無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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体育祭・前編

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 体育祭の当日になった。

 うちの体育祭は土曜日開催だから、父兄たちも大勢参観にきていて、俺の家族たちも正午まえにはやってくる予定になっている。

 俺はいまグラウンドの隅で、クラスの連中と一緒に入場待機していた。

「あー、なんかドキドキするなぁ」

「なぁ、お前。
 俺の仮装、どっかおかしい所とかないか確認してくれよ」

 クラスメートたちが、ざわざわと落ち着かない。

 体育祭の入場は各クラスごとにテーマを定めた仮装行列になっていて、俺のいる2年E組のテーマは『百鬼夜行』だった。

 ちなみに俺は、吸血鬼ヴァンパイアの仮装をしている。

 百鬼夜行というと鬼や妖怪といった日本のお化けが深夜に徘徊するもので、西洋のお化けはまた違うのかもしれないが、まぁその辺りはなにしろ高校の体育祭だ。

 楽しければ良かろうである。

 ◇

 1年生たちの入場行進が終わり、次は2年生の番がやってきた。

「2年A組。
 入場です!」

 放送部員のアナウンスが校内に響き渡る。

 A組の入場が始まるのと同時に、生徒たちや朝からグラウンドの外周に詰めかけた父兄の間から、大きなどよめきが上がった。

「なんだ、あの金髪の少女。
 学校側が芸能人でも雇ってきたのか?」

「いや、それ以上だって。
 うわぁ……。
 すっげぇ。
 マジすっげぇ」

「ちょっと、お父さん。
 みてくださいよ、あの子。
 可愛いわぁ。
 絵本から飛び出してきた本物のアリスみたいねぇ」

 待機しながら、先に入場をはじめたA組の行進を眺める。

 A組のテーマは『不思議の国のアリス』だった。

 先頭にはアリスを不思議の国へと誘う白い兎。

 そのあとに青いワンピースで着飾ったアリスが続いて、チェシャ猫やマッドハッターが続く。

 ちなみにこのマッドハッターは時宗のコスプレだ。

 結構似合っている。

 行列にはジャバウォックなんかの、厳密には不思議の国のアリスのキャラクターではないものも混ざっているが、これもきっと、楽しければそれで良いの精神なのだろう。

「……A組の西澄。
 やっぱめちゃくちゃ可愛いよなぁ」

「ああ。
 とくに最近は、明るい感じがするしな」

 クラスの連中がアリスに見惚みとれている。

 俺も彼女に注目した。

 澄み渡る5月の青空の下。

 入場行進の陽気な音楽が鳴り響くグラウンドで、朝の光を金糸のように美しい髪にキラキラと反射させながら、西澄アリスが少し恥ずかしそうにうつむき加減で歩いていた。

「……はぁ。
 アリスのやつ、凄え可愛いじゃねぇか」

 思わず俺も、クラスメートと似たような感想を呟いてしまった。

 彼女には不思議の国のアリスの仮装が、これ以上なくハマっている。

 しばらく惚けたように眺めていると、アリスがふいに顔を上げ、キョロキョロし始めた。

 どうやらなにかを探しているらしい。

 しばらくそうして辺りを見回していたアリスと、俺の視線が交差する。

 すると彼女は顔をさらに赤くさせ、はにかんだような微笑みを浮かべた。

 見物たちからワッと歓声が上がった。

「み、見たか⁉︎
 あの子、いま笑ったぞ!」

「ああ、もちろん見た!
 なんだろう、この気持ち。
 甘酸っぱいような、ふわふわするような……」

 突然の歓声に、アリスがびくっと肩を竦めて、再びうつむいた。

 というかなんだ、あの可憐な生き物は……。

 さしもの俺も、クラスのやつらと一緒になって、ぽけーっと口を半開きにしながら、アリスを眺める。

「2年E組のみなさーん。
 そろそろ入場ですよぉ。
 準備をお願いしまーす」

 進行役の声に、現実へと引き戻された。

 もう俺たちの順番がやってきたようだ。

「さて、行くか」

 俺もE組の連中と一緒に、入場行進をはじめた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 開会式は滞りなく終わり、最初の競技が開始されるまでの間、すこし自由な時間ができた。

 俺は仮装から普段の体操着に着替えるべく、更衣室へと向かっている。

「だ、大輔くん……!
 はぁ、はぁ」

 走ってきた誰かに背中を呼び止められた。

 振り向くと、仮装をしたままのアリスがそこにいた。

「お、おう。
 アリスか。
 どうした?」

「はぁ、はぁ……。
 んっ。
 遠くに大輔くんの背中が見えたから、追いかけて来ちゃいました。
 ふふっ。
 吸血鬼の格好、似合ってますね」

「そ、そっか」

 気の利いた言葉が返せない。

 いまのアリスはさっき眺めていた通り、不思議の国のアリスの格好をしている。

 でもさっきの遠目とは違って、今度は手を伸ばせば届きそうなくらい近くにアリスがいた。

「そ、そういえばよ。
 たしか前に屋上で飯を食ったとき、不思議の国のアリスは断るって言ってたけど、結局やることにしたんだな。
 断りきれなかったのか?」

「それもあります。
 でも一番の理由は、ほかにあるのです」

「……一番の理由?
 なんだ?」

「覚えてませんか?
 だって大輔くんが、わたしのこの仮装を見たいって言ってくれましたから……」

 アリスが両腕を小さく広げて、仮装した姿を見せつけてきた。

「ど、どうですか、大輔くん」

「あ、ああ。
 その、なんつーか……」

 思わず言葉に詰まる。

 以前ならアリスに対して気楽に可愛いだとか言えたんだが、自分が彼女に恋心を抱いていることを自覚してからは、少し照れくさくなってしまったのだ。

「……大輔くん?」

 言葉を途切れさせた俺を、アリスが上目遣いで見上げてくる。

 その仕草がまた可憐で、俺は一層声が出なくなる。

 だが俺も男だ。

 仮装は俺のためとまで言い切ったアリスに対して、無言で押し通すのは有り得ない。

 喉の奥から声を搾り出す。

「か、可愛いぜアリス。
 めちゃくちゃ似合ってるじゃねぇか」

「――はぅ⁉︎」

 アリスが瞬間湯沸かし器みたいに赤くなった。

 それきりお互いなにも話すことができなくなって、俺たちは向かい合ったまま口を噤んだ。

 ◇

「いたいた!
 やっほー、大輔くんにアリスちゃん。
 って、なにしてるの?
 お見合い?」

 みなみ先輩がやってきた。

 彼女もまだ仮装したままのようで、丈が短く露出の多いメイドの衣装を着ていた。

「あたしのクラスは、執事とメイドのコスプレだったのよ?
 うりうり。
 どうだ、大輔くん。
 みなみお姉さんの、セクシーポーズだぞぉ?」

 先輩が胸の谷間を寄せて、迫ってきた。

「な、なんだよ先輩。
 目のやり場に困るだろうが」

「あははっ。
 大輔くんってば、赤くなっちゃって!
 この、このぉ」

「……大輔くん、大輔くん。
 見ちゃだめ、です」

 じゃれあっていると、見知らぬ女子が近寄ってきた。

「雪野ぉ。
 その子が、あんたがいっつも言ってる天使みたいな女の子でしょ?
 ほんとに可愛いわよね。
 私にも紹介しなさいよぉ」

 丸い眼鏡をかけた、さばさばとした雰囲気の女性だ。

 みなみ先輩と親しげに話していることから察するに、どうやら3年生らしい。

「いいわよぉ。
 大輔くん、アリスちゃん。
 こちらあたしの友だちで、麻美。
 放送部の部長なのよ」

如月きさらぎ麻美あさみです。
 よろしくね。
 ちなみに今日の体育祭のアナウンスは、私が担当するのよ?」

「如月先輩か。
 俺ぁ、北川大輔っす。
 よろしくな」

「西澄アリスです。
 よろしくお願いします」

 自己紹介を交わす。

「そうそう、用事を忘れるところだった。
 雪野。
 あんたを呼びに来たの。
 うちのクラスはもう集合時間よ。
 はやく来なさい」

「そうだっけ?
 ごめん、ごめん。
 じゃあ、大輔くん、アリスちゃん。
 また後でねぇー」

 先輩は如月先輩に引っ張られて、慌ただしく去っていった。
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