復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者

猫正宗

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マーリィ04 アベルの足跡

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 港湾都市レンブラントに着いた。
 ここは人類大陸、イスコンティ王国の港である。

 都市の住民たちは沈んでいた。
 港街らしい活気がなく、雰囲気が暗い。

『なんじゃろうな? 前に寄ったときはもっと明るい港だったはずなのだが……。マーリィ。お主も覚えておるじゃろ?』

 そうだったろうか。
 そんな気もするけど、よく覚えていない。
 わたしは興味のないことは、すぐに忘れるたちなのだ。

「どうでもいい。それより、お腹がすいた」
『……お主は、マイペースじゃのー』

 神剣に宿ったアウロラさまが、これ見よがしにため息をついた。
 でも実際にお腹が空いたんだし、仕方がないと思う。
 人類大陸に戻ったら、いの一番にご飯にしようと思っていたのだ。
 魔大陸では、ろくな食事にありつけなかった。
 もう焼いただけの魔物肉は食べたくない。

「魚料理が食べたい。新鮮なやつ」
『金はあるのかえ?』
「ない。でもこれがある」

 背負ったザックに、殺戮アリキラーアントの甲殻をわんさと詰め込んできた。
 魔大陸の魔物の素材は人気がある。
 きっと売ればいいお金になるはずだ。

『そういうことなら、まずは換金じゃな。そして食堂じゃ。……はぁ、妾もこんな風になっとらんかったら、うまいもんをたらふく食べたかったのぅ』
「……アウロラさま、食欲あるの?」
『いや、腹が減るようなことはないのじゃが……』

 なんでも古龍だったころの記憶が疼くらしい。
 わたしたちは雑談を交わしながら、換金屋に向かった。



「こっち、角マグロのステーキ丼と、大王イカの一夜干し炙り、空トビウオの岩塩焼きに、拳闘シャコがんがん焼き、沈船鯨のカルパッチョ、ぜんぶ急いで持ってきて」
「あいよー!」

 テーブルに所狭しと並べられた海鮮料理を、端から平らげていく。
 ここは港湾都市だけあって、海の幸が豊富だ。
 どれも美味しい。

『いいのぅ。妾も食べたいのじゃ……』
「……神剣で斬ったら食べられる?」

 ぐりぐりと、切っ先を料理に押し付けてみた。

『ええい、無理に決まっとろう! やめいばか者!』
「……残念」

 食事を再開する。
 追加の料理もやってきて、幸せいっぱい。

 詰め込めるだけ口にご飯を放り込んだ。
 リスみたいに頬袋を膨らませながら、もっちゃもっちゃと咀嚼して飲み込む。

『くっ、そのうち人化の術を開発してやるのじゃ。いまに見ておれ……』

 ばくばくと匙を動かし、あっという間に皿から料理が消えていく。

「ふぃー、お腹いっぱい……」

 くちくなったお腹をさすった。
 満足だ……。
 下腹部がぽっこりと膨らんでいた。

「う……、動けない……」
『まったく……。お主は食い過ぎじゃぞ』

 あんまり美味しかったものだから、ちょっと欲張り過ぎたかもしれない。
 でも問題ない。
 お金なら、まだたんまりあるのだ。



 まったりお腹を休めながら、食後のお茶を啜る。
 ついでに、食堂のおばさんに話しかけてみた。

「はぁ? なんだって? 街のみんなが暗い理由を聞きたいって? なんだい、あんた? そんなことも知らないのかい?」
「知らない。だから教えて」
「まぁ別に構わないけどね。あんた英雄クローネは、もちろん知ってるだろ?」

 英雄?
 あいつはただの薄汚い女盗賊だと思う。
 アベルさまを裏切った4人のひとりだ。

「……その英雄さまがね、賊に殺されちまったんだよ。まったく酷い話さね!」

 あの裏切りの夜を思い出して、自然とわたしの目が険しくなる。
 それを見たおばさんは、何を勘違いしたのか我が意を得たりと頷いた。

「可愛い顔を顰めてまぁ! やっぱりあんたも酷いと思うかい。ほんと罰当たりな話もあったもんさ。よりにもよって魔王から人類を救ってくれた英雄さまを、殺しちまうんだからねぇ」

 おばさんは腕組みをしてあごをひいた。
 はぁと深くため息を吐く。

『……アベルがやったのじゃろうな』
「……ん」

 わたしもそう思う。
 きっとアベルさまが、裏切り者を制裁したのだ。

 それはともかくとして、人類を救ったのはアベルさまだ。
 おばさんの間違いを正したくなったけど、ぐっと堪える。
 ここで余計な口を挟んでも仕方がない。

「それからどうなった?」
「賊はまだ捕まってないみたいだけど、はやく捕まえて、縛り首にして欲しいもんだよ!」

 捕らえられていない……。
 安心して胸を撫で下ろした。

 あのクロなんとかいう、赤くてケバい年増女が死んだことなんてどうでもいい。
 わたしの心配事はひとつだけ。
 アベルさまは無事だろうか。
 そう思うと、いてもたってもいられなくなってきた。

「お勘定、ここにおいておく」
「あいよっ、毎度ありー!」

 わたしは店を飛び出した。
 でもアベルさまの足取りを追うにも、どこに向かったかがわからない。

『これ、落ち着けマーリィ』
「……落ち着いてる」
『そわそわしっぱなしじゃろうに、まったく。アベルが心配なのはわかるが、何はともあれまずは情報じゃ。港の酒場に情報屋がおるから、そこにいくぞ』

 アウロラさまに従って、酒場に向かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 情報屋から無理やり聞き出した話によると、アベルさまは東のオット・フット都市連合国に向かったらしい。
 狙いはラーなんとか言う、あの胡散臭い聖騎士だろう。
 間違いない。

 わたしたちはアベルさまの足跡を辿って、宗教都市ルルホトに向かっている最中だ。
 長い長い街道を進んでいく。
 馬車に乗ったり何日も歩いたりして、ようやく遠くにルルホトが見えてきた。

「やっとついた……」

 ふぅと息を吐いた。
 そのとき――

 ――ゾワリ……

 いきなり背筋が凍えた。

『魔物の気配がするぞ! 気をつけよマーリィ!』
「わ、わかってる!」

 強烈な負の気配がする。
 ちょうどそのとき、慌てるわたしたちのそばを誰かが横切ろうとした。

「――ッ!?」

 いつの間にこんな近くに!?
 いまの今まで、まったく気配を感じなかった!

 その人物はフードを目深に被っていた。
 体を隠すように、マントで全身を包んでいる。
 身長からして男性だとは思うが、はっきりとした性別は判断できない。

「……危険。これは近寄ったらだめなヤツ」
『うむ、妾も同感じゃ。先ほどの魔物のような気配は、あやつじゃな』

 危険な人物が、すれ違いざまにわたしたちを流しみた。
 なにか引っ掛かったのだろうか。
 足を止めて、凝視してくる。
 けれどもわたしたちも、こいつと同じような格好だ。
 マントで体を覆っているから、わかるのは精々背格好くらいだろう。

「…………」
「…………」

 フードの下で、視線が交差した気がした。
 なにか気に触ることでもあったのだろうか。
 剣呑な感じがビンビン伝わってくる。
 強烈な悪の気配に、わたしの頬を緊張の汗が伝う。

 なんだ、こいつ。
 やるなら相手してやってもいい。

 マントの下で、神剣の柄を握った。

『これマーリィ! このように危なげな者を相手にしている暇は無いのじゃ! 妾たちにはアベルを探すという大事な目的がある。忘れるでない!』

 そうだった。
 いまはこんな、通りすがりの危険人物を相手にしている暇はない。

 緊張を緩めるのと同時に、マントの人物がわたしから視線を外した。
 どうやら興味を失ってくれたらしい。
 背を向けて、歩き去っていく。

『ほれ、妾たちもルルホトへ向かうぞ』
「……ん。……わかった」

 なぜだろう。
 去っていくマントの後ろ姿に、意識が引かれる。

『マーリィ? どうしたのじゃ?』
「……なんでもない」

 わたしは気持ちを切り替え、前を向いて歩き出した。



 開けた平野にぽつんとある、小高い丘のような街。
 宗教都市ルルホトだ。

 頂上部にある大聖堂を中心に、歴史ある街並みには広場や様々な店が雑多にひしめき合っている。
 はじめてやってきたルルホトは、独特の景観をしていた。

「アベルさま、見つかるかな?」
『見つけるのじゃ。ラーバンのやつめを張っておれば、きっと鉢合わせることができる』

 ならまずは、ラーなんとかの居場所を掴まなければならない。
 往来で市民をつかまえて、尋ねてみた。

「……はぁ? ラーバンさまだって? そんな事も知らないのか?」
「いいから、はやく教えろ」
「ったく、口の悪いガキだな! ラーバンさまなら賊に殺されたよ! 街の騒ぎを見りゃわかるだろうが! まったく英雄さまを相手に、酷い真似をしやがる輩もいたもんだ!」

 思わず舌打ちをした。

『く……。ひとあし遅かったのじゃ……』

 すでにアベルさまは、この街での復讐を遂げたあとだった。
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