無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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約束の品

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 このところじいちゃんの体調がよくない。

 先日の体育祭あたりから風邪を長引かせているらしく、ずっと伏せっている。

 じいちゃんはあの通り気丈だし、あまり体調不良を表には現さない人物なのだが、実際のところはもう結構な年齢だし、体力も相応に低下しているはずだ。

 どうにも心配である。

 そんなことを考えながら登校の準備をしていたら、廊下でばったりとじいちゃんに出くわした。

「こほっ……。
 おぅ、大輔。
 なんだオメェにしては珍しく、随分と早起きだな。
 いまはまだ、雫も起きだしてない時間だぜ。
 ……ごほっ」

「よぅ、おはよう。
 いや今日から試験だし、早めに学校行って……って、おいおい!
 なにしてんだよ、じいちゃんは。
 ちゃんと寝てないとだめじゃねぇか!」

 俺は顔をしかめつつ、じいちゃんに歩み寄った。

 近くで見るとかなり調子が悪そうだ。

 なんでも高めの熱がずっと続いているらしく、いまも俺の目の前で口元を押さえて咳き込んでいる。

「こほっ。
 あー、くそ。
 しつけぇ風邪だな」

「だからもう寝てろって。
 それより、はやく医者に行ってこねぇと」

 じいちゃんは大の病院ぎらいで、よほどのことでもない限り医者にかかろうとしない。

 困ったひとである。

「ばぁろぉ!
 ひとを病人扱いすんじゃねぇ」

「いやだから自覚しろよ!
 病人なんだっつーの。
 病院がいやなら安静にしてないと。
 こじらせても知らねぇぞ。
 じいちゃんも、もういい歳なんだからよ」

「かぁー!
 病人扱いの次は年寄り扱いか」

「いや実際年寄りだろ!」

 俺は愚図るじいちゃんの肩を掴み、有無を言わせずその場でくるりと反転させた。

「ほらほら。
 戻った戻った!
 自室はあっちだぞ」

「わかったから、押すな」

 渋々といった感じだが抵抗はせず、じいちゃんは俺に背を押されるままに歩み出す。

「……ったくよぉ。
 ちょっと前まで鼻垂れ小僧だった大輔が、いまとなっちゃあこの俺の心配たぁなぁ……。
 こほっ。
 時の流れってのは早えもんだ」

 しみじみと独りごちる。

「なぁ大輔。
 俺ぁ、思うんだがよ。
 この調子ならひ孫の顔を見られるのも、そう遠くはないんじゃねぇか?」

「ひ、ひ孫だぁ⁉︎
 いきなりなに言ってんだよ!」

「ふふ、いまなにを想像しやがった?
 かかか。
 照れるな、照れるな。
 こほっ……」

 じいちゃんは咳き込みながらも、愉快そうに笑っている。

 かと思うと、ふいに黙り込んだ。

「なぁ、大輔」

 振り返り、真剣な表情でまっすぐに俺の目を見つめてくる。

「……なんだよ」

 どうやら真面目な話らしい。

「あの金髪の嬢ちゃん……。
 アリスの嬢ちゃんのことだ。
 あれは無表情だからちょっと分かりにくいがな、他人を思いやれるいい女だ。
 オメェには不相応なくらいにな。
 初めてお前があの嬢ちゃんを連れてきたときゃ、俺ぁ内心『でかした!』って思ったもんだ」

「だろ?
 わかってる。
 アリスはいいヤツだ。
 へへ……。
 俺の見る目も満更じゃねぇな」

「はっ、生意気いいやがって。
 でもその通りだ。
 だから大輔、嬢ちゃんのこときっちり捕まえて、決して目を離すんじゃねぇぞ」

「ああ。
 もちろんだ。
 アリスを幸せにするのは、ほかの誰でもねぇ。
 この俺だからな!」

 茶化さずにしっかりとアゴを引き頷いてみせると、じいちゃんも満足げに頷き返してくれた。

「……ん。
 それでいい。
 忘れんじゃねぇぞ」

 じいちゃんは目を細めながら、最後に一度だけ俺の頭をくしゃっと撫でてから自室へと戻っていった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 今日から1学期の中間試験が始まる。

 ここ最近のアリスとの努力を無駄にしたくない俺は、試験期間中は朝の学校でおさらいをしようと、いつもより早く登校してきた。

「……ん?
 あれは……」

 人影もまばらな早朝の通学路に、よく見知った後ろ姿を見つけた。

 遠目からでも一際目を引く金色の髪。

 彼女こそ学校一の美少女で俺の惚れた相手、西澄アリスだ。

「よう、アリス!
 はやいな!」

 駆け寄って後ろから声をかけると、アリスがこちらを振り向いて少し驚いた顔をみせた。

「おはようございます、大輔くん。
 大輔くんのほうこそ早いですね。
 びっくりしました」

「おう、まぁな。
 せっかくアリスが頑張って勉強を教えてくれたんだ。
 無駄にしたくねぇから、試験前に復習しようと思ってな」

「えらいです。
 さすがは大輔くんなのです」

 アリスは俺だけに分かるくらい、ほんの僅かに頬を緩ませて、胸の前で小さくぱちぱちと手を叩いている。

 本気で感心しているようだ。

 なんだかちょっとくすぐったい。

「ところでアリスも早いな。
 いつもこのくらいの時間に登校してるのか?」

「はい。
 わたしはこのくらいです。
 大輔くんはいつも始業時間ぎりぎりですよね」

「まぁな。
 ……ん?
 でも俺がいつもぎりぎりだって、よく知ってんな」

「そ、それは……」

 急にアリスが口籠もった。

「それは?」

 言葉に詰まった彼女を促す。

 するとアリスは少し頬を赤らめながら、小さな声で呟いた。

「……それは、いつも大輔くんが登校してくるのを窓から眺めるのが、わたしの朝の日課だからです」

「お、おう……。
 そうか。
 そういやアリスの席、窓際だったもんな……」

 毎朝見られていたのか。

 なんだか気恥ずかしくなってきた。

 のぼせそうな頭を振る。

「その、なんだ……。
 とりあえず、学校向かうか」

 俺は赤くなった顔を隠すように彼女から背け、前に立って歩き始めた。

 ……かと思うと、足を踏み出してすぐに服の裾をちょいちょいと引かれた。

「……大輔くん、大輔くん」

「ん?
 どうした、アリス」

「約束のもの、持って来てくれましたか?」

「あ、ああ……。
 あれかぁ」

 言われて思い出した。

 だが出来れば思い出したくなかったかもしれない。

 アリスとの勉強会、最終日。

 クローゼットに隠したコルクボードを俺に見つけられてしまった彼女は、顔を赤くしながらこうお願いしてきたのだ。

 そのときのことを振り返る――

 ◇

『お、お前これ⁉︎
 このボードに貼ってあるの、俺の写真じゃねぇか!』

『……ぁぁ。
 大輔くんにバレてしまいました……。
 ぅぅ……』

『な、なんで⁉︎
 どっから手に入れたんだよ、こんなもん!』

『……お願いして、雫さんに分けて頂いたのです。
 ……ダメ、だったでしょうか』

『いや、ダメっつーか、なんつーか……』

『……すみません。
 わたし、気持ち悪いですよね……。
 ぅぅ……』

『き、気持ちわる⁉︎
 んなわけねぇって!』

『……そうでしょうか。
 こんな黙って大輔くんの写真を部屋に飾るような、根暗な女なんて、普通に考えれば気持ち悪いと思います……』

『だから、んなわけねぇだろ!
 俺の写真くらい、いくらでも飾ればいい。
 ボードを飾ればこの殺風景な部屋も華やぐってもんだ!
 なんならもっと写真いるか?
 まぁ、被写体が俺ってのが気恥ずかしいけどな!』

『ほ、ほんとですか。
 ください……。
 欲しいのです……!』

『は、ははは……。
 おうよ。
 男に二言はねぇ。
 も、持ってきてやろうじゃねぇ……か……!』

 ◇

 ――とまぁ、こんなやり取りがあったわけだ。

「……大輔くん?
 ……写真……」

 アリスが俺の服の裾を引っ張り、弱々しい声で写真をねだりながら、見上げてきた。

 頬を赤らめ、唇を少し開いている。

「うっ……」

 これは堪らない。

 なんというか元の造形の良さも相まって、あざといくらいに可愛らしい。

 俺は観念して、カバンの中から1枚の写真を取り出した。

 その四角い紙片のなかには、ピースをしながら引きつった笑みを浮かべる俺の姿が収められている。

「ほ、ほらよ。
 これでいいだろ?」

「……はぃ。
 ありがとうございます。
 大輔くんから直接いただいた写真……」

 アリスが写真を受け取る。

「嬉しいです……。
 大切にします」

 彼女はしばらくの間、写真のなかで間抜け面を晒す俺を眺めてから、大切そうにそっと胸に押し当てた。
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