無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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アリスと環境変化

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 GW明けの朝。

 久しぶりに登校すべく玄関で靴を履いていると、俺のスマートフォンがピコンと鳴った。

 ポケットから取り出して画面を操作する。

 アプリを開くと、アリスからのメッセージが届いていた。

『おはようございます。
 今日のお昼、屋上に来てください』

 相変わらず端的なメッセージだ。

 アリスがスマホを契約してから、もうすでに何度かメッセージのやり取りはしているのだが、いつも彼女からのメッセージはこんな風に素っ気ない感じだった。

 とはいえまぁ、それがアリスらしいとも思える。

『了解。
 4時間目が終わったら、すぐにいくよ。
 あと、おはよう』

 メッセージを投げ返す。

 きっとまた、弁当でも作ってくれたのだろう。

 俺はアリスのお手製の料理を食べられる幸せに想いを馳せ、うきうきしながら玄関ドアを開いた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アリスのいる2年A組の教室に、授業の終わりを告げるチャイムの音が響いた。

 これで午前の授業は終了だ。

 ここからはお昼休みの時間である。

 アリスは早起きをして作った大小ふたつのお弁当を手に取り、すっと席から立ち上がった。

 お昼は大輔と一緒に食べる約束である。

 今回の弁当は、前回の失敗した弁当とは異なり、それなりに美味しく仕上がっているはずだ。

 はやく大輔に食べてもらいたい。

 そんなことを考えて、アリスは内心浮き足立ちながらもそれを表情にはおくびも出さず、屋上に向けて静かに歩き出した。

「あ、あのっ……!
 に、西澄さんっ」

 教室を出るまえに、アリスはクラスメートに呼び止められた。

 ゆっくりと振り返る。

 すると3人組の女子が、お弁当を持ってそわそわしながら立っていた。

「……はい。
 なんでしょうか」

 きっと良くない話だ。

 自分がクラスメートに話しかけられるときは、決まっていつもそうだった。

 警戒しながらアリスが応じる。

「あ、あのぉ……。
 良ければ、西澄さん。
 私たちと一緒に、お弁当食べない?」

 アリスはコテンと首を捻った。

 自分がなぜ女子たちから昼食に誘われるのか、理解できないと、そんな様子だ。

 黙って首を傾げるアリスに、3人の女子が一斉に捲し立てる。

「そ、そのね!
 実は私たち、前から西澄さんとお話してみたかったの。
 だってほら。
 西澄さんすっごい綺麗だし、女でもちょっと憧れちゃうというか、お近づきになりたくなるよ」

「でもなんというか、その……。
 少し前までの西澄さんって、ちょっとひとを寄せ付けないというか、そんな雰囲気あったでしょ?
 でもなんだか最近は、そんな感じもしないし……」

「そうそう!
 だからね。
 あたしたち、GWの連休中に話してたんだぁ。
 休みが明けたら、一度西澄さんをお昼に誘ってみようよって!」

 アリスが傾げていた首を戻した。

 この女子たちからは悪意を感じない。

 むしろ好意を感じたアリスは、不思議に思いながらも警戒を解いてぺこりと頭を下げる。

「すみません。
 せっかくお誘いを頂いたのに申し訳ありませんが、あいにく今日は、屋上で先約があります」

 丁寧な物言いに、女子たちが恐縮した。

「あ、そ、そんな頭なんて下げなくてもいいから!」

「でもそうなんだ……。
 うん。
 じゃあ残念だけど、仕方ないよね」

「あたしたちは、教室で食べることにするね。
 ねぇ、西澄さん。
 また今度、誘ってもいいかな?」

 アリスがこくりと頷いた。

「……はい。
 問題ありません。
 それでは」

 もう一度ぺこりとお辞儀をしてから、アリスは屋上に向かい、教室を出ていった。

 ◇

 アリスが歩み去ってから、しばらくののち――

「……きゃー!
 いま、私たち、西澄さんとお喋りしちゃったぁ!」

「しかも、しかも!
 また今度、お昼に誘ってもいいんだって!」

「うへへぇ……。
 やっぱ西澄さん、可愛いよねぇー!」

 アリスの出ていった教室で、先ほどの3人が黄色い声で騒ぎ出した。

「今度こそ、きっと西澄さんとお昼を一緒するんだぁ。
 そしてあわよくば、お友だちなんかになったりして!」

 姦しく騒ぐ3人組の女子たちに、クラス中の男女が注目する。

「……へぇ。
 西澄って、話しかけたら普通に返事するんだな」

「いや、前までは無言だったぞ」

「じゃあここ最近で、なんか心境の変化でもあったのかもな」

 一連のやり取りを眺めていたクラスメートたちも、変わりだしたアリスに気付きはじめた。

「今度、あたしも話しかけてみようかしら。
 ずっと西澄さんのこと、気になってたのよねぇ」

「そうそう!
 だってあの可憐さだよ?
 気にならないわけないわぁ」

 A組の教室は、しばらくアリスの話題で持ちきりだった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 屋上にシートを敷いて、アリスと座る。

「どうぞ、大輔くん」

 ふたつの弁当を手にした彼女が、大きいほうを俺に差し出してきた。

「お、やっぱり弁当か。
 あんがとよ!」

 受け取って、早速ふたを開ける。

 すると中身はふっくらとして分厚い、食いでのありそうな手ごねハンバーグ弁当だった。

「うはぁ!
 こいつぁ、うまそうじゃねぇか」

 たしかこれは、アリスが初めて我が家に遊びに来たときに食べたメニューだ。

 もしかして、アリスのやつ……。

 なんだかんだで、雫特製のあのハンバーグが、お気に召していたのかも知れない。

「……この前のお弁当より、ずっと美味しく作れました。
 雫さんのおかげです。
 大輔くん。
 見てるだけじゃなくて、食べてみて下さい」

「おう!
 知ってるぜ。
 連休中、がんばって料理の練習してたもんなぁ。
 どれどれ……」

 箸でハンバーグを割って、摘まみ上げる。

 白いご飯と一緒に頬張ると、ジューシーな合挽き肉から染み出してきた肉汁が、口のなかで甘い白米と混ざり合って、なんとも言えない旨みを醸し出した。

「んー……。
 うめぇ!」

 たしかこの間の弁当に入っていたミートボールは、熱を通し過ぎたせいかモサモサしていた。

 だが今度のハンバーグは火加減もばっちりだ。

 美味すぎてつい、がっつくように掻き込んでしまう。

「あ、大輔くん。
 そんなに急いで食べると、喉に詰まります。
 お弁当は逃げません。
 だからゆっくり食べて下さい」

「そうは言っても、箸が止まらねぇよ」

 これは本当にうまい。

 もともとお菓子作りも上手だったし、器用で勤勉なアリスだ。

 雫の指導で、料理の腕もメキメキと向上中なのだろう。

「……大輔くんは、仕方ありませんね。
 ふふ……。
 お茶、ここに置いておきますね」

 夢中になって飯を食う俺を眺めて、アリスが嬉しそうに微笑んだ。

 ◇

「……ふぃぃ。
 ごちそうさん。
 めちゃくちゃ、うまかったぜ!」

 あっという間に弁当を平らげてしまった。

 時間にして3分掛かってないかもしれない。

 アリスの食事はこれからだ。

 俺はお茶を啜りながら、ようやく自分の弁当のふたを開いたアリスを眺める。

「ふぃ……。
 食後の茶がうめぇな」

 今日もいい天気だ。

 抜けるような青空を見上げてひと息つく。

 そうしてから俺は、いつものように彼女の日常話に耳を傾けることにした。

「なぁ、アリス。
 久しぶりの学校はどうだ?」

「とくに変わりは……。
 あ、そういえば大輔くん。
 聞いてください。
 さっき、屋上にくる前に、クラスの女のひとたちに声を掛けられました」

「へぇ。
 そうなのか」

「はい。
 少し驚きました」

 アリスは普段通りの無表情で語る。

 けれども俺以外なら見落としてしまうくらい、ほんのわずかに驚きの感情が顔に出ていた。

 きっと声を掛けられたのが、本気で意外だったんだろう。

「驚いたって、なんでだ?
 話しかけられただけだろ」

 アリスが弁当を食べる手を止めた。

 少しの沈黙。

 きっと、なんと話せばいいのか、言葉を探しているのだろう。

「……わたしは、クラスで浮いています。
 それは自覚しています」

 彼女は俺の顔を見上げながら、訥々と話しはじめた。

「……ずっと、クラスのみなさんには嫌われているものと思っていました。
 わたしは誰にも積極的に話しかけたりしないですし、暗いですし、きっと鬱陶しがられているものとばかり……。
 けれども、そんなわたしを昼食に誘ってくれたんです。
 一緒にお弁当を食べないかって。
 だから、少しびっくりして……」

 アリスが一旦言葉を切った。

 小さく息をはいて、もう一度吸い込む。

「……少し、嬉しかったのです」

 そっと胸に手を当ててから、アリスははにかんだ笑顔を向けてきた。

 なんとも心の温まるような微笑みだ。

「そっか……。
 よかったな、アリス」

「……はい」

 アリスは小さな幸せを噛み締めている。

 そんな彼女を見ていると、なんだか俺は胸の奥がうずうずとしてきた。

 むず痒いような落ち着かない気持ち。

 幸の薄いこの少女に、もっとたくさんの幸せを感じてもらいたい。

「あ、そうだ」

 ピコンと閃いた。

「…………?
 どうしたのですか、大輔くん」

「ふふふ……。
 いい事を思いついたんだ。
 なぁアリス。
 お前に声を掛けてきた女子って、まだ教室にいるのか?」

「たぶんいると思います。
 教室でお弁当を食べると言っていましたから」

「うし!
 ならオッケーだ」

 俺はおもむろに立ち上がり、シートから出て靴を履く。

「どこにいくのですか、大輔くん。
 できれば一緒にいて欲しいです」

「ん?
 ああ、すぐ戻ってくる。
 ちょっくらA組まで行って、その女子たち呼んでくるわ。
 たぶんまだ弁当食ってんだろ。
 今日はそいつらも一緒に昼飯にしようぜ!
 ってまぁ俺はもう、自分の弁当空っぽにしちまったけどなっ」

 アリスが目を開いた。

 こいつのこんな表情は珍しい。

「なんだ、アリス。
 そいつらと飯食うのは嫌か?
 さっき、少し嬉しかったって言ってたろ」

「い、嫌じゃないですが……。
 いきなり過ぎて、心の準備が出来ていません」

「ははは。
 クラスメートと飯を食うのに、心の準備もなにもねぇだろ」

「そ、それはそうかもしれませんが。
 ……もう。
 大輔くんは、相変わらず強引ですね」

「おう!
 まぁな。
 ……強引なのは嫌か?」

 アリスがゆるゆると首を左右に振る。

「嫌じゃないです。
 だって大輔くんは、強引ですけど、いつも優しいですから」

「そ、そうか……」

 なんだか照れてしまって、ぽりぽりと指で頬をかいた。

「んじゃ、少し待ってろよ。
 すぐにA組の女子3人組を連れて、戻ってくっからよ!」

 アリスが無言でこくりと頷く。

 それを見届けてから、俺は大股で颯爽と歩き出した。
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