無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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願いごと

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 雫の作ってくれたハンバーグを口に運ぶ。

 火の通りがほどよく、噛むと肉汁がじゅわっと滲み出てきて、とてもうまい。

 白ごはんと一緒に、かき込むみたいにして食べていく。

「ふふ。
 お兄ちゃんってば、あんまり急いで食べると喉につまらせるよ。
 はい、お茶置いとくね」

「あんがとよ!
 しっかし、雫の飯は今日もうめぇな」

 座卓にあぐらをかいた俺の隣では、西澄が行儀よく正座で食事をしていた。

 彼女の箸の進み具合は、心なしかいつもの学食での昼食時よりはやい気がする。

「どうだ、西澄。
 雫のメシはうめぇだろ。
 おかわりあるぞ。
 まぁ、おかわりっても白ごはんと味噌汁だけで、ハンバーグはもうねぇけどな」

「……おかわりは大丈夫です」

「俺はおかわりするもんねー!」

「雫ねぇ!
 こっちにもおかわりー!」

 成長期の真っ只中で、食べ盛りの拓海と明希が、おかわりをしてバクバク食べる。

 俺もチビどもに負けていられない。

「雫!
 こっちにもおかわりだ。
 大盛りでたのむ!」

 北川家のいつもの食事風景を眺めながら、西澄が小さく呟いた。

「……このハンバーグ、おいしいです」

「だろ?
 雫のやつぁ、まだ中3だってのに、もう家庭料理の腕は一級品なんだぜ!」

「北川さんの、自慢の家族なんですね」

「おう!
 まぁな」

「……ふふふ」

 西澄アリスが微かに笑う。

 ようやく見られたその笑顔に、思わず俺は目を奪われた。

 だが少し様子がおかしい。

 これは彼女の本当の笑顔ではないような気がする。

「賑やかで、楽しくて、美味しくて……。
 そして……」

 微笑みに、わずかに影がさした。

「そして……。
 少しだけ、残酷です……」

 俺はなにも言えずに、どこか寂しげな彼女のことを見つめていた。

 ◇

 夕飯の後片付けをしている雫と明希を眺めながら、ぼーっと食後のお茶を飲んでいると、拓海が寄ってきた。

 俺と西澄を交互に指差してから、無邪気に尋ねてくる。

「なぁ、にぃちゃん。
 にぃちゃんはこの天使さまと結婚するのか?」

「――ぶふぉ⁉︎」

 お茶を吹きそうになった。

「け、けっこ――⁉︎
 は、はぁ⁉︎
 いきなりなんだってんだ!」

「隠さなくてもいいじゃんか。
 けちけちせずに教えてくれよぉ!
 この天使さま、にぃちゃんと結婚して俺のねぇちゃんになるんだろ?」

「このマセガキ!
 なに色気づいたこと言ってんだよ、このっ」

 チビの頭をぐりぐり撫で回してやる。

「ちょ⁉︎
 やめろよ、にぃちゃん!
 あ!
 見て見て!
 天使さまが赤くなってる!」

 拓海の言葉につられて西澄を見ると、たしかに彼女は、ほんのり頬を朱に染めていた。

 こんなことは珍しい。

「……赤くなってません」

 西澄が澄まし顔でとり繕いながら、否定した。

「うっそだぁ!
 ほら!
 まだほっぺ赤いじゃん!」

「…………なってません」

 拓海もようやく西澄に慣れてきたのか、ぐいぐい攻めていく。

 ガキ特有の遠慮のなさに、さしもの彼女も押され気味だ。

「おぅコラ、拓海ぃ。
 あんまり嬢ちゃん困らせてんじゃねぇ」

 じいちゃんがやってきた。

 西澄にまとわりついた拓海を引き剥がして、ぽいっと放り投げる。

「おら。
 テメェは姉ちゃんたちの手伝いでもしてきやがれ」

「ちぇ。
 仕方ねぇなぁ」

 拓海はとことこと離れていった。

「なぁ、嬢ちゃん。
 ちょっといいかい?」

 声を掛けられた西澄が、こてんと首をかしげる。

「むこうの縁側で、ちっと話でもと思ってな。
 なぁに。
 大した話じゃねぇから、身構えんでもいい」

「……はい。
 わかりました」

 彼女がこくりと頷く。

「なんだ、じいちゃん。
 西澄になんか話があんのか?
 なら、俺も一緒に――」

「大輔は来んでいい。
 オメェも雫んとこで、メシの後片付けでも手伝ってきやがれ」

 しっしっ、と手を振り追い払われる。

 じいちゃんは西澄をつれて、ここ和室の居間から見える縁側まで移動した。

 並んで腰掛け、なにかを話しはじめている。

 俺はふたりの会話が気になったものの、無理やり混ざっていくのもなんだし、言い付けられた通り後片付けの手伝いに向かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 西澄が帰る時間になった。

 辺りはもうすっかり暗くなっている。

 最寄りの駅まで彼女を送る道すがら、ふたり肩を並べて歩きつつ、俺はさっきじいちゃんと西澄がなにを話していたのかが気になっていた。

「……なぁ。
 さっきのことなんだけどよ」

 隣の西澄が俺を見上げてくる。

「はい。
 なんでしょうか」

「じいちゃんと、なに話してたんだ?」

「……特別なことはなにも話していません」
 強いて言えば、日常のことでしょうか」

「日常のこと?」

 彼女が口をつぐんだ。

 どうやらなんと説明したものかと、言葉を探しているようだ。

「……そうですね。
 たとえば、そう。
 何日かまえ雨が降った日に、傘を忘れて学校にいったから、仕方なく濡れて帰ったこと……。
 校庭の花壇に植えてあるチューリップが、つい先日綺麗に咲いたこと……。
 ……そんなことを、おじいさんと話しました」

 なんでもじいちゃんは縁側で、ただひたすら取り留めのない話を彼女から聞いていたらしい。

「へぇ。
 なんでまたそんな話を?」

「おじいさんに、最近学校であった話を聞かせてくれって、そう言われましたから」

「そっか」

 なんとなくふたりして押し黙り、夜道を駅に向かってとぼとぼと歩く。

 ふいに西澄が呟いた。

「……嬉しかったです」

「ん?
 なにがだ?」

「おじいさんが、話を聞いてくれたことがです。
 ……ほら。
 普通の家の子って、その日、学校でなにがあったとか、お父さんやお母さんに話したりするじゃないですか。
 わたし、そういうのに、少しだけ憧れてましたから」

 なるほど。

 俺はじいちゃんのしたかったことが、やっと理解できた。

 じいちゃんには前に俺から、西澄が育児放棄された家庭で育ってきたことを説明してある。

 でもじいちゃんは彼女を特別扱いせずに、普通の家の女の子みたいに扱いたかったんだろう。

「……あの、北川さん」

「なんだ?」

「おじいさんが、これからは北川さんが、わたしの話を聞いてくれるって言ってました」

 なんとなく足を止めた。

 西澄も立ち止まり、また俺を見上げてくる。

 細い肩が、頼りなげに震えていた。

「……北川さん。
 きっとわたしの話なんて、聞いてもつまらないものばかりだと思います。
 でも……。
 でも、わたしの普段の話を、聞いてくれますか?」

 なんて些細な願いごとなんだと思う。

 でもきっとこれは、両親に相手にされず、周囲とも壁を作ってしまった西澄にとっての、心からのお願いなんだろう。

 なら俺も誠心誠意、気持ちを込めて応えなければいけない。

「当たり前だ。
 どんな話だって、聞いてやる。
 うちにだってまたいつでも遊びに来い。
 ……なぁ、西澄。
 お前はもうひとりじゃねぇ。
 俺がいるから」

 彼女の目を真っ直ぐにみて、力強く言い切った。

「……はい。
 ありがとう、ございます」

 西澄も俺を見つめ返してくる。

 ふいに、彼女のいつもの無表情が崩れた。

 かと思うと柔らかな笑顔に変わっていく。

 暗い夜道の街灯の下。

 西澄が笑った。

 俺はようやく、彼女の本当の笑顔を見ることができた気がした。
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