無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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不穏な男

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 男が近づいてきた。

「西澄。
 お前、俺の言ったことを忘れたのか?
 こんなところで北川なんかと、なにをしている」

 随分と威圧的な態度だ。

 縮こまっていたアリスが、小さな声で呟く。

「……あなたには、関係ありません」

「なんだと?
 ……おい。
 もう一度言ってみろ」

 男がさらに一歩近寄ってきて手を伸ばした。

 アリスの肩を掴もうとしてくる。

 だが俺の目の前で、そんな真似は許さない。

「待てよ」

 俺はアリスと男の間に身体ごと割って入り、伸ばされた男の手首を逆に掴んでやった。

「……北川ぁ。
 なんのつもりだ、お前ぇ……」

「そりゃ、俺のセリフだよ。
 いきなり現れてなんなんだ、テメェは。
 なぁ、アリス。
 こいつ、知り合いか?」

 男と対峙したまま、顔だけ後ろに振り向けて尋ねる。

 するとアリスは少し考えたあと、ゆるゆると首を左右に振った。

「……同学年の男子だということは知っています。
 ですが、名前も知らないひとです」

「西澄お前!
 名前も知らないだと⁉︎
 ふざけやがって!」

 激昂した男がアリスに摑みかかろうとする。

 だが俺は、掴んだ腕を思い切り捻り上げてやった。

「ぎゃ⁉︎」

 悲鳴を無視して、そのままぐいっと肘と肩の関節をきめていく。

「痛え!
 き、北川、お前……ッ。
 あがが……。
 は、離せ!」

「ああん?
 聞こえねえなぁ?」

 締め上げた関節がミシミシと軋みをあげる。

「ぎゃ、ぎゃああ!」

 男が大きな悲鳴をあげると、ようやく先に店内に入っていた野球部のやつらが騒ぎに気付いた。

 ワラワラと群れてやってくる。

「おい、田中!
 なにやってんだよ」

「……げ。
 き、北川じゃないか。
 なんでこんな危ないやつと揉めてんだよ」

「西澄もいるぞ?
 なんだってんだ、この状況は」

 野球部が俺たちを取り囲む。

 すると今度は、店内の一般客が揉め事の雰囲気を察して、騒然とし始めた。

 彼らは遠巻きに俺たちと野球部を眺めて、ひそひそとなにかを囁きあっている。

「あ、あのぉ、お客さま。
 店内で揉め事は困ります……」

 ようやくスタッフが仲裁にやってきた。

「……大輔くん、大輔くん」

 背後に庇ったアリスが、ちょいちょいと指で服を引いてくる。

「もう行きましょう」

「……おう。
 そうだな」

 たしかにこんなバカを相手にしていても仕方がない。

 最後に俺は後ろから男の耳元に口を寄せて、ドスの効いた低い声で囁く。

「……テメェはもう、アリスに関わるんじゃねぇぞ。
 今度こいつにふざけた真似をしようとしたら、ただじゃおかねぇ。
 ……わかったな?」

 捻り上げていた男の腕を解放し、思い切り突き飛ばした。

「ぐぇ⁉︎」

 つんのめった男が、顔から床に倒れこむ。

 だがすぐに起き上がって、また俺たちに突っかかってこようとしたところを、他の野球部員たちに止められた。

「やめろ!
 もうやめとけって田中!」

「離せ!
 くそっ。
 ふざけんな……!」

「暴れんな、田中!
 店員に警察でも呼ばれたら、どうするんだ。
 それに相手は北川だぞ。
 揉めたって、いいことないって!」

 田中と呼ばれた男はまだ暴れている。

 しかし野球部員たちに羽交い締めにされて動けない。

 それを横目に見てから、俺はアリスを連れて店を後にした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 店を出てから、公園にやってきた。

「はぁ……。
 さっきのはなんだったんだ」

 ベンチに座ったアリスに買ってきた缶ジュースを手渡して、俺も彼女の隣に腰掛ける。

「なぁアリス。
 あいつ、知り合いじゃないって言ってたけど、なんかされたのか?」

「……1年の頃に、交際を申し込まれました」

「ふぅん。
 ……ん?
 って、はぁぁっ⁉︎
 こ、交際ぃ?」

 驚いてベンチから腰を浮かす。

「安心して下さい。
 もちろん、お断りしました」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 ゆっくりと深呼吸をしてから、ベンチに座りなおした。

 アリスは類いまれな美少女だ。

 よくよく考えると、告白されることもたくさんあったに違いない。

「……断りました。
 ですがそれ以来、付き纏われています」

「なるほど。
 ストーカーってやつか……」

 陰湿なやつだ。

 たしか田中と言ったな。

 あいつの動向には目を光らせておくとしよう。

 ◇

「……うし。
 もう、さっきのことは忘れちまおう」

 パンっと膝を叩いて、空気を変える。

「せっかくアリスとデートに来たんだ。
 この楽しい思い出を、あんなヤツのせいで台無しにするこたぁねえ」

 アリスの耳が、ピクッと動いた。

 かと思うと太ももをもじもじさせたり、指をつんつんと突き合わせたりして、落ち着きをなくし始める。

 心なしか頬も赤いようだ。

「……?
 どうしたんだ、アリス?」

「だ、大輔くん。
 こ、これって、デートだったのですか?」

「あ、ああ。
 俺は最初からそのつもりだったけど、アリスは違ったのか?」

 こくりと頷かれる。

「ただのお出掛けだと思っていました。
 大輔くんがわたしの用事に付き合ってくれるついでに、ふたりで映画を観に行くだけなのだと……」

「そっか。
 でも俺はデートのつもりだったんだ。
 ……なぁ、アリス。
 デートだったら、嫌か?」

「嫌ではありませんっ」

 即答だった。

 それに珍しく彼女にしては大きな声だ。

「た、ただ……。
 やっぱり少し、恥ずかしいです」

 アリスが視線を斜め下に向けて、俺から顔を背けた。

 たぶん赤くなった顔を俺から隠したんだろう。

 けれども顔を背けた結果、こちらに耳が向いてしまっている。

 その耳も赤くなっていたから、全然なにも隠せていなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アリスの用事を済ませにきた。

 やってきたのは、携帯ショップだ。

 そういえば彼女は携帯電話の類いを持っていなかったことを思い出す。

「スマートフォンを持つことにしました」

 どうやらそれが、本日のアリスの用事らしい。

 だが未成年が契約するには保護者の同意が必要だ。

 アリスの場合は父親の代理人が、その役目を負ってくれているらしい。

「ふぅん。
 でもなんで急にスマホを持つ気になったんだ?」

 興味本位で聞いてみる。

「……いままでは、連絡を取り合う相手なんて誰もいなかったので、持っていませんでした。
 でも、いまは大輔くんがいますから」

 なんかいきなり可愛らしいことを言い出した。

「スマートフォンだと、メッセージのやりとりなんかが出来るんですよね。
 大輔くん。
 メッセージを送ってもいいですか?
 スマートフォンの使い方を教えてください」

 嬉しくなってくる。

「おう!
 ……と言いたいところだが、俺もスマホの使い方はよくわからん」

 俺のスマホはもっぱら家族との通話専用だ。

 あまりその他の機能を使ったことはないし、よく知らない。

「そうでしたか……」

 無表情なアリスが、心なしかしょんぼりした。

 だから即座に励ます。

「なぁに。
 使い方がわからなけりゃ覚えりゃいいんだよ。
 だからアリス。
 一緒に使い方を覚えていこうぜ」

 アリスの雰囲気が明るくなる。

 彼女は無言のまま、なんとなく嬉しそうに、俺の言葉にこくりと頷いた。
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