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裏切り者04 拳闘士ヒューベレン
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ガンッと椅子が蹴り飛ばされる。
飾り気のない政務室。
その室内で、ひとりの男が荒れていた。
「クソがぁ! クローネとラーバンのふたりが殺されただと!? 殺ったのは、どこのどいつだ!」
男の名前はヒューベレン。
闘技場、常勝無敗の厳しい拳闘士である。
「まさか、俺たち4人を狙った犯行じゃねえだろうな……」
彼が掴んだ情報によると、先のふたりを殺した賊は同一人物の可能性があるらしい。
そいつはフードとマントで、顔や姿を隠している。
殺しの動機もわからない。
だが魔王討伐の四英雄のふたりが、立て続けに殺されたのだ。
次は自分が狙われる番かもしれないと、ヒューベレンは不安に駆られる。
「ちくしょうが! どうなってんだよ!」
当然彼は、殺されたクローネとラーバンを思って荒れている訳ではない。
迫りくる影に、内心怯えているだけだ。
――トン、トン。
「ひぃ!? だ、誰だ!?」
音に怯えた彼が振り返る。
扉をノックした人物が、部屋に入ってきた。
「失礼します、ヒューベレン将軍閣下」
「……ちっ。な、なんだてめえか……。驚かすんじゃねえよボケ!」
ヒューベレンは胸を撫で下ろす。
ここは軍事国家シグナム帝国、軍施設のとある一室。
魔王討伐の栄誉を掠め取った彼は、軍部との密約と民の人気に後押しされ、将軍に抜擢されていた。
「てめえ、なんの用だ! くだらねえ話ならぶっ殺すぞ!」
「……は。お命じ頂いておりました、英雄殺しに関する調査の件をご報告にあがりました」
「そ、そうか……。おう! じゃあさっさと報告しやがれ!」
部下を立たせたまま、ソファへと歩いていく。
内心の怯えを隠すように、ヒューベレンは乱暴な素振りでドカリと音を立てて腰を下ろした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヒューベレンは本質的に臆病な男である。
粗野に見える振る舞いのすべては、実際には虚勢からくるものだ。
いまでこそ拳王と呼ばれ、将軍職にまで就いた彼だが、元は闘技場の掃除夫だった。
当時のヒューベレンは体ばかり大きくて、要領が悪かった。
そんな彼は、掃除夫としての同僚たちにウスノロ、木偶の坊と蔑まれ、苛められていた。
ヒューベレンが受けていたのは、言葉の暴力だけではない。
彼は、毎日のように暴行されていた。
目があっただけで、蹴られ、殴られる。
だが臆病な彼は反撃することもなく、ただ愛想笑いで日々を耐え忍んでいた。
反撃をしない彼は、同僚たちのストレス発散の道具とされた。
苛めはエスカレートしていった。
仕事を押し付けられるなんて当たり前。
配給される食事に泥を入れられる。
女性の掃除婦からは、臭いだの気持ち悪いだのと罵られる。
それでもヒューベレンは、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべるだけだった。
心のなかに、ヘドロのような闇を沈殿させながら。
そんなヒューベレンの生活に変化が起きた。
ある日、彼に突飛な話が舞い込んだのだ。
闘技場のプロモーターが、彼に試合に出ろと打診してきたのである。
なんでも選手が逃げてしまって、予定した試合が行えず難儀しているらしい。
困ったプロモーターはヒューベレンに目をつけた。
ヒューベレンは臆病な性格はともかく、体だけは大きく、観客映えしたからだ。
ヒューベレンは全力で話を断った。
闘技場の試合といえば、武器あり、殺しあり、ルール無用のデスマッチだ。
自分なんかが出場すれば、嬲り殺しにされてしまう。
それを観て観衆が嗤うのだろう。
想像するだけでも恐ろしい。
ヒューベレンは怯えて震えた。
だが彼は打診を断り切ることが出来なかった。
話を面白がった掃除夫の同僚たちに、出場を強要されたからだ。
試合に出ろ。
さもなければ自分たちが、お前を苛め殺す。
同僚たちはそう彼を脅迫した。
ヒューベレンは怯えながら闘技場に立った。
空が高く、ぐるりと全方位を取り囲んだ観客席から、歓声が聞こえてくる。
対面で、剣を構えた男が彼を睨んでいた。
自分の人生はここで終わりだ。
ヒューベレンはそう思った。
闘技場に戦いの合図が響く。
ヒューベレンは最初、亀のように体を丸めて縮こまるだけだった。
一方的に攻撃をされては逃げ回る。
そんな彼を観客たちはなじり、野次を飛ばした。
それでもヒューベレンは逃げ回った。
しかし行き場のない闘技場である。
対戦相手からは逃れられない。
傷だらけになり、次第に追い詰められて逃げ場をなくした彼は、最後の抵抗を試みた。
ただただ必死に、子供のように腕をぶんぶんと振り回したのだ。
格闘技術もなにもない、ただ振り回しただけのヒューベレンの拳。
しかし轟々と風を切り、唸りを上げて振り回されたその鋼の拳は、対戦相手をぶちのめした。
わっと湧く観客。
ヒューベレンは、血塗れで倒れた対戦相手と自分の拳を、呆然としながら見つめた。
ここに至ってようやく、ヒューベレンは我が身に宿った破壊的な力を自覚した。
試合を終えたその日から、ヒューベレンを取り巻く環境はがらりと変わった。
いままで彼を苛めてきた同僚の掃除夫たちが、ヘラヘラと愛想を振りまきながら、媚を売ってくる。
あれだけ臭いだのなんだのと罵ってきた女の同僚たちも、自分と目を合わせようとしない。
ヒューベレンは気付いた。
自分は強い。
いままで虐げられてもずっと我慢してきたのは、こいつらが自分よりも強いと思っていたからだ。
だがそれは間違いだった。
こいつらよりも、俺のほうが遥かに強い。
なら今まで自分がされてきた行いを、こいつらにやり返しても、なんの問題もないはずだ。
そう気づいた彼は、閉ざされていた道が明るく開いていくような心地に酔った。
彼は調子に乗った。
手始めに同僚の男を殴って屈服させ、奴隷のように従えた。
女の同僚は犯した。
抵抗するようなら、2、3発顔を殴ればぐったりとして大人しくなった。
闘技場にも積極的に立つようになった。
試合は連戦連勝だった。
誰も拳闘士ヒューベレンを打ち負かすことは出来ない。
派手なパンチで、容赦のない蹴りで、相手を血祭りに上げる。
観客は彼の試合に熱狂した。
いつしかやがて、ヒューベレンは常勝無敗の拳王と呼ばれ、闘技場の覇者となっていた。
強ければいい。
力こそ全てだ。
相手より強ければ、なにをしたって許される。
そして自分は、誰よりも強い。
だったら自分は、何をしても許される。
拳王ヒューベレンは、全能の神にでもなったかの様に自惚れ続けた。
いつか自分よりも強い誰かが現れ、栄光の座から引きずり下ろされることを、酷く恐れながら――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――以上が、クローネ様、ラーバン様、両英雄の殺害状況です」
部下の報告を聞いたヒューベレンは、苛立たしげにつま先で床をトントンと叩いた。
クローネは数十人の男たちに犯され、痛めつけられて斬首。
ラーバンは筆舌に尽くしがたい酷い拷問を受けた末の惨殺。
どちらも怨恨の跡が伺える。
しかも飛び切り強い恨みだ。
だが彼にはそれをした相手が思いつかない。
仮にも人類最強クラスの戦士たるふたりを、そんな目にあわせる事ができる者。
もしや、アベルやアウロラが?
ヒューベレンはそう考えるも、即座に思い付きを否定した。
あの2人はたしかに始末した筈だ、と。
「……仕方ねぇ。俺はしばらく行方をくらます」
彼は怯えていた。
「軍部の仕事はどうされるので?」
「そんなもん知るか! てめえのほうでなんとかしておけ!」
「で、ですが、来月開かれる闘技場の特別試合だけは出て頂かなくては困ります!」
闘技場のトーナメントを勝ち抜いた優勝選手と、ヒューベレンが、特別試合で対決する。
近くそういうイベントが行われる予定であった。
これは皇帝主催のイベントだ。
放り出せば、ヒューベレンとて叱責は免れず、せっかく手に入れた将軍の地位をうしないかねない。
「……ちっ、なら特別試合だけは顔をだす! それでいいだろうが!」
ヒューベレンは部下を怒鳴りつけて、追い払った。
飾り気のない政務室。
その室内で、ひとりの男が荒れていた。
「クソがぁ! クローネとラーバンのふたりが殺されただと!? 殺ったのは、どこのどいつだ!」
男の名前はヒューベレン。
闘技場、常勝無敗の厳しい拳闘士である。
「まさか、俺たち4人を狙った犯行じゃねえだろうな……」
彼が掴んだ情報によると、先のふたりを殺した賊は同一人物の可能性があるらしい。
そいつはフードとマントで、顔や姿を隠している。
殺しの動機もわからない。
だが魔王討伐の四英雄のふたりが、立て続けに殺されたのだ。
次は自分が狙われる番かもしれないと、ヒューベレンは不安に駆られる。
「ちくしょうが! どうなってんだよ!」
当然彼は、殺されたクローネとラーバンを思って荒れている訳ではない。
迫りくる影に、内心怯えているだけだ。
――トン、トン。
「ひぃ!? だ、誰だ!?」
音に怯えた彼が振り返る。
扉をノックした人物が、部屋に入ってきた。
「失礼します、ヒューベレン将軍閣下」
「……ちっ。な、なんだてめえか……。驚かすんじゃねえよボケ!」
ヒューベレンは胸を撫で下ろす。
ここは軍事国家シグナム帝国、軍施設のとある一室。
魔王討伐の栄誉を掠め取った彼は、軍部との密約と民の人気に後押しされ、将軍に抜擢されていた。
「てめえ、なんの用だ! くだらねえ話ならぶっ殺すぞ!」
「……は。お命じ頂いておりました、英雄殺しに関する調査の件をご報告にあがりました」
「そ、そうか……。おう! じゃあさっさと報告しやがれ!」
部下を立たせたまま、ソファへと歩いていく。
内心の怯えを隠すように、ヒューベレンは乱暴な素振りでドカリと音を立てて腰を下ろした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヒューベレンは本質的に臆病な男である。
粗野に見える振る舞いのすべては、実際には虚勢からくるものだ。
いまでこそ拳王と呼ばれ、将軍職にまで就いた彼だが、元は闘技場の掃除夫だった。
当時のヒューベレンは体ばかり大きくて、要領が悪かった。
そんな彼は、掃除夫としての同僚たちにウスノロ、木偶の坊と蔑まれ、苛められていた。
ヒューベレンが受けていたのは、言葉の暴力だけではない。
彼は、毎日のように暴行されていた。
目があっただけで、蹴られ、殴られる。
だが臆病な彼は反撃することもなく、ただ愛想笑いで日々を耐え忍んでいた。
反撃をしない彼は、同僚たちのストレス発散の道具とされた。
苛めはエスカレートしていった。
仕事を押し付けられるなんて当たり前。
配給される食事に泥を入れられる。
女性の掃除婦からは、臭いだの気持ち悪いだのと罵られる。
それでもヒューベレンは、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべるだけだった。
心のなかに、ヘドロのような闇を沈殿させながら。
そんなヒューベレンの生活に変化が起きた。
ある日、彼に突飛な話が舞い込んだのだ。
闘技場のプロモーターが、彼に試合に出ろと打診してきたのである。
なんでも選手が逃げてしまって、予定した試合が行えず難儀しているらしい。
困ったプロモーターはヒューベレンに目をつけた。
ヒューベレンは臆病な性格はともかく、体だけは大きく、観客映えしたからだ。
ヒューベレンは全力で話を断った。
闘技場の試合といえば、武器あり、殺しあり、ルール無用のデスマッチだ。
自分なんかが出場すれば、嬲り殺しにされてしまう。
それを観て観衆が嗤うのだろう。
想像するだけでも恐ろしい。
ヒューベレンは怯えて震えた。
だが彼は打診を断り切ることが出来なかった。
話を面白がった掃除夫の同僚たちに、出場を強要されたからだ。
試合に出ろ。
さもなければ自分たちが、お前を苛め殺す。
同僚たちはそう彼を脅迫した。
ヒューベレンは怯えながら闘技場に立った。
空が高く、ぐるりと全方位を取り囲んだ観客席から、歓声が聞こえてくる。
対面で、剣を構えた男が彼を睨んでいた。
自分の人生はここで終わりだ。
ヒューベレンはそう思った。
闘技場に戦いの合図が響く。
ヒューベレンは最初、亀のように体を丸めて縮こまるだけだった。
一方的に攻撃をされては逃げ回る。
そんな彼を観客たちはなじり、野次を飛ばした。
それでもヒューベレンは逃げ回った。
しかし行き場のない闘技場である。
対戦相手からは逃れられない。
傷だらけになり、次第に追い詰められて逃げ場をなくした彼は、最後の抵抗を試みた。
ただただ必死に、子供のように腕をぶんぶんと振り回したのだ。
格闘技術もなにもない、ただ振り回しただけのヒューベレンの拳。
しかし轟々と風を切り、唸りを上げて振り回されたその鋼の拳は、対戦相手をぶちのめした。
わっと湧く観客。
ヒューベレンは、血塗れで倒れた対戦相手と自分の拳を、呆然としながら見つめた。
ここに至ってようやく、ヒューベレンは我が身に宿った破壊的な力を自覚した。
試合を終えたその日から、ヒューベレンを取り巻く環境はがらりと変わった。
いままで彼を苛めてきた同僚の掃除夫たちが、ヘラヘラと愛想を振りまきながら、媚を売ってくる。
あれだけ臭いだのなんだのと罵ってきた女の同僚たちも、自分と目を合わせようとしない。
ヒューベレンは気付いた。
自分は強い。
いままで虐げられてもずっと我慢してきたのは、こいつらが自分よりも強いと思っていたからだ。
だがそれは間違いだった。
こいつらよりも、俺のほうが遥かに強い。
なら今まで自分がされてきた行いを、こいつらにやり返しても、なんの問題もないはずだ。
そう気づいた彼は、閉ざされていた道が明るく開いていくような心地に酔った。
彼は調子に乗った。
手始めに同僚の男を殴って屈服させ、奴隷のように従えた。
女の同僚は犯した。
抵抗するようなら、2、3発顔を殴ればぐったりとして大人しくなった。
闘技場にも積極的に立つようになった。
試合は連戦連勝だった。
誰も拳闘士ヒューベレンを打ち負かすことは出来ない。
派手なパンチで、容赦のない蹴りで、相手を血祭りに上げる。
観客は彼の試合に熱狂した。
いつしかやがて、ヒューベレンは常勝無敗の拳王と呼ばれ、闘技場の覇者となっていた。
強ければいい。
力こそ全てだ。
相手より強ければ、なにをしたって許される。
そして自分は、誰よりも強い。
だったら自分は、何をしても許される。
拳王ヒューベレンは、全能の神にでもなったかの様に自惚れ続けた。
いつか自分よりも強い誰かが現れ、栄光の座から引きずり下ろされることを、酷く恐れながら――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――以上が、クローネ様、ラーバン様、両英雄の殺害状況です」
部下の報告を聞いたヒューベレンは、苛立たしげにつま先で床をトントンと叩いた。
クローネは数十人の男たちに犯され、痛めつけられて斬首。
ラーバンは筆舌に尽くしがたい酷い拷問を受けた末の惨殺。
どちらも怨恨の跡が伺える。
しかも飛び切り強い恨みだ。
だが彼にはそれをした相手が思いつかない。
仮にも人類最強クラスの戦士たるふたりを、そんな目にあわせる事ができる者。
もしや、アベルやアウロラが?
ヒューベレンはそう考えるも、即座に思い付きを否定した。
あの2人はたしかに始末した筈だ、と。
「……仕方ねぇ。俺はしばらく行方をくらます」
彼は怯えていた。
「軍部の仕事はどうされるので?」
「そんなもん知るか! てめえのほうでなんとかしておけ!」
「で、ですが、来月開かれる闘技場の特別試合だけは出て頂かなくては困ります!」
闘技場のトーナメントを勝ち抜いた優勝選手と、ヒューベレンが、特別試合で対決する。
近くそういうイベントが行われる予定であった。
これは皇帝主催のイベントだ。
放り出せば、ヒューベレンとて叱責は免れず、せっかく手に入れた将軍の地位をうしないかねない。
「……ちっ、なら特別試合だけは顔をだす! それでいいだろうが!」
ヒューベレンは部下を怒鳴りつけて、追い払った。
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