという話は、とりあえず突っ込まないでおくことにしよう。

「エルリベットさんは、薬師もされているのですか?」

「もちろんできるが、今では〝ハイパーポーション〟クラスは作るのが面倒になってきたね。とにかく、今は昔に比べて素材が少なくなっているからね。もちろん〝エリクサー〟なんて素材が高すぎて作ったこともないよ。
うちに置いてあるこの〝エリクサー〟は、大昔ある魔法薬師が作ったものが流れてきたので買い取ってやったものだよ。品質は問題ないが、貴重すぎて売り物にはできないね。まぁ、店の信用のために置いてあるものさ」

そう言いながら見せてくれたガラス瓶には美しい青と銀色の揺らめく液体が入っていた。《鑑定》したところ、完全品の〝エリクサー〟に間違いなかった。

「ありがとうございます。こんな貴重なものを見せて頂いて感謝致します」
「なかなかいい目をしてるね。《真贋》まで持っているのかい。この歳でそれだけの鑑定眼があるとは恐れ入ったよ。随分と修行を積んだものだ。それじゃ、これを見てみるかい」

エルさん(さすがに〝ばあさん〟とは呼べないので)、が出して見せてくれたのは〝妖精王の涙〟だった。だが、黒い靄が薄くかかっていて、微妙に偽物の雰囲気が出ている。詳しく《鑑定》してみると本物の〝妖精王の涙〟はごく一部で、それに普通の樹液を使って細工をし、本物のように見せている模造品だった。

「これは明らかに細工を入れた偽物ですね。一部に本物が使ってあるようですが……」
「そうだよ。だが、一部でも本物があれば、〝エリクサー〟までは無理でも他の高級薬には使えるから、しっかり見抜いて買い叩いて安く手に入れたものだ」

そういうエルさんの言葉には、なかなかの商才がみえた。

「でも、なぜ、こんな一部だけの〝妖精王の涙〟があるのでしょう。私が魔法学校で見たものは綺麗な球体でしたし、こんないびつでもなかったですよ」

エルさんによると、これはおそらく魔法操作に失敗した結果だろうという。初歩の魔法薬ではあまり考える必要はないが、中級以上の魔法薬では、材料を使用する前にさまざまな操作が必要とされる。時にはそれに失敗したこういった素材ができてしまうこともあるという。

「未熟な魔法薬師が、たまたま手に入れた高級素材を使おうとすると、こういうもったいないことになるんだよ」

エルさんは、本当にもったいないといった表情でいびつな〝妖精王の涙〟を触った。やはりきちんと勉強をしないうちから扱うのは、なかなか難しい素材のようだ。しかもエルさんによれば〝エリクサー〟の素材にするのであれば、産地や採取時期が同じものを揃えたり《鑑定》しながら素材の中の薬効成分の偏りやばらつきがないよう調整する作業も必要だという。

「だが、こんなものでも需要があってさ……」

エルさんによると〝妖精王の涙〟は、高級魔法薬〝四肢戻しの秘薬〟の材料として有名なのだそうだ。そのため、怪我の多い冒険者や兵士の間でお守りとして〝妖精王の涙〟を持つことが流行したのだという。〝四肢戻しの秘薬〟はその名の通り、失った手や足を再生させる秘薬で、即効性のある魔法治療薬として名高いが、これまたおいそれと手に入るような薬ではない。

「まぁ〝妖精王の涙〟だけ持っていても、かなり腕のいい薬師がいなきゃ〝四肢戻しの秘薬〟なんていう難しい薬は作れないんだが、死と隣り合わせの連中には、こういったお守りが必要なんだろうね。おかげで、冒険者が見つけた〝妖精王の涙〟は、滅多に市場に出てこないんだ。おまけに、さっきみたいな偽物もやたらとあるしね」

どうやら〝エリクサー〟の素材が手に入れにくい一因には、その貴重さを魔法使い以外の人たちも知るようになってきたため、個人で隠してしまうケースが増えている、ということもありそうだ。

〝エリクサー〟クラスになると素材に強い魔素を含んだものが多いのだが、ひとつの素材の中でも場所によってその濃度がかなり違っているケースがあり、そのまま使おうとするとばらつきが大きすぎて、正確に必要な量を算出することが難しいのだそうだ。

「その魔素の濃度比率と適正値の算出に関する実験が難関みたいなんですよね」
私が〝魔法薬研究会〟の資料を当たったところでは、時間もお金もかなりかかる実験というだけでなく、魔法の技術もかなりの水準を要求される。その上、素材の入手自体が、昔と比べ、とにかく厳しいのが現状だ。

「昔は、高級薬といえば、かなり念入りな事前実験が当たり前だったんだよ。それも含めての価格で取引されていたと言ってもいい。そういった事前実験の結果は〝秘伝〟として、それぞれの魔法薬師が大事に握っているから、なかなか資料は表に出ないしね」

どうやら、昔の魔法薬師たちは、実際に貴重な素材を使った条件出しを繰り返して、それぞれが〝エリクサー〟のために最適な使用量を求めていたらしい。今ほどには貴重でなかったとはいえ、大変な労力と資金を投入する事になるので、どの魔法使いも秘匿して決して公開などしないのが当たり前だったという。

(どうも、この大事なプロセスを近年の〝魔法薬研究会〟で行った形跡がないんだよね。確かに、素材が貴重すぎて使えないのはわかるけど、それじゃいくら他を慎重にやってもだめじゃん)

「魔法学校の人たちが、この適正量実験の重要性について知らないなんて有り得るんでしょうか?」
「もちろん知っているだろうよ。だけどねぇ……知っていても、今じゃは素材が高価すぎてこういった実験に使うことはできなかっただろうし、きっと過去の研究の記録を信じて数値を決めているんじゃないかね。それも方法として間違っているわけではないさ。それに、過去の資料から適正値を算出する方法でも成功することがあるから、毎回事前実験を行うというのに、あまり意味がないという学者もいるからねぇ」
「何ですか、その一か八かみたいな薬作り!」

私は呆れて言葉も出なかった。つまり現状では、完璧なエリクサーを作るための条件出しをする研究に必要な素材が足りなくて、その研究を後回しにしたままになっているのだ。前回の〝エリクサー〟作成実験の失敗から考えて、過去に実験で得られたデータに、なにがしかの問題があるかもしれないのに……。

「失敗が多くなってきているとすれば、それぞれの素材の中の魔素の比重が、年月の経過で変化している可能性は考えないとね。今まで使われてきた問題がなかった資料も、徐々に現状と乖離してきている可能性はあるねぇ。
だが、それを考えると、近年のしかも揃った品質の、できれば同じ場所から採取された素材で条件出しを再度しなきゃならないわけだから、これはこれでもう無理なんじゃないのかね。やれといってもない袖はふれないさ」
エルさんは、困ったものだという風にため息をついた。

(なんということだろう。それじゃ、正確な最適値研究のためには、素材は〝同じ場所で採取された複数が必要〟ってことじゃない。私が買った〝妖精王の涙〟ひとつあっても意味がない)

私は暗澹たる気持ちになって、もう〝エリクサー〟研究を投げ出したくなってきた。
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