無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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体育祭・中編1

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 午前のプログラムがつつがなく進んでいく。

 俺は1年のときは停学を食らった関係で、体育祭は見学になった。

 だからこうして実際に体育祭に参加するのは初めてなのだが、我が校の校風なのか、生徒たちはみんな積極的に競技に取り組んで、盛り上がっている。

「次の競技は、借り物競争女子の部になります。
 出場する生徒は、グラウンドに集合して下さい」

 アナウンスが響く。

 これはさっきみなみ先輩に紹介された、放送部の如月先輩の声だろうか。

「じゃあ行ってくるねー」

「早苗ちゃん、がんばって!」

 うちのクラスからも選手が集合場所へと向かった。

 たしか借り物競争はアリスが出場する種目だ。

 グラウンドの隅の集合場所を眺めてみると、A組の赤のゼッケンを身につけた彼女と目があった。

 握りこぶしを少し前に突き出して、応援する。

 するとアリスはこくりと頷いてから、小さくガッツポーズをしてみせた。

 やる気は十分らしい。

 そういえば前にもすこし考えたことがあったが、アリスって運動神経のほどはどうなのだろうか。

 ◇

「これより、2年生女子による借り物競争をはじめます。
 選手のみなさん。
 がんばってください!
 父兄の皆様がたも、応援よろしくお願いします!」

 走者がスタートラインに並ぶ。

 やはり遠目にもアリスが目立っている。

 生徒たちは言うに及ばず、参観に来た父兄の間でも彼女の注目度は抜群に高い。

「位置について……。
 スタート!」

 号令の下、A組からE組までの5人の2年生女子が一斉に走り出した。

 真っ先に先頭に躍り出たのは、うちのクラスであるE組の女子だった。

 さきほど、早苗ちゃんと呼ばれて送り出された彼女である。

「おお⁉︎
 うちの女子、めっちゃ速えな!」

 早苗ちゃんと後続との差はぐんぐん広がっていく。

 そして最後尾はアリスだった。

 彼女は走り出してまだ幾らも経っていないというのに、もうあごをあげて息を切らせ、ひぃひぃ言いながら走っている。

「お、おお……。
 アリスのやつ、めっちゃ遅いなぁ……」

 目をキュッと瞑って必死に走る姿が、なんだか小動物を連想させて可愛い。

 でもどうやらアリスは、運動が苦手だったようだ。

「2年E組はやい!
 これははやい!
 後続を置いてきぼりにして、もうクジまで到着しましたー!」

 うちのクラスの早苗ちゃんが、スタートラインから百メートル先にある借り物くじの場所に、いの一番にたどり着いた。

 大きな箱に手を突っ込んで、ごそごそしている。

「E組の夕凪早苗選手。
 いまクジを引きました!
 内容はいったいなんでしょうか?
 よく見えるように、胸に貼ってくださーい!」

 アナウンスに促されて、E組女子が今しがた引いたクジをゼッケンに貼った。

 そこには極太油性マジックの文字で、『銀縁ぎんぶちメガネのひと』と書かれている。

 早苗ちゃんがキョロキョロと周囲を見回す。

 彼女は視線の先にイケメン眼鏡である財前時宗の姿を見つけると、そちらのほうへと走って行った。

 ◇

 ところでうちの体育祭の借り物競争には、少しだけ特殊なルールがある。

 くじを引いた選手は、借り物の中身が周囲の人間にもよく見えるように、ゼッケンに貼らなければいけないのである。

「2年A組、西澄アリス選手。
 最後尾でいまクジまで到着しました!
 ほかの選手たちは、もうすでに借り物を探しに行っているぞ!
 西澄選手、ここから挽回なるか?」

 アリスが抽選箱に手を入れた。

 びりとは言え、アリスの美しい金髪ブロンドと妖精のように可憐な容姿は、人の目を惹きつけてやまない。

「おっと。
 いま西澄選手がくじを引いた!
 その内容は、なな、なんと――⁉︎」

 アリスがクジをゼッケンに貼り付けた。

 そこにはよく見える大きな文字で『大切なひと』と書かれてある。

「大切なひと!
 西澄選手の借り物は、なんと『大切なひと』だー!」

 ギャラリーがどよめく。

 グラウンドのそこかしこで、いま彼女が引いたくじについて噂し合っている。

 気づくとアリスが俺を見ていた。

 視線が交差するなり彼女はこくりと頷いて、真っ直ぐにこちらに向かって走ってくる。

「西澄選手、走り出した!
 判断がはやい!
 この大勢の観客のなかから、いまの一瞬で『大切なひと』を見つけだしたというのでしょうか!」

 アナウンスの間にも、アリスはぐんぐんとこちらに近づいてくる。

「お、おいおい。
 アリスのやつ……。
 ……ったく、しょうがねえなぁ」

 E組の観覧場所から一歩前に歩みだした俺のもとに、アリスがたどり着いた。

「はぁ、はぁっ……。
 ……んっ。
 大輔くん!
 一緒に来てください」

「おうっ。
 んじゃあ、行くか!」

 アリスと手を取り合って走り出す。

 駆け出した俺たちの姿に、グラウンドに詰めかけた全員が、わっと歓声を上げた。

 ◇

「おおっと、西澄選手!
 大切なひとにE組の男子を選んだ!
 まさか!
 まさかの展開です!
 いま手を引いて走りだしたぞ!
 会場は大盛り上がりだ!
 というかあの男子はっ⁉︎
 き、北川くんです!
 2年E組、北川大輔くんを連れて、西澄アリス選手、ゴールに向かって走っていきます!」

 アリスに手を引かれて走る。

 いまならまだ誰もゴールしていない。

 時宗を連れ出そうとしていたうちのクラスの早苗ちゃんは、A組女子たちの妨害にあって手間取っているようだ。

「西澄選手!
 これは1着でゴールなるか。
 ゴールに向けて、一直線に走っていくぞ!
 ああっと、だがしかし!
 ここで思わぬ伏兵が現れたっ。
 C組女子、山中幸子選手だ!
 借り物のハンカチを持って、A組西澄アリス選手を猛追していく!」

 追い上げてきたC組女子の借り物はハンカチ。

 走るのに邪魔にならない有利さも相まって、ぐんぐんと追い上げてくる。

 このままだと抜かれそうなペースだ。

「なぁ、アリス!」

 走りながら、後ろから彼女に話しかける。

「はぁっ。
 はぁっ。
 な、なんですか、大輔くん!」

「どうせ取るなら、一等賞がいいよなぁ!」

 返事も聞かずに、ぐんっと加速した。

 アリスの前に踊りだし、逆に彼女の手を引いて力強く駆けだす。

「きゃ⁉︎」

「おう!
 転ばないように気をつけろよ。
 いくぜー!」

「は、はいっ!」

 ぐんぐんと速度を上げる。

 繋いだ手のひらにアリスの温もりを感じながら、グラウンドのど真ん中を、真っ直ぐに突っ切っていく。

 俺とアリスは、追い上げてきたC組の選手を徐々に引き離し始めた。

「ああっと!
 ここでA組がスピードアップ!
 はやい!
 これははやい!
 風を切るように颯爽と走り抜け、いま!
 1着でゴールイン!」

 全校生徒と父兄たちが、ふたたび歓声に湧いた。

 俺はアリスと手を繋いだまま足を止め、息を弾ませる彼女と見つめあった。

「ははっ。
 俺たちが一番だぜ。
 楽しかったな、アリス!」

「はぁ、はぁっ。
 は、はい。
 楽しかったです、大輔くんっ」

 アリスは額から汗を流し肩で息をしながら、けれども心底楽しそうに笑ってみせた。
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