無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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教室に忘れもの

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(アリス視点)

 お風呂から上がる。

 脱衣所でパジャマに着替えた私は、自室に戻り、湿った髪をドライヤーで乾かしてから窓の外を眺めた。

 外はもう真っ暗だ。

 壁に掛けた時計をみると、時刻は20時過ぎだった。

「……もうこんな時間。
 大輔くんは、病院から家に帰ったころでしょうか」

 もしかしたら今頃、晩ごはんを食べているのかも。

「んっと……」

 スマートフォンを手に取る。

 でも食事中だったら悪いし、もう少し待ってからメッセージを送ってみようかな。

 そんなことを考えていると、白猫のマリアが私の足下までやってきた。

「みぃ、みぃ~」

 細い声で鳴きながら、足に纏わり付いてくる。

「なぁに、マリア。
 抱っこして欲しいの?」

「みぃ~」

「いいわよ。
 さ、おいで」

 しゃがんでから綺麗な白猫を抱えあげ、ベッドの縁にぽすんと腰を下ろした。

 膝のうえにマリアをのせる。

「にゃ~。
 ごろごろごろごろ……」

「まぁ。
 甘えた声をだすのね」

 私は目を細めながら、喉を鳴らす白猫を撫でる。

「んにゃぁ……」

「ふふふ。
 可愛い……」

 しばらくするとマリアは満足したらしく、膝からぴょんと飛び降りて部屋を出て行った。

 去っていくマリアを見送ってから改めて思う。

 あの子が居てくれるおかげで、この広く虚ろな屋敷に一人でいても寂しさを感じない。

 そのことに感謝する。

 これも大輔くんが、私とマリアを引き合わせてくれたおかげだ。

 ◇

「……えっと。
 そろそろいいかなぁ」

 きっと彼ももう、ご飯は食べ終わってるよね。

 再びスマートフォンを手に取った。

 ようやく少しだけ操作に慣れてきたそれをぽちぽちとタップし、大輔くんにメッセージを書いていく。

『こんばんわ。
 いま大丈夫ですか?』

 送信した。

 そっけない文章だと思う。

 前に少し無理をして顔文字なんかを頑張ってみたことがあったけど、大輔くんはそのままの私の文章でいいと言ってくれた。

 だからこれでいいのだ。

「あっ。
 さっそく読んでくれた」

 送信したメッセージに既読がついた。

 すぐに返信がある。

『ああ、大丈夫だぞ』

 大輔くんのメッセージも、字面だけをみると私に負けず劣らずそっけない。

 でもこれが優しい彼のメッセージだと思うと、そんなことは気にならなくなる。

『おじいさんの様子はどうでしたか?』

『経過は良好だ。
 まだ少し熱があって咳もしてるけど、ちゃんと回復に向かっている』

『そうでしたか。
 良かったです。
 回復してきたなら、明日あたり私もお見舞いにいこうと思うのですが、いいでしょうか?』

『そのことなんだがなぁ。
 やっぱり見舞いはいいよ』

『……?
 どうしてでしょうか?』

『いや、じいちゃん肺炎だからよ。
 なんでも医者が言うにはさ。
 肺炎には種類があって、じいちゃんのは移りやすいやつじゃねぇみたいなんだが、万が一ってこともあるしなぁ』

『……そうでしたか。
 わかりました』

 そういうことなら仕方がない。

 病院へのお見舞いは控えて、おじいさんが退院したら大輔くんのおうちに顔を見せにいくとしよう。

『それはそうとアリス。
 そっちはどうだ?
 放課後とか変わったことはないか?』

 大輔くんに問われて思い出した。

 今日の帰宅途中、田中くんが私を待ち伏せしていたこと――

 スマートフォンを操作する手を止めて自問自答する。

「……えっと。
 どうしようかな。
 大輔くんには伝えておいたほうがいい?」

 でも大輔くんは、おじいさんやお家のことで手一杯のはず。

 だったらいまは、私のことで余計な心配をかけたくはない。

 そう考えてから、スマートフォンの画面に目を落とす。

『とくに変わったことはありません』

『そっか。
 ならいいんだけどよ。
 なにかあったらすぐに相談しろよ』

『……はい』

 私はひとまず、今日の田中くんのことは言わないことにした。

 ◇

 大輔くんとのやり取りを終えて、スマートフォンをベッドの枕わきに置く。

 あのあとのやり取りで、明後日からの週末に大輔くんのお家に家事のお手伝いをしにいく約束をした。

 雫さんも疲れがたまっているころだろうし、これは北川家のみなさんに、日頃の恩を返すチャンスだと思う。

「……ん。
 ……んんー!」

 ベッドの縁で大きく伸びをする。

 少し眠気がやってきた。

「……ふぁ。
 じゃあ、そろそろ寝ようかな」

 立ち上がって、壁にかけたコルクボードまで歩いていく。

 そこには前に雫さんや大輔くんからもらった、彼の写真が貼ってあった。

「おやすみなさい。
 大輔くん」

 ニカッと笑っている彼の写真を指でなぞる。

 そして部屋のあかりを消してから、私はベッドに潜り込んだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌日、私は今日も雪野先輩と一緒に下校していた。

「じゃあここで!
 寄り道せずに真っ直ぐ帰るのよ、アリスちゃん」

「はい。
 ありがとうございました。」
 それでは」

 先輩にぺこりと頭を下げる。

 私にべたべたとくっ付いていた雪野先輩は、このあと同級生の友人たちと約束があるらしく、名残惜しそうにしながらも立ち去っていった。

「さて。
 私もうちに帰りましょう」

 もう我が家は目と鼻の先だ。

 とことこと歩く。

 すぐに屋敷に帰り着き、通用門を潜ったあたりで、私はふと思いついた。

 明日の土曜日は大輔くんのお家に伺うことになっているのだけれど、そういえば何時頃にお邪魔すればいいのか、決めていなかった。

「えっと。
 大輔くんに聞いておかなきゃ」

 通学用カバンのポケットに手を突っ込んで、スマートフォンを探す。

「……あれ?」

 見つからない。

「んっと……」

 もう一度ガサゴソと探してみる。

 けれどもやはり、カバンの中にスマートフォンは入っていない。

 まさか無くしてしまった?

 いや、そんなことはない。

 学校ではたしかにあったはずだ。

「あっ。
 そういえば……」

 午後の授業の合間の休憩時間。

 私はそのときに、持て余した時間をつぶすために大輔くんとのメッセージを読み返していたことを思い出す。

 たしかあのとき、クラスの女子のみなさんに急に話しかけられて、慌ててスマートフォンを机のなかに仕舞ったのだった。

「えっと……。
 どうしよう。
 取りに戻ろうかな……。
 あっ、でも――」

 そのとき私の脳裏に一抹の不安がよぎった。

 それは田中くんの存在だ。

 もしいまから教室までスマートフォンを取りに戻ったとして、あの彼に遭遇してしまったらどうしよう。

 その場に立ち止まり、少し考えこむ。

 身の危険はわずかに感じる。

 でもスマートフォンがないと困る。

 このままだと明日の約束を何時にすればいいかわからないし、それに今晩だって大輔くんとメッセージで話したいのだ。

「……きっと、大丈夫……だよね」

 田中くんだって四六時中私を付け回しているわけではない。

 なら問題ない。

 私は回れ右をして、帰ったばかりの屋敷から表に出た。

 通りを眺めると、西の空に傾きだした太陽が、あたりを朱に染め始めていた。
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