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4 聖人候補の領地経営
779 説得
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779
「山ほどの薬師がついておるなら、わしが行く必要はないじゃろう。ドールの点数稼ぎために呼び出される気はないぞ」
いつものようにリビングのテーブルでコーヒーを飲みつつ書類を読んでいた博士は、私が伝えたドール参謀からの緊急の《伝令》にあまり乗り気でない様子だった。
「あいつらは、何かと言ってはわしを呼び出してどうでもいいことを命じるのだ。わしは薬師ではないのじゃから、子供の病気の役には立つまいよ」
「でも、ドール参謀は、ただの病気だとは思っていないようですよ。あの方は優秀な方です。きっと何か違和感を感じていらっしゃるんですよ。何か魔法で病気にしたりとか、そういったことかもしれないじゃないですか!」
私の言葉の博士は頭をかいた。
「あのな、メイロード。〝呪〟ってやつは、そんなに簡単なものじゃない。人を死に至らしめるほどの〝呪〟の魔法となれば、かなり広い場所で贄を使った大きな術法を展開せねばならん。あのガチガチに結界が巡らされている皇宮の中で、そんな魔法を使うことは不可能だ」
グッケンス博士は、今回の依頼を万策尽き果てた皇宮の薬師たちに代わって彼らの面子を保つために行う、最後まで救う努力をしたというパフォーマンスのための招聘だと思っているらしい。どうやら、これまでにも似たような経緯で博士の〝特級魔術師〟という肩書きを利用されたことが多々あるらしく、博士はこのテの依頼に辟易している。
グッケンス博士の気持ちはものすごくわかる。薬師でもない博士に病気が治せるかどうかは、かなり微妙だし、魔法攻撃への対策がとられている皇宮内で〝呪〟が使われている可能性はとても低い。
ただ、私はこの依頼を受けるべきだと考えている。
肉声を転送する《伝令》では、私の《真贋》のスキルが効力を発揮するので、その内容にやましい部分があれば、何らかの反応が出るはずなのだ。だが、ドール参謀の声には、そうした気配は一切なかった。何本か続けて送られてきた《伝令》では、必ず私に謝る言葉が入っていて、それでも幼いレジェーナ皇女の命を救う手立ては薬師にはなく、いまは幼い子供の体力が尽きるまで、ただ死を待つ状況。
ドール参謀の言葉にからは、絶望に打ちのめされている時間があるのなら、生まれたときから可愛がってきた家族にも等しいこの皇女ためにできることはすべてしたい、後悔したくないのだという思いが伝わってきた。
皇太子妃とルミナーレ様は姉妹のように仲がいい従兄弟同士で、レジェーナ皇女が生まれる前から、ずっと助言をしてきた間柄だというから、ルミナーレ様のご心痛もかなりのものだと思う。きっと皇宮もドール家も、いまは重苦しい雰囲気の中にあるのだろう。
(とはいえ、博士はかなりお貴族様との関係をこじらせちゃってるみたいだからなぁ。ドール参謀は、そうなった経緯についてもある程度知っているはずだし、頑固者を怒らせている自覚はあるんだろうな。グッケンス博士相手じゃ、たとえ皇帝陛下が直接頼んだって一蹴されちゃう可能性があるわけで……それがわかっているから、わざわざ私なんでしょう。つき合い長いしね……私のいうことはわりとちゃんと聞いてくれるんだよね、博士って。
それに、私は〝美味しいご飯と美酒〟という人質を持っているからね。どうしてもいうことを聞いてくれないようなら、それで脅してみますかねぇ……でも、可哀想だからそれは最終手段だな)
「お気持ちはわかりますが、病気で苦しんでいるのはまだ三歳の幼児ですよ。このまま死なせるにはあまりに若すぎますし、何より気になるのは〝エリクサー〟が効いていないということです。エリクサーが効かない病気なんてあるんですか?」
私の問いに、グッケンス博士は少し考える顔をし始めた。
「〝エリクサー〟の使用で一度は好転した、とドール参謀は伝えてきていますから、効かなかったわけではないと思うんですよ。でも、病状は再びそれも急速に悪化した……なぜなんでしょう? 特殊な病原菌ですかね。周囲の人にも感染しているようですし、何か新しい病気なのかも……」
ピクッと博士のこめかみが動く。
「ああ、もしかしたら、何か未知の呪いを、どこぞの誰かが開発したのかもしれませんよ。博士の知らない何かが起こっているんじゃないですかね」
そこで、再びこめかみを動かした博士は、ため息と共に席を立った。どうやら博士の好奇心が嫌だと思う心に勝ったようだ。
「わかったわい! すぐに向かうぞ。《無限回廊の扉》を使えばすぐだからの。まぁ、様子だけは見てやろう、その代わりお前も来い」
「わかってますよ。そんな小さな子の病気、放ってはおけないですし、キッペイにも今日はお休みにしてもらってますから」
笑顔でそういう私にグッケンス博士は
「用意がいいことだの」
そう言いながら歩き出す。即断即実行がグッケンス博士だ。
(おつまみとお酒を取り上げることにならなくてよかった)
こうして私たちはパレスへと向かった。幼い皇女様の病気の原因究明のために……
「山ほどの薬師がついておるなら、わしが行く必要はないじゃろう。ドールの点数稼ぎために呼び出される気はないぞ」
いつものようにリビングのテーブルでコーヒーを飲みつつ書類を読んでいた博士は、私が伝えたドール参謀からの緊急の《伝令》にあまり乗り気でない様子だった。
「あいつらは、何かと言ってはわしを呼び出してどうでもいいことを命じるのだ。わしは薬師ではないのじゃから、子供の病気の役には立つまいよ」
「でも、ドール参謀は、ただの病気だとは思っていないようですよ。あの方は優秀な方です。きっと何か違和感を感じていらっしゃるんですよ。何か魔法で病気にしたりとか、そういったことかもしれないじゃないですか!」
私の言葉の博士は頭をかいた。
「あのな、メイロード。〝呪〟ってやつは、そんなに簡単なものじゃない。人を死に至らしめるほどの〝呪〟の魔法となれば、かなり広い場所で贄を使った大きな術法を展開せねばならん。あのガチガチに結界が巡らされている皇宮の中で、そんな魔法を使うことは不可能だ」
グッケンス博士は、今回の依頼を万策尽き果てた皇宮の薬師たちに代わって彼らの面子を保つために行う、最後まで救う努力をしたというパフォーマンスのための招聘だと思っているらしい。どうやら、これまでにも似たような経緯で博士の〝特級魔術師〟という肩書きを利用されたことが多々あるらしく、博士はこのテの依頼に辟易している。
グッケンス博士の気持ちはものすごくわかる。薬師でもない博士に病気が治せるかどうかは、かなり微妙だし、魔法攻撃への対策がとられている皇宮内で〝呪〟が使われている可能性はとても低い。
ただ、私はこの依頼を受けるべきだと考えている。
肉声を転送する《伝令》では、私の《真贋》のスキルが効力を発揮するので、その内容にやましい部分があれば、何らかの反応が出るはずなのだ。だが、ドール参謀の声には、そうした気配は一切なかった。何本か続けて送られてきた《伝令》では、必ず私に謝る言葉が入っていて、それでも幼いレジェーナ皇女の命を救う手立ては薬師にはなく、いまは幼い子供の体力が尽きるまで、ただ死を待つ状況。
ドール参謀の言葉にからは、絶望に打ちのめされている時間があるのなら、生まれたときから可愛がってきた家族にも等しいこの皇女ためにできることはすべてしたい、後悔したくないのだという思いが伝わってきた。
皇太子妃とルミナーレ様は姉妹のように仲がいい従兄弟同士で、レジェーナ皇女が生まれる前から、ずっと助言をしてきた間柄だというから、ルミナーレ様のご心痛もかなりのものだと思う。きっと皇宮もドール家も、いまは重苦しい雰囲気の中にあるのだろう。
(とはいえ、博士はかなりお貴族様との関係をこじらせちゃってるみたいだからなぁ。ドール参謀は、そうなった経緯についてもある程度知っているはずだし、頑固者を怒らせている自覚はあるんだろうな。グッケンス博士相手じゃ、たとえ皇帝陛下が直接頼んだって一蹴されちゃう可能性があるわけで……それがわかっているから、わざわざ私なんでしょう。つき合い長いしね……私のいうことはわりとちゃんと聞いてくれるんだよね、博士って。
それに、私は〝美味しいご飯と美酒〟という人質を持っているからね。どうしてもいうことを聞いてくれないようなら、それで脅してみますかねぇ……でも、可哀想だからそれは最終手段だな)
「お気持ちはわかりますが、病気で苦しんでいるのはまだ三歳の幼児ですよ。このまま死なせるにはあまりに若すぎますし、何より気になるのは〝エリクサー〟が効いていないということです。エリクサーが効かない病気なんてあるんですか?」
私の問いに、グッケンス博士は少し考える顔をし始めた。
「〝エリクサー〟の使用で一度は好転した、とドール参謀は伝えてきていますから、効かなかったわけではないと思うんですよ。でも、病状は再びそれも急速に悪化した……なぜなんでしょう? 特殊な病原菌ですかね。周囲の人にも感染しているようですし、何か新しい病気なのかも……」
ピクッと博士のこめかみが動く。
「ああ、もしかしたら、何か未知の呪いを、どこぞの誰かが開発したのかもしれませんよ。博士の知らない何かが起こっているんじゃないですかね」
そこで、再びこめかみを動かした博士は、ため息と共に席を立った。どうやら博士の好奇心が嫌だと思う心に勝ったようだ。
「わかったわい! すぐに向かうぞ。《無限回廊の扉》を使えばすぐだからの。まぁ、様子だけは見てやろう、その代わりお前も来い」
「わかってますよ。そんな小さな子の病気、放ってはおけないですし、キッペイにも今日はお休みにしてもらってますから」
笑顔でそういう私にグッケンス博士は
「用意がいいことだの」
そう言いながら歩き出す。即断即実行がグッケンス博士だ。
(おつまみとお酒を取り上げることにならなくてよかった)
こうして私たちはパレスへと向かった。幼い皇女様の病気の原因究明のために……
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