無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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名前呼びと、初々しいふたり

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 週明け、月曜日の学校。

 昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り響くのと同時に、俺はE組の教室を出て2年A組へと向かった。

 目的は、今日もあいつと一緒に昼食を摂ることだ。

 お昼の喧騒にガヤガヤし始めた廊下を歩き、A組にたどり着く。

 窓からなかを覗き込むと、今日も西澄は窓際の席にひとりでいた。

 昼休みだと言うのに、彼女に話しかけるクラスメイトは誰もいない。

 俺はクラスのやつに彼女を呼び出してもらうか一瞬だけ迷ったが、やっぱり直接声を掛けようと思い直して、A組の教室にずかずかと入り込んだ。

「……おい、北川だぜ」

「ちっ。
 問題児がA組になんの用だってんだ」

「目を合わせちゃダメよ。
 女子にも容赦のない、乱暴者なんだって」

 別のクラスの生徒が教室に入ってくると、どうしても注目を浴びてしまうものだ。

 それが入学早々から暴力沙汰で停学を食らった、俺みたいな悪名の高い生徒なら、なおのことある。

「最近、北川のやつ、よくA組に来やがるな……」

「ああ。
 落ち着かないから、来て欲しくないよ」

 A組のやつらがひそひそと話すのを聞き流しながら、俺は窓際の、あいつの席のすぐ目の前で立ち止まった。

 窓から射し込む光が、西澄アリスの綺麗な金髪をキラキラと輝かせる。

 可憐な姿のその美少女が、俺に気付いて顔をあげた。

「……こんにちは、北川さん」

 彼女から先に挨拶された。

 これは普段の西澄を知るA組のやつらにとって驚嘆に値することだったようで、耳障りだったひそひそ話がぴたっと止んだ。

「よう。
 一緒に昼飯食わねぇか?
 西ず――」

 俺は一旦言葉を止めて、ガシガシと頭をかいた。

「あー。
 なんだ。
 いつまでも『西澄』っつーのも他人行儀だな」

 こほんと咳払いをして、言い直す。

「一緒に昼飯食おうぜ。
 な?
 ……アリス」

 西澄、改めアリスが、少し目を見開いた。

 それでも無表情には違いないのだが、どうやら彼女なりに驚いているようだ。

「……名前で呼ばれるの、嫌か?」

 尋ねるとアリスは、ゆるゆると首を左右に振った。

「……ほかの男子にそう呼ばれるのには、正直少し抵抗があります。
 でも、北川さんになら、嫌ではありません」

「そっか。
 あんがとよ。
 あ、それと『北川さん』ってのも、もうやめにしねぇか?
 俺たちはダチだろ。
 大輔でいいよ」

 アリスは少し考えたあと、こくりと頷いた。

「わかりました。
 ……大輔さん」

「その『さん』ってのも無しだ。
 どうにも距離を感じる。
 なんなら、呼び捨てでも構わねぇぞ」

「はい。
 わかりました。
 えっと……。
 大輔……くん」

 どうやらアリスにとって、呼び捨ては抵抗があるらしい。

 ならこれでいいだろう。

「うし!
 そんじゃあ本題。
 今日も一緒に飯食わねえか?
 俺ぁ、学食なんだけどよ」

 アリスがこくりと頷いて、席から立ち上がった。

 彼女と一緒に食堂に向かうべく、くるりと振り返る。

 A組のやつらが固まっていた。

 教室がシーンと静まり返っている。

 さっきまで悪態を囁いていたやつらも、口を開けてポカンとしていた。

 そんななか時宗だけは自分の席に座ったまま、腕組みをして満足気な顔で俺を見ている。

 さてはこいつら、ずっと聞き耳を立ててやがったな?

「…………?
 どうしたんですか、大輔くん。
 食堂に行きましょう」

 アリスにちょいちょいと袖を引かれた。

「お、おう。
 そうだった。
 そんじゃ、いくか!」

 まぁA組のやつらを気にすることもないだろう。

 アリスとふたり連れ立ってA組をあとにする。

 少し廊下を歩いたところで、いまさっき出たばかりのA組の教室から、うわぁっと爆発的な声が上がった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 昼食を摂りながら、取り留めのない話に興じる。

 なんでも最近夜に眠るとき、猫のマリアがアリスのベッドに潜り込んでくるようになったらしい。

「大輔くん。
 知っていますか?
 猫の体温は、人間よりも高いのです」

「へえ。
 そうなのか?
 ならこれから暑くなってきたら、猫と一緒に寝るのも大変だなぁ」

「そうでしょうか。
 わたしは別に構いません。
 ……でもそうですね。
 暑くなると、マリアのほうがベッドに入ってこなくなるかもしれません」

 アリスのランチは今日もパスタだった。

 定番のナポリタン。

 対して俺は日替わりのAランチ、ご飯大盛りだ。

 パスタは量が少ない。

 これっぽっちでは午後からの授業はもたないだろうと心配になった俺は、Aランチの主菜であるヒレカツを1枚とって、ナポリタンの皿においた。

「ほら。
 これも食え」

「……むぅ」

 アリスがわずかに眉をひそめる。

「なんだ。
 ヒレカツ、嫌いか?」

「そうではありません」

「じゃあ、どうしたってんだよ?」

「前から思っていましたが、大輔くんには少しガサツなところがありますね。
 わたしはパスタだけで足ります」

「いや、少な過ぎだろ。
 もっと食え。
 そうしないと、元気も湧いてこねぇぞ」

「……ふぅ。
 やっぱり大輔くんは強引です。
 太ってしまったら、どう責任を取ってくれるのですか」

 彼女から意外な言葉が飛び出してきた。

「ははっ!
 なんだアリス。
 お前、体重なんか気にしてんのかよ」

「……笑わないで下さい。
 わたしだって、体重くらい気にします」

「ははは。
 悪りぃ、悪りぃ。
 でもそうだな……。
 もし太っちまったら、そんときゃ運動でもなんでも付き合ってやるよ」

「……絶対ですよ?」

「わぁってるって。
 約束やぶったりしねぇから」

「はい。
 信じています。
 ……ふふ」

 アリスがフォークを持った右手を口元に添えて、軽く笑った。

 その微笑みに目を奪われる。

 やっぱりこいつには、普段の無表情よりも、こういう笑顔が似合っていると思った。
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