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負わされた宿命
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「よく来たな、勇者よ」
薄暗い空間に敷かれた赤いベルベットが薄らと浮かび上がって見える。
真っ直ぐに敷かれたその先の玉座に鎮座する男がその赤い瞳を光らせていた。
美しい容姿に闇の如く漆黒の髪。そして血が滴るような赤い瞳をもつその男の名は--魔王。
今、その魔王と一人の人間が対峙している。
緊迫した空気が魔王の魔力のせいでピリピリと、まるで小さな棘が刺さるかのように重く体へと絡みつく。
対峙している人間はかの国出身の人間としてはとても珍しい黒髪黒目。
いくつもの傷で鈍い光を発する鎧を纏う人間は、鋭く魔王を睨みつけている。
まるで黒曜石のナイフのようだ。
だがその目には魔王に対する憎悪は一切感じられない。
「貴様が魔王か」
淡々と発せられた声は静かな空間に響く。
「いかにも。最も、この場には俺しか居ないのだから他に何があるというんだ」
「へえ、替え玉を置いて逃げなかったのか」
少し感心したような声色だが、やはりそこに対する感情は言葉にのらず何処か薄っぺらい。
「替え玉などを用意したところで無駄だろうよ。……ただの人間が魔王である俺に勝てるとでも?」
「当たり前だろ。僕は貴様を討つためだけに遣わされた」
その為だけに存在しているかのような口ぶりの勇者に魔王は眉を顰める。
(まるで、感情のないオートマタのようではないか)
昔見た、オートマタという機械人形を思い出させるような口ぶりと、感情が見えない顔付きに少しだけ、魔王は興味が湧いた。
「……お前、かの国出身では無いのか」
「だからどうした。貴様には関係ないだろう」
「確かにな。……いや、なに。恨みつらみ……いや、それ以上に全くといっていいほど魔王討伐への感情を持たない者が勇者とは、な」
小柄な体に似合わない大きな聖剣を構えた勇者は一瞬で距離をつめ、聖剣を魔王の頭上へと躊躇なく。そして顔色を一切変えることなく振りおろした。
「ほう? 疾いな。それにその体躯でその大きさの聖剣を片手で振るうとは。なんとも面白い人間だ」
だが振りおろした聖剣はガチリと鈍い音を立て、魔王に阻まれる。
「っ、片手で受け止める貴様も貴様だ」
「聖剣の力を使わずして魔王の俺に傷を付けられるわけないだろう。ふざけているのか」
目の前にいる人間は魔法を使う気配も、聖剣の浄化の力を使う気配もない。
近距離に魔王がいるにも関わらず、攻撃性が欠如しているのだ。
「……はあ。もういい興が覚めた。お前、殺る気が無いなら帰れ」
「うるさい! 僕は帰るんだ。……魔王を倒して帰るんだ」
「別に倒したとか嘘を報告したらよいだろう。どうせ、俺は人間の領地などに興味はない。あそこは俺たちが暮らすには明るすぎる」
そうなのだ。
魔王は現状の土地に大変満足しているし、魔王含む魔族や魔物達は皆陽の差す明るい場所を嫌う。
「……村を襲っただろう!」
「おそらくその近辺の魔物が食料欲しさに村の畑でも漁ったのだろうよ。そもそも、人肉は不味くて喰えたものでは無い。……死人がでたのか? 怪我人がでたのか?」
「…………」
「ふん、知らんのだろう? お前は耳を塞ぎ、目を塞ぎ、口を塞ぎ、ここまで来た。“魔王を倒せば帰れる”という戯言を信じて。……な? 違わないだろう?」
まるで傍で見ていたかのような指摘に何も言えなくなる。
魔王は刃を握っていた力を緩め、そのまま目の前にいる人間の腰を引き寄せる。
「……それに、お前は女だし勇者ではないんだろう? 分かり辛いように鎧を纏ってはいるが……男にしては手首が細い」
「……っ!」
ゼロになった距離と耳元で呟かれた言葉に息を呑む。
「どうせ、“喚ばれた”のだろう? ……ふん、奴らには帰す方法など持ち合わせていない。残念だったな」
「うそ、だ。前の勇者は魔王を倒して、帰ったと。そう言ってたんだ」
へえと目を細めた魔王は先程とはガラリと変わり、今にも人を殺しそうなほどに凶悪な表情をする。
「帰った事になってるのか。…………いいか? 1つ、真実を教えてやる。実は魔王を倒した者が次の魔王となる仕組みになっている。魔王を聖剣で貫いた人物が、その膨大な魔力を受け継ぐわけだ。……意味、解るか?」
するりと頬を撫でるその手は魔族特有の冷たい体温で。こちらを除く瞳の赤色がじわっとぼやけた。彼は鋭い爪が当たらぬよう指の腹で目の縁を優しく拭う。
「……なあ、帰れない者同士ここで暮らさないか? お前、女のくせにこんなボロボロで……正直見てられん」
「……でも!僕はここに来るまでに、いっぱい魔物を斬った。言うなれば仇だ」
「それを言うなら、当時の俺も同じだ。そのうえ、同族殺しの仇が魔王となってしまったのだぞ? その時と比べればましだろう。それにな、皆意外と脳筋ばっかだから強ければ認められるさ」
俺もそうだったとどこか懐かしそうに語る。
「お前はその細腕で、背丈よりも大きな剣を片手で振るえるのだからその辺の魔族より強いだろうよ。…………なあ?」
「ええ、そうですね。で、魔王様なにいちゃついてるんです? 勇者を迎え撃たなくていいんですか?」
誰に問いかけたのかと思えば、いつの間にか傍に居た羊頭の魔族がサラッと答える。
「ああ、これが勇者だ。……聞いてた通りこいつもここで暮らす」
「……え」
「……はあ。ま、いいですけどね。悪口陰口をご自身で解決するのであれば」
「何とかなるだろう。魔王城までたった一人で来たのだから実力は充分であろう?」
「…………まあ、ご勝手にどうぞ」
そのまま羊は奥へと引っ込んで行った。なんでも、邪魔者は退散しますとの事である。
「……てわけだ。これからよろしくな」
「えーと。うん、よろしく」
トントン拍子に勝手に進んだ話に付いていけないものの、この世界に喚ばれた少女に当然帰る場所があるわけない。
その為、城の主直々の提案を受け、このまま魔王城に留まることとした。
「……で、いつこの手は離す?」
「ん? なんの事だ」
しれっと更に腕に力を込める目の前の魔王に、ちょっとだけ殺気がわく。
でも、この世界で初めて居場所をくれた彼に心が絆されてしまっている少女は、抵抗をやめて大人しく抱えられている。
「……お前が来たからこの世界も悪くない」
魔王と呼ばれ畏れられる彼は、とてもとても嬉しそうに頬を染めて笑ったのだった。
--そしてかの国が自滅で滅びゆく頃。
歴代初の女性勇者として送り出された少女は、魔王妃と呼ばれ幸せに過ごしましたとさ。
めでてしめでたし。
薄暗い空間に敷かれた赤いベルベットが薄らと浮かび上がって見える。
真っ直ぐに敷かれたその先の玉座に鎮座する男がその赤い瞳を光らせていた。
美しい容姿に闇の如く漆黒の髪。そして血が滴るような赤い瞳をもつその男の名は--魔王。
今、その魔王と一人の人間が対峙している。
緊迫した空気が魔王の魔力のせいでピリピリと、まるで小さな棘が刺さるかのように重く体へと絡みつく。
対峙している人間はかの国出身の人間としてはとても珍しい黒髪黒目。
いくつもの傷で鈍い光を発する鎧を纏う人間は、鋭く魔王を睨みつけている。
まるで黒曜石のナイフのようだ。
だがその目には魔王に対する憎悪は一切感じられない。
「貴様が魔王か」
淡々と発せられた声は静かな空間に響く。
「いかにも。最も、この場には俺しか居ないのだから他に何があるというんだ」
「へえ、替え玉を置いて逃げなかったのか」
少し感心したような声色だが、やはりそこに対する感情は言葉にのらず何処か薄っぺらい。
「替え玉などを用意したところで無駄だろうよ。……ただの人間が魔王である俺に勝てるとでも?」
「当たり前だろ。僕は貴様を討つためだけに遣わされた」
その為だけに存在しているかのような口ぶりの勇者に魔王は眉を顰める。
(まるで、感情のないオートマタのようではないか)
昔見た、オートマタという機械人形を思い出させるような口ぶりと、感情が見えない顔付きに少しだけ、魔王は興味が湧いた。
「……お前、かの国出身では無いのか」
「だからどうした。貴様には関係ないだろう」
「確かにな。……いや、なに。恨みつらみ……いや、それ以上に全くといっていいほど魔王討伐への感情を持たない者が勇者とは、な」
小柄な体に似合わない大きな聖剣を構えた勇者は一瞬で距離をつめ、聖剣を魔王の頭上へと躊躇なく。そして顔色を一切変えることなく振りおろした。
「ほう? 疾いな。それにその体躯でその大きさの聖剣を片手で振るうとは。なんとも面白い人間だ」
だが振りおろした聖剣はガチリと鈍い音を立て、魔王に阻まれる。
「っ、片手で受け止める貴様も貴様だ」
「聖剣の力を使わずして魔王の俺に傷を付けられるわけないだろう。ふざけているのか」
目の前にいる人間は魔法を使う気配も、聖剣の浄化の力を使う気配もない。
近距離に魔王がいるにも関わらず、攻撃性が欠如しているのだ。
「……はあ。もういい興が覚めた。お前、殺る気が無いなら帰れ」
「うるさい! 僕は帰るんだ。……魔王を倒して帰るんだ」
「別に倒したとか嘘を報告したらよいだろう。どうせ、俺は人間の領地などに興味はない。あそこは俺たちが暮らすには明るすぎる」
そうなのだ。
魔王は現状の土地に大変満足しているし、魔王含む魔族や魔物達は皆陽の差す明るい場所を嫌う。
「……村を襲っただろう!」
「おそらくその近辺の魔物が食料欲しさに村の畑でも漁ったのだろうよ。そもそも、人肉は不味くて喰えたものでは無い。……死人がでたのか? 怪我人がでたのか?」
「…………」
「ふん、知らんのだろう? お前は耳を塞ぎ、目を塞ぎ、口を塞ぎ、ここまで来た。“魔王を倒せば帰れる”という戯言を信じて。……な? 違わないだろう?」
まるで傍で見ていたかのような指摘に何も言えなくなる。
魔王は刃を握っていた力を緩め、そのまま目の前にいる人間の腰を引き寄せる。
「……それに、お前は女だし勇者ではないんだろう? 分かり辛いように鎧を纏ってはいるが……男にしては手首が細い」
「……っ!」
ゼロになった距離と耳元で呟かれた言葉に息を呑む。
「どうせ、“喚ばれた”のだろう? ……ふん、奴らには帰す方法など持ち合わせていない。残念だったな」
「うそ、だ。前の勇者は魔王を倒して、帰ったと。そう言ってたんだ」
へえと目を細めた魔王は先程とはガラリと変わり、今にも人を殺しそうなほどに凶悪な表情をする。
「帰った事になってるのか。…………いいか? 1つ、真実を教えてやる。実は魔王を倒した者が次の魔王となる仕組みになっている。魔王を聖剣で貫いた人物が、その膨大な魔力を受け継ぐわけだ。……意味、解るか?」
するりと頬を撫でるその手は魔族特有の冷たい体温で。こちらを除く瞳の赤色がじわっとぼやけた。彼は鋭い爪が当たらぬよう指の腹で目の縁を優しく拭う。
「……なあ、帰れない者同士ここで暮らさないか? お前、女のくせにこんなボロボロで……正直見てられん」
「……でも!僕はここに来るまでに、いっぱい魔物を斬った。言うなれば仇だ」
「それを言うなら、当時の俺も同じだ。そのうえ、同族殺しの仇が魔王となってしまったのだぞ? その時と比べればましだろう。それにな、皆意外と脳筋ばっかだから強ければ認められるさ」
俺もそうだったとどこか懐かしそうに語る。
「お前はその細腕で、背丈よりも大きな剣を片手で振るえるのだからその辺の魔族より強いだろうよ。…………なあ?」
「ええ、そうですね。で、魔王様なにいちゃついてるんです? 勇者を迎え撃たなくていいんですか?」
誰に問いかけたのかと思えば、いつの間にか傍に居た羊頭の魔族がサラッと答える。
「ああ、これが勇者だ。……聞いてた通りこいつもここで暮らす」
「……え」
「……はあ。ま、いいですけどね。悪口陰口をご自身で解決するのであれば」
「何とかなるだろう。魔王城までたった一人で来たのだから実力は充分であろう?」
「…………まあ、ご勝手にどうぞ」
そのまま羊は奥へと引っ込んで行った。なんでも、邪魔者は退散しますとの事である。
「……てわけだ。これからよろしくな」
「えーと。うん、よろしく」
トントン拍子に勝手に進んだ話に付いていけないものの、この世界に喚ばれた少女に当然帰る場所があるわけない。
その為、城の主直々の提案を受け、このまま魔王城に留まることとした。
「……で、いつこの手は離す?」
「ん? なんの事だ」
しれっと更に腕に力を込める目の前の魔王に、ちょっとだけ殺気がわく。
でも、この世界で初めて居場所をくれた彼に心が絆されてしまっている少女は、抵抗をやめて大人しく抱えられている。
「……お前が来たからこの世界も悪くない」
魔王と呼ばれ畏れられる彼は、とてもとても嬉しそうに頬を染めて笑ったのだった。
--そしてかの国が自滅で滅びゆく頃。
歴代初の女性勇者として送り出された少女は、魔王妃と呼ばれ幸せに過ごしましたとさ。
めでてしめでたし。
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ありがとうございます!
楽しんで頂けたようで良かったです(❁´ω`❁)