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3 魔法学校の聖人候補
416 森への航路
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416
ふたりがいない生活が始まって、今日で5日目だ。
いつもはソーヤがしてくれている、グッケンス博士用のコーヒーを淹れ、ポットに数杯分のお代わりを置いておくことも、私がやっている。キッチンに広がるコーヒーの香りがとてもいい。今日はハワイコナを中引きにしてネルドリップで落としてみた。
「なかなか戻らんな。さすがに厳しいのかもしれんな〝妖精王の森〟を探すのは……」
私の淹れたコーヒーと朝食のクロワッサン・サンドウィッチを食べながら、グッケンス博士が言う。
「まぁ、ふたりができるって言うんだから、大丈夫だよ。信じて待つしかないよね」
セイリュウはミネストローネ・スープを飲みながら、いつものようにのんびりした調子だ。
「相手が移動してますから、運次第というのがきついですね。私が扉を開けている場所からあまり離れられると見つけにくいでしょうし、どこで諦めさせるかも、そろそろ考えないといけないですよね……」
頑張ってくれているセーヤとソーヤには気の毒だが、やはりどこかで切り上げないとこの捜索はキリがない。
私が、ふたりを傷つけないようにやんわりと捜索の切り上げを告げる方法を考えていたところ、凄い勢いでアタタガ・フライが駆け込んできた。
「メイロードさま! 見つけました!! 見つけましたよ!! すぐお連れしますので、来ていただけますか」
どうやら、ソーヤとセーヤは同じ場所に行き当たったらしく現地で私を待っているそうだ。アタタガ・フライは私を乗せるため急遽戻ってきたのだという。
「今〝妖精の森〟は沿海州の小島にあります。さあ、行きましょう」
私は慌ててエプロンを取り、駆け出す。
「では、行ってきます、博士、セイリュウ」
「気をつけてな」
「うまくいくといいな」
ふたりに見送られ、私は慌ただしく出発した。
全速力のアタタガ・フライに運ばれて到着したのは、沿海州の中にある絶海の孤島だった。周囲に他の島も見えない、船を寄せる場所さえない切り立った崖で囲まれた島なので、住む者もない無人島だ。
「メイロードさま!」
「メイロードさま!」
手を振るふたりのいる岸壁に、アタタガと共に着陸する。
「ふたりともありがとう! よく見つけてくれたわね」
私の言葉に、得意そうな様子を見せるふたりに促され、急ぎ足で私は森の中へ入っていった。人のまったく入っていない森は、かなり鬱蒼とした状態だったが、私のためにセーヤとソーヤが人が通れる程度の道を草を薙ぎ払って確保していてくれたので、迷うこともなく進むことができた。
それでも、足場の悪いアップダウンに苦労しながらしばらく進むと、やがて一段と緑が濃いのに不思議と明るい光に満ちた清々しい森の香りのする場所へと行き着いた。
「ここにはものすごい数の妖精がいます。ですが、ここにいる者たちはほとんど眠っておりますので、静かなものですが……」
妖精たちを守るように作られたこの森では、疲れた妖精たちがこの不思議な木のそこかしこで眠っているのだそうだ。また、ここから旅立っていくものもいれば、そのまま眠り続けるものもあるという。
さらに進んでいくと、そこに大きく枝を広げた巨大な樹が現れた。〝妖精王の大樹〟だ。
私は苔むしたようにも見える大樹の幹にそっと近づくと、やさしく手を触れながら話しかけた。
「あなたたちの眠りの邪魔をして、本当にごめんなさい。私の名はメイロード・マリスと申します。〝エリクサー〟の研究のために、どうしても〝妖精王の涙〟が欲しくて、ここまでやってきました。あなたにしてあげられることは何もないけれど、どうかお願いします。私にあなたの涙を頂けませんか?」
私の言葉に呼応するように大樹がざわざわと揺れると、やがて大樹の葉に包まれた丸い玉が、その葉が開かれるとともに、雨のようにポツポツと降ってきた。拾い上げ《鑑定》してみると、間違いなく〝妖精王の涙〟だ。
私は幹に頬を寄せ〝妖精王の大樹〟に感謝を伝える。
「ありがとう。本当にありがとう。大切に使わせてもらいます」
拾い上げた20個の〝妖精王の涙〟をセーヤが袋に入れて渡してくれた。
「大丈夫ですよ、メイロードさま。森はメイロードさまを受け入れてくれました。私たちの主人は素晴らしい方だと、ソーヤとふたりでお伝えしましたら……王はとてもお喜びでした」
そしてセーヤがこう言った。
「《無限回廊の扉》も、ここに作っていって構わないそうですよ。いつでもおいでとおっしゃっています。妖精たちは、みんなメイロードさまのお味方ですよ」
私はありがたく、回廊への入り口を作らせてもらった。
「あなたたちに何かあれば知らせてくださいね。すぐ駆けつけますから」
私がそう大樹に伝えると〝妖精王の大樹〟の中から小さな妖精が現れた。そこで、私はその妖精に〝ミドリ〟と名をつけ契約した。これで、この子がメッセンジャーになってくれるだろう。
ミドリに見送られ、私は《無限回廊の扉》を抜けセーヤとソーヤそれにアタタガを連れ、魔法学校のいつものリビングへ戻っていった。
グッケンス博士とセイリュウは、私が出ていった時と同じポジションでコーヒーを飲んでいた。
「ご心配をおかけしました。ふたりのおかげで〝妖精王の涙〟を手に入れることができました」
袋の中を見せると、グッケンス博士が目を細めた。
「良いものをもらったな。これも、お前さんがセーヤとソーヤを大切にしてきたからだと思うぞ。大事に使いなさい」
「はい、もちろんです」
「妖精王はいい奴だよ。何も言わないけどね。とてもやさしいやつなんだ。きっとお前のことを認めてくれると思ってたよ」
セイリュウも嬉しそうにしている。
ともあれ、これで素材の確保は終わった。次は、実験だ。
そしてその晩は、普段の3倍ソーヤのご飯を作り、普段の2倍の時間をかけセーヤのスタイリングに付き合った。
ふたりともお疲れ様でした。
ふたりがいない生活が始まって、今日で5日目だ。
いつもはソーヤがしてくれている、グッケンス博士用のコーヒーを淹れ、ポットに数杯分のお代わりを置いておくことも、私がやっている。キッチンに広がるコーヒーの香りがとてもいい。今日はハワイコナを中引きにしてネルドリップで落としてみた。
「なかなか戻らんな。さすがに厳しいのかもしれんな〝妖精王の森〟を探すのは……」
私の淹れたコーヒーと朝食のクロワッサン・サンドウィッチを食べながら、グッケンス博士が言う。
「まぁ、ふたりができるって言うんだから、大丈夫だよ。信じて待つしかないよね」
セイリュウはミネストローネ・スープを飲みながら、いつものようにのんびりした調子だ。
「相手が移動してますから、運次第というのがきついですね。私が扉を開けている場所からあまり離れられると見つけにくいでしょうし、どこで諦めさせるかも、そろそろ考えないといけないですよね……」
頑張ってくれているセーヤとソーヤには気の毒だが、やはりどこかで切り上げないとこの捜索はキリがない。
私が、ふたりを傷つけないようにやんわりと捜索の切り上げを告げる方法を考えていたところ、凄い勢いでアタタガ・フライが駆け込んできた。
「メイロードさま! 見つけました!! 見つけましたよ!! すぐお連れしますので、来ていただけますか」
どうやら、ソーヤとセーヤは同じ場所に行き当たったらしく現地で私を待っているそうだ。アタタガ・フライは私を乗せるため急遽戻ってきたのだという。
「今〝妖精の森〟は沿海州の小島にあります。さあ、行きましょう」
私は慌ててエプロンを取り、駆け出す。
「では、行ってきます、博士、セイリュウ」
「気をつけてな」
「うまくいくといいな」
ふたりに見送られ、私は慌ただしく出発した。
全速力のアタタガ・フライに運ばれて到着したのは、沿海州の中にある絶海の孤島だった。周囲に他の島も見えない、船を寄せる場所さえない切り立った崖で囲まれた島なので、住む者もない無人島だ。
「メイロードさま!」
「メイロードさま!」
手を振るふたりのいる岸壁に、アタタガと共に着陸する。
「ふたりともありがとう! よく見つけてくれたわね」
私の言葉に、得意そうな様子を見せるふたりに促され、急ぎ足で私は森の中へ入っていった。人のまったく入っていない森は、かなり鬱蒼とした状態だったが、私のためにセーヤとソーヤが人が通れる程度の道を草を薙ぎ払って確保していてくれたので、迷うこともなく進むことができた。
それでも、足場の悪いアップダウンに苦労しながらしばらく進むと、やがて一段と緑が濃いのに不思議と明るい光に満ちた清々しい森の香りのする場所へと行き着いた。
「ここにはものすごい数の妖精がいます。ですが、ここにいる者たちはほとんど眠っておりますので、静かなものですが……」
妖精たちを守るように作られたこの森では、疲れた妖精たちがこの不思議な木のそこかしこで眠っているのだそうだ。また、ここから旅立っていくものもいれば、そのまま眠り続けるものもあるという。
さらに進んでいくと、そこに大きく枝を広げた巨大な樹が現れた。〝妖精王の大樹〟だ。
私は苔むしたようにも見える大樹の幹にそっと近づくと、やさしく手を触れながら話しかけた。
「あなたたちの眠りの邪魔をして、本当にごめんなさい。私の名はメイロード・マリスと申します。〝エリクサー〟の研究のために、どうしても〝妖精王の涙〟が欲しくて、ここまでやってきました。あなたにしてあげられることは何もないけれど、どうかお願いします。私にあなたの涙を頂けませんか?」
私の言葉に呼応するように大樹がざわざわと揺れると、やがて大樹の葉に包まれた丸い玉が、その葉が開かれるとともに、雨のようにポツポツと降ってきた。拾い上げ《鑑定》してみると、間違いなく〝妖精王の涙〟だ。
私は幹に頬を寄せ〝妖精王の大樹〟に感謝を伝える。
「ありがとう。本当にありがとう。大切に使わせてもらいます」
拾い上げた20個の〝妖精王の涙〟をセーヤが袋に入れて渡してくれた。
「大丈夫ですよ、メイロードさま。森はメイロードさまを受け入れてくれました。私たちの主人は素晴らしい方だと、ソーヤとふたりでお伝えしましたら……王はとてもお喜びでした」
そしてセーヤがこう言った。
「《無限回廊の扉》も、ここに作っていって構わないそうですよ。いつでもおいでとおっしゃっています。妖精たちは、みんなメイロードさまのお味方ですよ」
私はありがたく、回廊への入り口を作らせてもらった。
「あなたたちに何かあれば知らせてくださいね。すぐ駆けつけますから」
私がそう大樹に伝えると〝妖精王の大樹〟の中から小さな妖精が現れた。そこで、私はその妖精に〝ミドリ〟と名をつけ契約した。これで、この子がメッセンジャーになってくれるだろう。
ミドリに見送られ、私は《無限回廊の扉》を抜けセーヤとソーヤそれにアタタガを連れ、魔法学校のいつものリビングへ戻っていった。
グッケンス博士とセイリュウは、私が出ていった時と同じポジションでコーヒーを飲んでいた。
「ご心配をおかけしました。ふたりのおかげで〝妖精王の涙〟を手に入れることができました」
袋の中を見せると、グッケンス博士が目を細めた。
「良いものをもらったな。これも、お前さんがセーヤとソーヤを大切にしてきたからだと思うぞ。大事に使いなさい」
「はい、もちろんです」
「妖精王はいい奴だよ。何も言わないけどね。とてもやさしいやつなんだ。きっとお前のことを認めてくれると思ってたよ」
セイリュウも嬉しそうにしている。
ともあれ、これで素材の確保は終わった。次は、実験だ。
そしてその晩は、普段の3倍ソーヤのご飯を作り、普段の2倍の時間をかけセーヤのスタイリングに付き合った。
ふたりともお疲れ様でした。
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