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3 魔法学校の聖人候補
447 銀狼
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447
現場に近づくにつれ、状況が最悪であることが《索敵》で伝わってきた。
判明した彼らが遭遇する相手は狼の魔獣、その中でも巨大な〝銀狼〟だった。攻撃性と高い統率力を持ち、集団で暮らす彼らは、戦う相手としては最悪だ。その身には《氷の魔石》を持ち極寒の地でも平然と動け、非常に高い機動力を有している。確かに、狩ればその毛皮は火をまったく通さない極上のものだし魔石も取れるという非常に価値のある魔獣ではあるし、おそらく1頭で100ポイントを超える希少種だろうが、そんな魔獣たちになんの準備もなく集団で襲いかかられたら、命がいくつあっても足りない。
(ポイントのために死んでどうするのよ! もう!)
高速移動できる魔道具を使い、彼らは昨日他の生徒によって目撃されたというアイスゴブリンとアイスベアを狙っているつもりなのだろうが、すでにそれらは銀狼たちの餌食になってしまったようだ。それほどに銀狼は手強い。
おそらくまだ、自分たちがどんなに危険な状況にあるか知らず、狩りが成功することを信じて疑わないまま、全速力で山を駆け上がっているのだろう彼らに、今は何も伝えることすらできないもどかしさに身悶えしながら、私はアタタガ・フライの輸送箱の中から監視を続けた。
〔アタタガ・フライ、急に呼び出してごめんね。あなたのおかげで、彼らに追いつけるわ〕
念話で早朝に突然呼び出して、急に頼みごとをしてしまったことを謝罪すると、アタタガ・フライは楽しげに笑いながら答えた。
〔何を仰いますか、メイロードさま。こうしてお役に立てることこそ、私の喜びなのです。こうして、メイロードさまのお役に立ち、なおかつその雄姿を間近に見せていただく機会を得られるのは、私にとっては幸せでしかありません。さあ、もうすぐ追いつきますよ。ここからどうなさいますか?〕
本当に私といることを喜んでいる弾んだ声のアタタガには苦笑するしかなかったが、さすが私の専属飛行士のスピードは素晴らしく、確かにもうすぐ予定していた場所が見えてきそうだ。
「博士、どうやら銀狼たちの本隊との接触前には学生たちと合流できそうですが、見張り役の10頭との戦闘は避けられそうにないです。彼らだけで、撃退できればいいですが……」
私の言葉に、グッケンス博士は眉間に皺を寄せ、大きくため息をついた。
「まず、無理だろうな。上手くかわして逃げる知恵が働いてくれれば御の字だが、目が眩んでいるあの者たちにはそれも難しかろう。しかも、相手は狡猾な銀狼だ。いきなり遭遇してあの子らができる対策など、何ひとつないだろうよ。
いっそ怪我ぐらいで済むなら、少しやられた方がいいのではないかと思うわ。あの自分の力量さえ冷静に判断できぬ短慮な愚か者たちは……」
博士の深いため息も当然だ。
今回はグループで行動しているが、単独行動の方が圧倒的に多い魔法使いは周りのサポートが期待できない状況に置かれることを前提で行動しなければならない。そのためには、冷静な判断力と石橋を叩いて渡るような慎重さが求められる。でなければ、怪我も避けられないし、死に直面する可能性も極めて高くなる。
今回のような、情動に煽られ冷静さを欠いた行動は、最もしてはいけないことなのだ。
「この合宿も、そういったうまくいかないことから、慎重な行動や連携の重要性を学ばせることも、ひとつの重要な学びだったのじゃが、成績上位者の過信がここまでひどいとは……」
魔法学校の一年生の成績上位者である程度で、もう危険な魔獣に勝てる気になっているところが、彼らの甘さだ。その甘さの背景には、彼らが貴族として幼い頃から甘やかされ放題に育っていて、誰もその行動を諌めず、失敗もさせない、という環境があるわけだが、結局そのツケによってこうした危険に自ら陥っているのだ。
「本隊と合流されたら面倒だ。……悪いが抑えてくれるか?」
なんだかものすごく申し訳なさそうに博士が私に言う。
「もちろん、そのつもりです。彼らを守りながらでは大変だと思いますが、よろしくお願いします」
「うむ。では、頼んだ」
低空飛行で飛ぶアタタガ・フライの移動箱のドアを開け、まだ小さいままの博士が《浮遊》しながら出ると、アタタガはその場で飛びながら博士にかけられた《縮小》を解き、博士を元のサイズに戻した。そして普通の大きさに戻った博士は、そのままふわりと地上に向かって降りていく。
この《浮遊》は、グッケンス博士が開発した非常に複雑な魔法で、しかもものすごく魔法力の消費が激しい。長時間は使えないが、こういった局面ではとても有効だ。
「お気をつけて!」
移動箱の中から心配そうに手を振る私に、少し微笑んで博士は雪原へ向かっていった。
そこでは、残念ながらすでにもう3つのグループと銀狼との戦いが始まっている。
すでに、呻きや叫び声が聞こえてくるが、彼らのことはグッケンス博士に任せるしかない。
(私も、私の仕事をしなくちゃ!)
私とアタタガ・フライは再び高度を上げ、全速力で銀狼たちの本隊のいる場所へ向かう。彼らが、合流するための移動に入る前になんとか止めなければ、博士の身も危なくなるのだ。
私は《索敵》を使い、雪原の中で戦い始めた博士たちの状況をハラハラしながら見守りつつ、祈るような気持ちで先を急いだ。
現場に近づくにつれ、状況が最悪であることが《索敵》で伝わってきた。
判明した彼らが遭遇する相手は狼の魔獣、その中でも巨大な〝銀狼〟だった。攻撃性と高い統率力を持ち、集団で暮らす彼らは、戦う相手としては最悪だ。その身には《氷の魔石》を持ち極寒の地でも平然と動け、非常に高い機動力を有している。確かに、狩ればその毛皮は火をまったく通さない極上のものだし魔石も取れるという非常に価値のある魔獣ではあるし、おそらく1頭で100ポイントを超える希少種だろうが、そんな魔獣たちになんの準備もなく集団で襲いかかられたら、命がいくつあっても足りない。
(ポイントのために死んでどうするのよ! もう!)
高速移動できる魔道具を使い、彼らは昨日他の生徒によって目撃されたというアイスゴブリンとアイスベアを狙っているつもりなのだろうが、すでにそれらは銀狼たちの餌食になってしまったようだ。それほどに銀狼は手強い。
おそらくまだ、自分たちがどんなに危険な状況にあるか知らず、狩りが成功することを信じて疑わないまま、全速力で山を駆け上がっているのだろう彼らに、今は何も伝えることすらできないもどかしさに身悶えしながら、私はアタタガ・フライの輸送箱の中から監視を続けた。
〔アタタガ・フライ、急に呼び出してごめんね。あなたのおかげで、彼らに追いつけるわ〕
念話で早朝に突然呼び出して、急に頼みごとをしてしまったことを謝罪すると、アタタガ・フライは楽しげに笑いながら答えた。
〔何を仰いますか、メイロードさま。こうしてお役に立てることこそ、私の喜びなのです。こうして、メイロードさまのお役に立ち、なおかつその雄姿を間近に見せていただく機会を得られるのは、私にとっては幸せでしかありません。さあ、もうすぐ追いつきますよ。ここからどうなさいますか?〕
本当に私といることを喜んでいる弾んだ声のアタタガには苦笑するしかなかったが、さすが私の専属飛行士のスピードは素晴らしく、確かにもうすぐ予定していた場所が見えてきそうだ。
「博士、どうやら銀狼たちの本隊との接触前には学生たちと合流できそうですが、見張り役の10頭との戦闘は避けられそうにないです。彼らだけで、撃退できればいいですが……」
私の言葉に、グッケンス博士は眉間に皺を寄せ、大きくため息をついた。
「まず、無理だろうな。上手くかわして逃げる知恵が働いてくれれば御の字だが、目が眩んでいるあの者たちにはそれも難しかろう。しかも、相手は狡猾な銀狼だ。いきなり遭遇してあの子らができる対策など、何ひとつないだろうよ。
いっそ怪我ぐらいで済むなら、少しやられた方がいいのではないかと思うわ。あの自分の力量さえ冷静に判断できぬ短慮な愚か者たちは……」
博士の深いため息も当然だ。
今回はグループで行動しているが、単独行動の方が圧倒的に多い魔法使いは周りのサポートが期待できない状況に置かれることを前提で行動しなければならない。そのためには、冷静な判断力と石橋を叩いて渡るような慎重さが求められる。でなければ、怪我も避けられないし、死に直面する可能性も極めて高くなる。
今回のような、情動に煽られ冷静さを欠いた行動は、最もしてはいけないことなのだ。
「この合宿も、そういったうまくいかないことから、慎重な行動や連携の重要性を学ばせることも、ひとつの重要な学びだったのじゃが、成績上位者の過信がここまでひどいとは……」
魔法学校の一年生の成績上位者である程度で、もう危険な魔獣に勝てる気になっているところが、彼らの甘さだ。その甘さの背景には、彼らが貴族として幼い頃から甘やかされ放題に育っていて、誰もその行動を諌めず、失敗もさせない、という環境があるわけだが、結局そのツケによってこうした危険に自ら陥っているのだ。
「本隊と合流されたら面倒だ。……悪いが抑えてくれるか?」
なんだかものすごく申し訳なさそうに博士が私に言う。
「もちろん、そのつもりです。彼らを守りながらでは大変だと思いますが、よろしくお願いします」
「うむ。では、頼んだ」
低空飛行で飛ぶアタタガ・フライの移動箱のドアを開け、まだ小さいままの博士が《浮遊》しながら出ると、アタタガはその場で飛びながら博士にかけられた《縮小》を解き、博士を元のサイズに戻した。そして普通の大きさに戻った博士は、そのままふわりと地上に向かって降りていく。
この《浮遊》は、グッケンス博士が開発した非常に複雑な魔法で、しかもものすごく魔法力の消費が激しい。長時間は使えないが、こういった局面ではとても有効だ。
「お気をつけて!」
移動箱の中から心配そうに手を振る私に、少し微笑んで博士は雪原へ向かっていった。
そこでは、残念ながらすでにもう3つのグループと銀狼との戦いが始まっている。
すでに、呻きや叫び声が聞こえてくるが、彼らのことはグッケンス博士に任せるしかない。
(私も、私の仕事をしなくちゃ!)
私とアタタガ・フライは再び高度を上げ、全速力で銀狼たちの本隊のいる場所へ向かう。彼らが、合流するための移動に入る前になんとか止めなければ、博士の身も危なくなるのだ。
私は《索敵》を使い、雪原の中で戦い始めた博士たちの状況をハラハラしながら見守りつつ、祈るような気持ちで先を急いだ。
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