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4 聖人候補の領地経営
757 子供たちのために
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〝孤児院〟から保護した子供たちの数はおよそ千名とかなり多いため、いくつかの施設に分散して、まずはアーティファクトによる影響を取り除くため、しっかり療養させる予定になっている。
誘拐までして連れてきた子供たちの魔術師養成施設だった〝孤児院〟。だが、栄養は足りない、アーティファクトの影響で思考力は鈍くなる、好奇心を刺激するようなものは何もない、という魔法使いを育てるには最悪の環境で子供たちは育つことになってしまった。
もともとが魔法力が高いらしいという不確かな情報を元にさらわれてきているため実は魔術師には到底なれない魔法力の子供たちもいるし、そうでない子も、この劣悪な環境ではその多くが魔法力の増え方を鈍化させてしまうことになる。
この保護された子供たちについて、当初は、一時に大量の魔術師候補となりそうな子供たちが得られると考えたロームバルトそしてシドも食指を動かし、子供たちを自国に取り込む方策を探そうとしていた。だが、子供たちが長くアーティファクトの影響にさらされており、その資質の開花が阻害されているといった状況をグッケンス博士に説明してもらうことで、なんとか子供たちの所有で両国が争うといった状況だけは回避することができた。
まだ幼い十歳以下の子供たちについては、魔法訓練もほとんど行われておらず、洗脳期間も短いため、ケアをしながらとにかく親族を探し、見つかり次第なるべく早く親元へ返す方向で話がつき、すでに各ギルドを通じて行方不明者の洗い出しも始まっている。
問題はそれより上の子供たちの処遇だ。もちろん家族が見つかれば帰れる道は残すつもりだが、もう彼らは年齢的に働き始めていていい時期に入っている。もちろん魔法使いとして生きるのならば、今後は魔法学校で正式に学ぶことで高収入で働ける道は開けるだろうが、聞き取りをしたところ魔法使いとして活動できるだけの魔法力を有しているのは、残念ながら三割ほどしかいなかった。残りの子たちは、それ以外の道を探すしかない。本人にやりたいことが見つかってくれればいいのだが、そう簡単には行かないだろう。
「それで〝魔術師ギルド〟にどうしろと?」
私はコーヒー好きグッケンス博士のためにお取り寄せした、香り高く最高に美味しいブルーマウンテン、そしてラム酒に漬け込んだフルーツたっぷりのしっとりパウンドケーキをお出ししながら話を進めた。
「ええとですね……上位二割の子供たちについては、ロームバルトもシドも〝魔術師〟として確保できるならしたい人材だと思いますので、おそらく政治的な交渉が必要になるでしょうし、正直私にできることはあまりありません。彼らはその出自が明らかになればロームバルトもしくはシドの魔法学校へ進む道しかないと思います」
「そうじゃな……それを止めることはわしにもできん。この世界は魔法の才能のある者がそれを伸ばさずにいることを許さないからな。不自由なことだが仕方あるまい」
「そうなんですよね……少なくともあの〝孤児院〟よりはずっとまともな環境で生活できるとは思いますけど〝魔術師育成〟はどの国でも国家戦略に関わる問題ですから、口出しは難しいですね」
ここがそういう世界だということを私は身に染みて知っている。いまとなっては、伯爵家の当主という立場にある私の魔法力が少しだけ多く見えたところで、誰も疑問は持たないし、ハンス・グッケンス博士の直弟子というステイタスもあるため、高度な魔法を使ってもそう驚かれることはない。だがそれまでは、国家魔術師になれと強制連行されないよう、それはそれは神経を使って隠してきたのだ。
(魔術師選抜前の子供たちでも、高い魔法力が明らかになっている子たちを国は放っておかないよね……はぁ)
「博士のお力もあって、三割ほどいた十歳以下のまだ幼い子供たちは、親元に一時返してから、その後を決めるということでなんとか決着できましたけどね。残った五割の子たちの行き場所をどうするか……魔法力の足りない彼らの面倒を国は長く見ないでしょうし、あの〝孤児院〟しか知らない彼らをいきなり放り出すのもどうかと思うんです」
グッケンス博士はブルマンの馥郁たる香りを気持ち良さげに吸い込みつつ、美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
「で、考えたんですけど……」
私は試作中の〝マルマッジのオランジェット風〟を食べながら、身を乗り出す。輪切りにしオーブンで乾燥させた柑橘マルマッジに半分チョコレードがけをしたものだが、オレンジの香りと皮の苦みそれにチョコレートの風味が相待って、かなりいい出来だ。
「簡単に言えば〝魔法屋〟の職業的確立がしたいのです。そのために〝魔術師ギルド〟の下部組織として〝魔法屋ギルド〟を作っていただけませんか?」
〝孤児院〟から保護した子供たちの数はおよそ千名とかなり多いため、いくつかの施設に分散して、まずはアーティファクトによる影響を取り除くため、しっかり療養させる予定になっている。
誘拐までして連れてきた子供たちの魔術師養成施設だった〝孤児院〟。だが、栄養は足りない、アーティファクトの影響で思考力は鈍くなる、好奇心を刺激するようなものは何もない、という魔法使いを育てるには最悪の環境で子供たちは育つことになってしまった。
もともとが魔法力が高いらしいという不確かな情報を元にさらわれてきているため実は魔術師には到底なれない魔法力の子供たちもいるし、そうでない子も、この劣悪な環境ではその多くが魔法力の増え方を鈍化させてしまうことになる。
この保護された子供たちについて、当初は、一時に大量の魔術師候補となりそうな子供たちが得られると考えたロームバルトそしてシドも食指を動かし、子供たちを自国に取り込む方策を探そうとしていた。だが、子供たちが長くアーティファクトの影響にさらされており、その資質の開花が阻害されているといった状況をグッケンス博士に説明してもらうことで、なんとか子供たちの所有で両国が争うといった状況だけは回避することができた。
まだ幼い十歳以下の子供たちについては、魔法訓練もほとんど行われておらず、洗脳期間も短いため、ケアをしながらとにかく親族を探し、見つかり次第なるべく早く親元へ返す方向で話がつき、すでに各ギルドを通じて行方不明者の洗い出しも始まっている。
問題はそれより上の子供たちの処遇だ。もちろん家族が見つかれば帰れる道は残すつもりだが、もう彼らは年齢的に働き始めていていい時期に入っている。もちろん魔法使いとして生きるのならば、今後は魔法学校で正式に学ぶことで高収入で働ける道は開けるだろうが、聞き取りをしたところ魔法使いとして活動できるだけの魔法力を有しているのは、残念ながら三割ほどしかいなかった。残りの子たちは、それ以外の道を探すしかない。本人にやりたいことが見つかってくれればいいのだが、そう簡単には行かないだろう。
「それで〝魔術師ギルド〟にどうしろと?」
私はコーヒー好きグッケンス博士のためにお取り寄せした、香り高く最高に美味しいブルーマウンテン、そしてラム酒に漬け込んだフルーツたっぷりのしっとりパウンドケーキをお出ししながら話を進めた。
「ええとですね……上位二割の子供たちについては、ロームバルトもシドも〝魔術師〟として確保できるならしたい人材だと思いますので、おそらく政治的な交渉が必要になるでしょうし、正直私にできることはあまりありません。彼らはその出自が明らかになればロームバルトもしくはシドの魔法学校へ進む道しかないと思います」
「そうじゃな……それを止めることはわしにもできん。この世界は魔法の才能のある者がそれを伸ばさずにいることを許さないからな。不自由なことだが仕方あるまい」
「そうなんですよね……少なくともあの〝孤児院〟よりはずっとまともな環境で生活できるとは思いますけど〝魔術師育成〟はどの国でも国家戦略に関わる問題ですから、口出しは難しいですね」
ここがそういう世界だということを私は身に染みて知っている。いまとなっては、伯爵家の当主という立場にある私の魔法力が少しだけ多く見えたところで、誰も疑問は持たないし、ハンス・グッケンス博士の直弟子というステイタスもあるため、高度な魔法を使ってもそう驚かれることはない。だがそれまでは、国家魔術師になれと強制連行されないよう、それはそれは神経を使って隠してきたのだ。
(魔術師選抜前の子供たちでも、高い魔法力が明らかになっている子たちを国は放っておかないよね……はぁ)
「博士のお力もあって、三割ほどいた十歳以下のまだ幼い子供たちは、親元に一時返してから、その後を決めるということでなんとか決着できましたけどね。残った五割の子たちの行き場所をどうするか……魔法力の足りない彼らの面倒を国は長く見ないでしょうし、あの〝孤児院〟しか知らない彼らをいきなり放り出すのもどうかと思うんです」
グッケンス博士はブルマンの馥郁たる香りを気持ち良さげに吸い込みつつ、美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
「で、考えたんですけど……」
私は試作中の〝マルマッジのオランジェット風〟を食べながら、身を乗り出す。輪切りにしオーブンで乾燥させた柑橘マルマッジに半分チョコレードがけをしたものだが、オレンジの香りと皮の苦みそれにチョコレートの風味が相待って、かなりいい出来だ。
「簡単に言えば〝魔法屋〟の職業的確立がしたいのです。そのために〝魔術師ギルド〟の下部組織として〝魔法屋ギルド〟を作っていただけませんか?」
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