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4 聖人候補の領地経営
646 ご挨拶
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646
「お前、何かしたな?」
ニンマリ笑う私を見下ろしながら、カンのいいおじさまはそう聞いてきた。
「いえいえ、たいしたことはしてませんよ。ただ、せっかくの宣伝の機会ですから〝カカオの誘惑〟の宣伝をするだけではもったいないなーと思って……」
そう、私が昨日から屋台の前で笑顔と共に配り続けていたのは〝金の籠〟ブランドのお菓子の試供品。ウチに並んでいない人たちにも、とにかく通りかかったすべての方々に笑顔とともに差し上げた。一枚づつだけれど、その分食べやすいので、皆さん喜んで渡したそばから美味しそうに食べてくれた。
もちろん、バターたっぷりで香ばしいサクサククッキーは大好評で、この試供品提供作戦は、しっかり〝金の籠〟の宣伝にもなってくれた。
実は……多くの人々は、まずうちの店の前の道を通ってほかの店へ向かう。どうしてそういう状況になるかというと、うちの屋台が会場入り口の一番手前にあるからだ。なぜ手前にあるかというと、シルヴァン公爵家からの
「試されるものが、優先されるべきではない。むしろ、場所などものともせず勝ててこその〝皇宮御用達〟だろう。〝カカオの誘惑〟の場所はほかの店が場所を選んだあと、最後に残った場所にするべきだ」
という、正論のような無茶な要求が通った結果だ。もちろん、今回の仕切り役ドール参謀は抗議すると言ってくれたが、私には考えがあったので、そのまま進めてもらって構わないと話したのだ。
そして、予想通り残ったのは入り口横の一番狭い場所。しかもメインの通路からは少し外れているという最悪に見えるロケーション。きっと、タガローサたちはしてやったりと思っていただろう。
だが、新聞を使ったガイドマップを並んでいる人たちに大量配布したことで、人の動きが正規ルートから外れ〝カカオの誘惑〟のある道に流れたので、結局うちの店の前が正規のルートのようになり、人の流れが多くなった。結果として、多くの人に試供品を奥の店に着く前に食してもらうことができたわけだ。
「〝金の籠〟のクッキーを食べた後に、見た目だけはそっくりな〝金の小箱〟のお菓子を食べたら、さてどんな顔になるでしょうね?」
「あっ……」
おじさまは私の意図に気がついて、私と同じくニンマリした。私たちはちょっと悪者っぽく、くくく、と笑い合う。
「あれは、予想を裏切って不味かったという顔だったのか! なるほどなるほど……」
おじさまは笑いながら席を立ち、そのまま店を後にしていった。
「気は抜くなよ。だが、いい作戦だった。笑わせてもらったよ」
そう言い残して……
もちろん、気を抜くつもりはさらさらない。三千票の差を埋めるためには、取れる票は全部取る気で望まなければ勝てないことは最初からわかっている。
なかなかいい出来だった焼きナポリタンを完食して、私は再び店頭へ向かう。大量のクッキーを詰め込んだバスケット風マジックバッグを手に、午後も笑顔でセーヤと一緒にクッキーを配り続けた。
二日目の日が暮れる頃、〝カカオの誘惑〟の来客数は2500人を超えていた。対応しきれなかった方々も含めれば、ほとんどのすべての来場者がうちに寄ってくれたと言っていい数字だ。
この集計は独自のものでほかの店の数はわからないが、誰から見てもウチにダントツの人数が訪れていることは明白だろう。この結果に満足しながら二日目の片付けをしていると、今回出店しているいくつかのお店の方が、自分の店の菓子を持って挨拶に来てくれた。
伝統的な蜂蜜漬けで有名な〝蜂の巣〟の店主キキルさんに、小麦粉を固く焼いたちょっと八ツ橋風のお菓子で有名な〝小麦菓子本舗グーデ〟のグーデさん、揚げ菓子で人気の〝プララ亭〟のクッケさん、みなさんうちの菓子を褒めてくれた。
「さすがは皇妃様がお認めになった菓子店だと、この二日間、感心して拝見させていただいておりました」
「ウチにあの人数が来たら、それこそ営業が成り立ちません。よくご準備されましたな」
「あの新聞のおかげで、こちらもいい宣伝をさせていただきました。あれも、そちら様がお作りになって下さったのでございましょう?」
それまでの宣伝戦略で新聞を使ったので、名前を出さずともあのガイドブック風新聞もうちが配ったのだろうとわかっている様子だ。どのお店も、この菓子博で一等が取れるとは、一日目の時点で思わなくなったそうだが、いい宣伝になったと喜んでくれていた。
私は彼らが気分を害さずに楽しんでくれていることにホッとした。
「今回は菓子博を荒れさせてしまったようで申し訳ありません。どうしても負けるわけにはいかない事情がございまして……」
「いえ、お気になさる必要はありませんよ。私たちも良い経験をさせていただきましたから……
うちのお隣の〝金の小箱〟のご店主は、だいぶ荒れておいででしたがね。余程こちらをライバル視されているようで、挨拶に一緒に行きませんかとお声がけもしてみたのですが、にべもない感じで睨まれてしまいました……」
(ああ、さすがに危機感を感じておるのかな……でも人にあたるのはよくないよ)
「まぁ、いろいろな方がいらっしゃいますな。では、あと一日お互いにいい商いをいたしましょう」
「はい、ありがとうございます」
私はお三方に今回商っているココア風味の鈴カステラとリンゴのクレープ、そして〝金の籠〟のクッキーとチョコレートの詰め合わせも渡した。
「ぜひ召し上がってみてくださいね。私もみなさんのお店のお菓子、楽しみにいただきます」
「こちらこそ、いいものをいただいてしまいました。では、私たちも片付けに戻ります」
店主たちは笑顔でお菓子を抱え、それぞれの店に戻っていった。
(でもいい情報を聞けたな……そうか、かなり焦ってるのね)
「お前、何かしたな?」
ニンマリ笑う私を見下ろしながら、カンのいいおじさまはそう聞いてきた。
「いえいえ、たいしたことはしてませんよ。ただ、せっかくの宣伝の機会ですから〝カカオの誘惑〟の宣伝をするだけではもったいないなーと思って……」
そう、私が昨日から屋台の前で笑顔と共に配り続けていたのは〝金の籠〟ブランドのお菓子の試供品。ウチに並んでいない人たちにも、とにかく通りかかったすべての方々に笑顔とともに差し上げた。一枚づつだけれど、その分食べやすいので、皆さん喜んで渡したそばから美味しそうに食べてくれた。
もちろん、バターたっぷりで香ばしいサクサククッキーは大好評で、この試供品提供作戦は、しっかり〝金の籠〟の宣伝にもなってくれた。
実は……多くの人々は、まずうちの店の前の道を通ってほかの店へ向かう。どうしてそういう状況になるかというと、うちの屋台が会場入り口の一番手前にあるからだ。なぜ手前にあるかというと、シルヴァン公爵家からの
「試されるものが、優先されるべきではない。むしろ、場所などものともせず勝ててこその〝皇宮御用達〟だろう。〝カカオの誘惑〟の場所はほかの店が場所を選んだあと、最後に残った場所にするべきだ」
という、正論のような無茶な要求が通った結果だ。もちろん、今回の仕切り役ドール参謀は抗議すると言ってくれたが、私には考えがあったので、そのまま進めてもらって構わないと話したのだ。
そして、予想通り残ったのは入り口横の一番狭い場所。しかもメインの通路からは少し外れているという最悪に見えるロケーション。きっと、タガローサたちはしてやったりと思っていただろう。
だが、新聞を使ったガイドマップを並んでいる人たちに大量配布したことで、人の動きが正規ルートから外れ〝カカオの誘惑〟のある道に流れたので、結局うちの店の前が正規のルートのようになり、人の流れが多くなった。結果として、多くの人に試供品を奥の店に着く前に食してもらうことができたわけだ。
「〝金の籠〟のクッキーを食べた後に、見た目だけはそっくりな〝金の小箱〟のお菓子を食べたら、さてどんな顔になるでしょうね?」
「あっ……」
おじさまは私の意図に気がついて、私と同じくニンマリした。私たちはちょっと悪者っぽく、くくく、と笑い合う。
「あれは、予想を裏切って不味かったという顔だったのか! なるほどなるほど……」
おじさまは笑いながら席を立ち、そのまま店を後にしていった。
「気は抜くなよ。だが、いい作戦だった。笑わせてもらったよ」
そう言い残して……
もちろん、気を抜くつもりはさらさらない。三千票の差を埋めるためには、取れる票は全部取る気で望まなければ勝てないことは最初からわかっている。
なかなかいい出来だった焼きナポリタンを完食して、私は再び店頭へ向かう。大量のクッキーを詰め込んだバスケット風マジックバッグを手に、午後も笑顔でセーヤと一緒にクッキーを配り続けた。
二日目の日が暮れる頃、〝カカオの誘惑〟の来客数は2500人を超えていた。対応しきれなかった方々も含めれば、ほとんどのすべての来場者がうちに寄ってくれたと言っていい数字だ。
この集計は独自のものでほかの店の数はわからないが、誰から見てもウチにダントツの人数が訪れていることは明白だろう。この結果に満足しながら二日目の片付けをしていると、今回出店しているいくつかのお店の方が、自分の店の菓子を持って挨拶に来てくれた。
伝統的な蜂蜜漬けで有名な〝蜂の巣〟の店主キキルさんに、小麦粉を固く焼いたちょっと八ツ橋風のお菓子で有名な〝小麦菓子本舗グーデ〟のグーデさん、揚げ菓子で人気の〝プララ亭〟のクッケさん、みなさんうちの菓子を褒めてくれた。
「さすがは皇妃様がお認めになった菓子店だと、この二日間、感心して拝見させていただいておりました」
「ウチにあの人数が来たら、それこそ営業が成り立ちません。よくご準備されましたな」
「あの新聞のおかげで、こちらもいい宣伝をさせていただきました。あれも、そちら様がお作りになって下さったのでございましょう?」
それまでの宣伝戦略で新聞を使ったので、名前を出さずともあのガイドブック風新聞もうちが配ったのだろうとわかっている様子だ。どのお店も、この菓子博で一等が取れるとは、一日目の時点で思わなくなったそうだが、いい宣伝になったと喜んでくれていた。
私は彼らが気分を害さずに楽しんでくれていることにホッとした。
「今回は菓子博を荒れさせてしまったようで申し訳ありません。どうしても負けるわけにはいかない事情がございまして……」
「いえ、お気になさる必要はありませんよ。私たちも良い経験をさせていただきましたから……
うちのお隣の〝金の小箱〟のご店主は、だいぶ荒れておいででしたがね。余程こちらをライバル視されているようで、挨拶に一緒に行きませんかとお声がけもしてみたのですが、にべもない感じで睨まれてしまいました……」
(ああ、さすがに危機感を感じておるのかな……でも人にあたるのはよくないよ)
「まぁ、いろいろな方がいらっしゃいますな。では、あと一日お互いにいい商いをいたしましょう」
「はい、ありがとうございます」
私はお三方に今回商っているココア風味の鈴カステラとリンゴのクレープ、そして〝金の籠〟のクッキーとチョコレートの詰め合わせも渡した。
「ぜひ召し上がってみてくださいね。私もみなさんのお店のお菓子、楽しみにいただきます」
「こちらこそ、いいものをいただいてしまいました。では、私たちも片付けに戻ります」
店主たちは笑顔でお菓子を抱え、それぞれの店に戻っていった。
(でもいい情報を聞けたな……そうか、かなり焦ってるのね)
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