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4 聖人候補の領地経営
638 敵の戦略
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638
「そこまで大規模にやってくるとはね……」
セーヤとソーヤによる内偵は、予想通りであったがその規模は想定を超えたものでもあった。
ふたりの調査によれば、タガローサはまず、かつては自分の支配下にあったパレスの名店〝甘美な箱〟亭から、適当な職人に金を掴ませて無理やり引き抜いた。その職人にタガローサの息のかかった商店が借金のカタとして所有していたパン工房を与えて、そこで菓子作りをさせ、すぐに店を開かせたそうだ。
もちろん、こうした暗躍は絶対表に出ないよう幾重にも偽装されている。蟄居していなければならないため、表面上はまったくタガローサとは関係がない、あたかもその職人が独立して新たな店舗を開いたかのようだ。その店はすでに開店して二カ月以上は経過しているというから、おそらく彼らの計画はもうその頃から始まっていたに違いない。
(まぁ、そんな秘密裏の計画も、セーヤたちには筒抜けですけどね)
「それで、どれぐらいの人数になりそう?」
今回の“パレス菓子博覧会”は、帝国市民と呼ばれる特権階級だけでなく、一般の住民にまで門戸を開くことになっている。だが菓子はここパレスでも決して安いものではない。今回の屋台では買いやすくするため店の半額まで値引きして売ることができるが、それでも買ってみようと思える層はある程度限られるだろう。それに、そもそも会場に入れる人数には限りがある。三日間行われるとはいえ、それでも合計一万人以上が会場に入ることはできないだろうというのがおじさまの試算だ。
「おそらく三千人はすでに抑えているのではないかと……」
セーヤは集めてきた資料を示しながら不快そうに私にそう言った。
「うーん、そうなるとすでに三割の票は取られてるわけね……」
シルヴァン家、そして裏で糸を引くタガローサが、この一般投票という一見公平に見えるやり方を提案してきた理由を考えたとき、おそらくやってくるだろうと思ってきた裏工作……それは“組織票”を使って投票行動を誘導することだ。
タガローサは、ここパレスでは絶大な権力を振るってきた。失脚したとはいえ、まだ彼の圧力にあらがえない人たちはたくさんいるのだろう。そんな人々を使って、票の取りまとめをすでに終えているのだ。そうして集められた、味の評価をせずただタガローサ陣営の店に投票するためにだけに会場へやってくる予定の人々が三千人いるという。
「厳しい戦いになりそうね」
私は頬に手を当てため息をついた。まだ、その三千人が確実に会場に来るかどうかはわからないとはいえ、これだけ事前に票を操作されては勝てる見込みはかなり低い。これをひっくり返すのは、ほぼ不可能と言ってもいいかもしれない。
だが、とにかく対策を練らなければならない。私はこの最悪な情報をすぐにおじさまに伝えた。
「ほぉ、三千ね……」
おじさまは怒っているような笑っているような、複雑な表情をしながら私の報告を聞いていたが、頭を掻きむしったかと思うとこう言い放った。
「お前に選択権をやる! 道はふたつだ! 泥仕合になってもこの勝負、絶対に勝たなければならない。ならば、こちらも組織票を積んでいく。いまの俺なら、これからでも千や二千は積めるはずだ。それでかなり差を詰められるだろう。組織票の差を埋めれば、お前の菓子ならば、きっと勝てる。
……だが、この方法は危険でもある。こちらも相手と同じ罪を犯すわけだからな。
メイロード、お前はどうしたい? この差を正攻法だけで埋められるか?」
すでに“帝国の代理人”として、大きな影響力をここパレスでも持ちつつあるサイデムおじさまだ。きっと組織票を作ることは、ある程度可能なのだろう。でも、それではタガローサと同じ土俵に乗ることになる。
それに菓子博覧会には、他にもたくさんのお店が出店するのだ。そんな中で金で票を買って勝っても、後ろめたい気持ちはぬぐえないだろう。そして怖いのは、タガローサと同じことをすれば、最悪タガローサ側が自爆覚悟でお互いの組織票作りを暴露し無効試合に持ち込もうとする可能性も十分考えられることだ。それで一番傷つくのは現〝帝国の代理人〟であるサイデムおじさまの名誉……
(ダメ……そんなことは絶対させられない!)
「考えます。この組織票に負けない方法、見つけます。だから、組織票はやめましょう。ただ、時間がないので強引な方法やスレスレの方法は使うことになるかも知れません。でも、真っ向勝負で勝ちたいです。だって……」
私が真っ向勝負にこだわるのは、タガローサが今回作らせた店にもある。その名も〝金の小箱〟というどこかで聞いたような名前だ。売り物はクッキーやロシアケーキといったお菓子。そう、それは私のブランド〝金の籠〟のまるパクリの商品を売る店だったのだ。
ソーヤが〝金の小箱〟から買ってきたその商品は、見た目こそ〝金の籠〟そっくりだったが、レシピも知らないのに見様見真似の急ごしらえで作ったのだろう、食べ比べれば味の差は歴然だ。だがそれでも、まだこの世界ではほとんど普及していない甘味、本物を知らずこれを初めて食べた人は喜ぶとは思われた。
「タガローサが〝金の籠〟のお菓子を真似したのは、明らかにサイデムおじさまへの嫌がらせでしょう。この商品はサイデム商会以外では販売していませんから。〝金の籠〟のブランドイメージを下げつつ、自分のところで類似品を少しだけ安く売って儲けようなんて、許せません」
〝金の籠〟が私が作った菓子ブランドであることなど、タガローサが知るわけがない。ただ、いまパレスで人気の菓子をサイデム商会が独占していることが気に入らず、意趣返しをしようとしているのだ。これで〝金の小箱〟が今回の勝負に勝てば〝金の籠〟に代わって、クッキーブランドとしてパレス最高位を謳って、本家であるこちらを駆逐し儲けようと考えているのに違いない。
「タガローサの店の品物は、そんな菓子なので、味では絶対に負けていません。ならば、勝機はあるはずです。明日から開催日までの数日が勝負、とことんやりますよ、こちらも!」
「そこまで大規模にやってくるとはね……」
セーヤとソーヤによる内偵は、予想通りであったがその規模は想定を超えたものでもあった。
ふたりの調査によれば、タガローサはまず、かつては自分の支配下にあったパレスの名店〝甘美な箱〟亭から、適当な職人に金を掴ませて無理やり引き抜いた。その職人にタガローサの息のかかった商店が借金のカタとして所有していたパン工房を与えて、そこで菓子作りをさせ、すぐに店を開かせたそうだ。
もちろん、こうした暗躍は絶対表に出ないよう幾重にも偽装されている。蟄居していなければならないため、表面上はまったくタガローサとは関係がない、あたかもその職人が独立して新たな店舗を開いたかのようだ。その店はすでに開店して二カ月以上は経過しているというから、おそらく彼らの計画はもうその頃から始まっていたに違いない。
(まぁ、そんな秘密裏の計画も、セーヤたちには筒抜けですけどね)
「それで、どれぐらいの人数になりそう?」
今回の“パレス菓子博覧会”は、帝国市民と呼ばれる特権階級だけでなく、一般の住民にまで門戸を開くことになっている。だが菓子はここパレスでも決して安いものではない。今回の屋台では買いやすくするため店の半額まで値引きして売ることができるが、それでも買ってみようと思える層はある程度限られるだろう。それに、そもそも会場に入れる人数には限りがある。三日間行われるとはいえ、それでも合計一万人以上が会場に入ることはできないだろうというのがおじさまの試算だ。
「おそらく三千人はすでに抑えているのではないかと……」
セーヤは集めてきた資料を示しながら不快そうに私にそう言った。
「うーん、そうなるとすでに三割の票は取られてるわけね……」
シルヴァン家、そして裏で糸を引くタガローサが、この一般投票という一見公平に見えるやり方を提案してきた理由を考えたとき、おそらくやってくるだろうと思ってきた裏工作……それは“組織票”を使って投票行動を誘導することだ。
タガローサは、ここパレスでは絶大な権力を振るってきた。失脚したとはいえ、まだ彼の圧力にあらがえない人たちはたくさんいるのだろう。そんな人々を使って、票の取りまとめをすでに終えているのだ。そうして集められた、味の評価をせずただタガローサ陣営の店に投票するためにだけに会場へやってくる予定の人々が三千人いるという。
「厳しい戦いになりそうね」
私は頬に手を当てため息をついた。まだ、その三千人が確実に会場に来るかどうかはわからないとはいえ、これだけ事前に票を操作されては勝てる見込みはかなり低い。これをひっくり返すのは、ほぼ不可能と言ってもいいかもしれない。
だが、とにかく対策を練らなければならない。私はこの最悪な情報をすぐにおじさまに伝えた。
「ほぉ、三千ね……」
おじさまは怒っているような笑っているような、複雑な表情をしながら私の報告を聞いていたが、頭を掻きむしったかと思うとこう言い放った。
「お前に選択権をやる! 道はふたつだ! 泥仕合になってもこの勝負、絶対に勝たなければならない。ならば、こちらも組織票を積んでいく。いまの俺なら、これからでも千や二千は積めるはずだ。それでかなり差を詰められるだろう。組織票の差を埋めれば、お前の菓子ならば、きっと勝てる。
……だが、この方法は危険でもある。こちらも相手と同じ罪を犯すわけだからな。
メイロード、お前はどうしたい? この差を正攻法だけで埋められるか?」
すでに“帝国の代理人”として、大きな影響力をここパレスでも持ちつつあるサイデムおじさまだ。きっと組織票を作ることは、ある程度可能なのだろう。でも、それではタガローサと同じ土俵に乗ることになる。
それに菓子博覧会には、他にもたくさんのお店が出店するのだ。そんな中で金で票を買って勝っても、後ろめたい気持ちはぬぐえないだろう。そして怖いのは、タガローサと同じことをすれば、最悪タガローサ側が自爆覚悟でお互いの組織票作りを暴露し無効試合に持ち込もうとする可能性も十分考えられることだ。それで一番傷つくのは現〝帝国の代理人〟であるサイデムおじさまの名誉……
(ダメ……そんなことは絶対させられない!)
「考えます。この組織票に負けない方法、見つけます。だから、組織票はやめましょう。ただ、時間がないので強引な方法やスレスレの方法は使うことになるかも知れません。でも、真っ向勝負で勝ちたいです。だって……」
私が真っ向勝負にこだわるのは、タガローサが今回作らせた店にもある。その名も〝金の小箱〟というどこかで聞いたような名前だ。売り物はクッキーやロシアケーキといったお菓子。そう、それは私のブランド〝金の籠〟のまるパクリの商品を売る店だったのだ。
ソーヤが〝金の小箱〟から買ってきたその商品は、見た目こそ〝金の籠〟そっくりだったが、レシピも知らないのに見様見真似の急ごしらえで作ったのだろう、食べ比べれば味の差は歴然だ。だがそれでも、まだこの世界ではほとんど普及していない甘味、本物を知らずこれを初めて食べた人は喜ぶとは思われた。
「タガローサが〝金の籠〟のお菓子を真似したのは、明らかにサイデムおじさまへの嫌がらせでしょう。この商品はサイデム商会以外では販売していませんから。〝金の籠〟のブランドイメージを下げつつ、自分のところで類似品を少しだけ安く売って儲けようなんて、許せません」
〝金の籠〟が私が作った菓子ブランドであることなど、タガローサが知るわけがない。ただ、いまパレスで人気の菓子をサイデム商会が独占していることが気に入らず、意趣返しをしようとしているのだ。これで〝金の小箱〟が今回の勝負に勝てば〝金の籠〟に代わって、クッキーブランドとしてパレス最高位を謳って、本家であるこちらを駆逐し儲けようと考えているのに違いない。
「タガローサの店の品物は、そんな菓子なので、味では絶対に負けていません。ならば、勝機はあるはずです。明日から開催日までの数日が勝負、とことんやりますよ、こちらも!」
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