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アベル14 闘技場
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北の軍事国家シグナム帝国へとやってきた。
目的はひとつ。
次はヒューベレンを断罪する。
やつはここ、帝都オリオネにいるはずだ。
「……以前来たときとは、様子が違うな」
独りごちて辺りを見回す。
帝都は物々しい空気に包まれていた。
味気ない煉瓦造りの赤茶けた街並み。
その各所に、殺気だった帝国兵が立っている。
「……ッ、痛ぅ!」
予兆もなく、胸が疼いた。
すぐに疼きは痛みに変わり、全身に広がっていく。
「ぐぅ……、ぐるゥ……」
これは魂を侵食される痛みだ。
ラーバンを倒すのに、魔王化したのが不味かった。
ゆっくりと着実に、俺は魔王に堕ち始めている。
胸を押さえ、痛みを引くのを待つ。
ようやくおさまってきた。
この痛みは良くない兆候だ。
もうあまり時間は残されていない。
はやく復讐を完遂しなければ……。
通りを歩きながら、噂話に耳を傾ける。
「……おい、聞いたか? あの話」
「英雄殺しの殺戮者の話か?」
「ああ、酷え話もあったもんだぜ……」
都の人々はみな、しかめっ面をしていた。
俺が殺したクローネとラーバンの話が、もう帝国国民の間にまで知れ渡っているらしい。
どうやらのんびりとヒューベレンを探し回る暇はなさそうだ。
街に入ったばかりではあるが、早速情報屋のもとに向かうことにした。
「知らねえ! ほんとに俺は知らねえんだ!」
裏路地でひとりの男を締めあげる。
こいつは帝都オリオネを根城にする情報屋だ。
以前利用したこともある情報屋なのだが、この男、情報を出し渋る癖があった。
だからこうして締めあげて、情報を吐き出させているのである。
「……ぐぅう、隠し事は身のためにならんぞ?」
魂が闇に染まりつつある影響か。
どうにも気持ちが殺気だってしまう。
「隠してねえ! 本当にヒューベレンのやつは行方を眩ましちまったんだよ! だからもう、これ以上殴るのはやめてくれ!」
情報屋が必死なって懇願してくる。
その姿に嘘の色は見られない。
こいつは本当に、ヒューベレンの居場所を知らないようだ。
「あっ、でも……」
男がなにかを気づいたようだ。
「なんだ? 知っていることはすべて吐き出せ」
「ぐぇえ……。言う! 言うから離してくれ!」
情報屋が吐いた話はこうだ。
近く帝都の闘技場で、トーナメントが開催される。
これは年に一度のお祭りみたいなもので、帝国国民はみんな楽しみにしている。
特に今年はトーナメントの優勝者と、ヒューベレンが特別試合で戦うことになっているから、例年以上の盛り上がりをみせることは間違いないだろう。
「……その特別試合に、ヒューベレンのやつは必ず顔を見せるのか?」
「そこまでは知らねえよ! でもこいつぁ皇帝陛下主催のイベントだ! たとえ英雄ヒューベレンでも無視することは出来ないだろうぜ!」
なるほど……。
ならそのトーナメントを勝ち抜けば、ヒューベレンの前に立つことが出来るのか。
衆目に晒されることになるが、贅沢は言っていられない。
俺にはもう、時間がないのだ。
「トーナメントについて、教えろ」
なんでもトーナメントは誰でも出場できるらしい。
参加資格は、ただひとつだけ。
なにが起きても、たとえ死ぬことになろうとも異存はない。
そういう誓約書にサインをすれば、誰でも出場できるということだ。
「……グるゥ、……ヒューベレンッ」
気が逸る。
はやくあいつを殺したい。
掴んでいた男の胸ぐらを離した。
情報屋はほっと息をして、その場に尻餅をついた。
俺はその足で闘技場へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
闘技場トーナメントの開催日になった。
予選はAブロックからHブロックの8つにわけて、バトルロイヤル方式で参加者を振るいにかけるらしい。
俺はHブロックに振り分けられた。
各ブロックを勝ち抜いた8人で、本戦トーナメントが行われる。
俺はトーナメント自体には興味がない。
ただヒューベレンのやつを殺す機会が、ここしかないから参加しただけだ。
「ふぅっ、ふぅう……! やってやる! 今年こそ本戦出場を果たしてやる!」
「げぇ……。おい、あいつ見てみろよ」
「前回トーナメント準優勝のマッサンじゃねえか」
「ついてねぇ。あいつもHブロックなのかよ……」
ここはHブロックの控室だ。
辺りが騒々しい。
だが俺はそんな周囲の喧騒をよそに、瞳を閉じて俯いた。
「ふぅぅ……」
大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
気を抜けば暴れ出してしまいそうだ。
意識を胸の奥に集中し、自分を保つ。
ふいに脳裏にヒューベレンの姿が思い浮かんだ。
意識が黒く染まっていく。
どうやって殺してやろうか。
楽に殺したりはしない。
あいつを惨めに這いつくばらせてから、すべての尊厳を踏みにじり、殺してやる。
そのとき、わっと観客が湧いた。
「うおー! 凄えぞ、あのガキ!」
「ま、まじで勝ち抜いちまった!」
ここ控室まで歓声が届いてくる。
暗い妄想に耽っていた俺は、その声に意識を引き戻された。
「なんだ? いまAブロックの試合中だろ?」
「なにかあったのか?」
「大番狂わせだ! なんでも十歳そこらのマスクをした小娘がAブロックを勝ち抜いたらしいぞ!」
「な、なにぃ!? 冗談はやめろ!」
「ほんとだって! なんでも小さな体で真っ黒な刀を豪快に振り回す剣士らしいぞ!」
周囲が騒がしい。
俺は辺りの声を意識的にシャットアウトし、再び内から湧いてくる破壊衝動を抑えることに集中した。
「それではHブロックの試合を開始します!」
俺たちの番になった。
俺はマントで体を覆い、手に入れた仮面で顔を隠している。
手には34番とナンバーが振られた手袋をはめている。
予選ブロックでは、各選手は番号で管理されるシステムらしい。
広い闘技場に、50人ほどの選手が集まっている。
手に持った獲物も様々だ。
片手剣から両手斧、鎖鎌に弓を背負っている者までいる。
かく言う俺は無手だ。
必要があれば、適当な相手から武器を奪って使うつもりである。
「ルールはひとつ! 最後まで立っていた者が勝者です!」
観客が湧いた。
「マッサン! 今年こそ優勝期待してるぞー!」
「巨大ハンマーで皆殺しにしてやれー!」
物騒な声援が飛び交う。
応援の声を向けられている選手を眺めた。
でかい。
並みの成人より頭ふたつ分は大きい。
背だけではなく、横にも太い。
マッサンと呼ばれた男は、はち切れそうな筋肉の鎧を身にまとい、巨大な鉄のハンマーを担いでいた。
威風堂々とした佇まいで、周囲の戦士たちを圧倒している。
「それでは試合を開始します。……はじめ!」
号令とともに、Hブロックのバトルロイヤルが幕を開けた。
開始直後、選手たちが示し合わせたようにマッサンに襲い掛かった。
まず最初に強者を潰す。
バトルロイヤルの常套手段だ。
しかし巨漢の戦士は狼狽えない。
肩に担いだハンマーを両手に構え、周囲を薙ぎ払うように振り回した。
「ぐぅおおおおおおおおおおおおお!」
マッサンが吠えた。
「うぎゎあ!」
「あぼぅぉ!」
「ぎゃへぴ!」
人間が小枝のように宙を舞う。
彼らとて仮にも闘技場の舞台に立った戦士である。
ひとりひとりが鍛え上げられ、引き締まった体をしている。
しかしマッサンは暴風のようにハンマーを振り回して、まるで木の葉でも舞い上げるように選手たちを倒していく。
「いいぞぉ、マッサン!」
「今年こそはお前が優勝だー!」
50人からいた選手が次々と脱落していく。
あっという間に立っているのは、俺とマッサンのふたりだけになっていた。
「……あとは、お前だけだ」
巨漢の戦士が俺の目の前に立った。
高みから見下ろしてくる。
「仮面の戦士よ、覚悟はよいな?」
マッサンがハンマーを振り上げた。
ごうっと唸りを上げて、鉄槌が俺の頭を目掛けて振り下ろされる。
しかし俺は無造作に手を振り上げ、襲いくるハンマーを片手で受け止めた。
「な、なにぃ!?」
「……ぐるゥ、いまの俺は、危険だぞ? 手加減をしてやれそうにはない」
ちょうどいい。
先程から耐えている破壊衝動を、すこしこの男にぶつけてやろう。
体から僅かに瘴気が滲み出る。
受け止めたままのハンマーを握った。
鋼鉄製のそれが、握力だけで粉々に砕け散る。
「ば、馬鹿な!? 我が巨鉄槌が!? こ、このような真似……!」
「さぁ、歯を食いしばれ。覚悟が足りなければ、死ぬぞ……」
腕を振り上げた。
握った拳には破壊の力が満ち満ちている。
「ぐルぅおオオおおおおおッ!」
動揺し、隙だらけになった胴体に拳を叩き込む。
「ぬぅ……!? な、なんと凄まじい威力か! ぐ、ぐはぁ……!!」
マッサンの巨躯が吹き飛んだ。
水切りで投げられた石のように、地面を何度も跳ねながら水平に吹き飛んでいく。
「が、がはぁ……!」
殴り飛ばされた巨体が、闘技場の壁に激しくぶつかった。
全身を強打したマッサンは、崩れ落ち、白目を剥いて動かなくなった。
「…………え?」
「……あ、あれ?」
観客が静まり返った。
目の前で起きた圧倒的な暴力に、声すら出せないでいる。
「しょ、勝者! さ、34番!」
審判が俺の勝利を高らかに告げた。
それを切っ掛けにして、唖然としていた観客たちが我に返る。
「す、すげえ! すげえ! すげえ! すげえ!!」
「なんなんだ、アイツ! マッサンを一撃かよ!?」
「あんなやつノーマークだったぞ!?」
驚嘆の声が歓声に変わっていく。
割れんばかりの喝采が、俺の頭上に降り注いだ。
目的はひとつ。
次はヒューベレンを断罪する。
やつはここ、帝都オリオネにいるはずだ。
「……以前来たときとは、様子が違うな」
独りごちて辺りを見回す。
帝都は物々しい空気に包まれていた。
味気ない煉瓦造りの赤茶けた街並み。
その各所に、殺気だった帝国兵が立っている。
「……ッ、痛ぅ!」
予兆もなく、胸が疼いた。
すぐに疼きは痛みに変わり、全身に広がっていく。
「ぐぅ……、ぐるゥ……」
これは魂を侵食される痛みだ。
ラーバンを倒すのに、魔王化したのが不味かった。
ゆっくりと着実に、俺は魔王に堕ち始めている。
胸を押さえ、痛みを引くのを待つ。
ようやくおさまってきた。
この痛みは良くない兆候だ。
もうあまり時間は残されていない。
はやく復讐を完遂しなければ……。
通りを歩きながら、噂話に耳を傾ける。
「……おい、聞いたか? あの話」
「英雄殺しの殺戮者の話か?」
「ああ、酷え話もあったもんだぜ……」
都の人々はみな、しかめっ面をしていた。
俺が殺したクローネとラーバンの話が、もう帝国国民の間にまで知れ渡っているらしい。
どうやらのんびりとヒューベレンを探し回る暇はなさそうだ。
街に入ったばかりではあるが、早速情報屋のもとに向かうことにした。
「知らねえ! ほんとに俺は知らねえんだ!」
裏路地でひとりの男を締めあげる。
こいつは帝都オリオネを根城にする情報屋だ。
以前利用したこともある情報屋なのだが、この男、情報を出し渋る癖があった。
だからこうして締めあげて、情報を吐き出させているのである。
「……ぐぅう、隠し事は身のためにならんぞ?」
魂が闇に染まりつつある影響か。
どうにも気持ちが殺気だってしまう。
「隠してねえ! 本当にヒューベレンのやつは行方を眩ましちまったんだよ! だからもう、これ以上殴るのはやめてくれ!」
情報屋が必死なって懇願してくる。
その姿に嘘の色は見られない。
こいつは本当に、ヒューベレンの居場所を知らないようだ。
「あっ、でも……」
男がなにかを気づいたようだ。
「なんだ? 知っていることはすべて吐き出せ」
「ぐぇえ……。言う! 言うから離してくれ!」
情報屋が吐いた話はこうだ。
近く帝都の闘技場で、トーナメントが開催される。
これは年に一度のお祭りみたいなもので、帝国国民はみんな楽しみにしている。
特に今年はトーナメントの優勝者と、ヒューベレンが特別試合で戦うことになっているから、例年以上の盛り上がりをみせることは間違いないだろう。
「……その特別試合に、ヒューベレンのやつは必ず顔を見せるのか?」
「そこまでは知らねえよ! でもこいつぁ皇帝陛下主催のイベントだ! たとえ英雄ヒューベレンでも無視することは出来ないだろうぜ!」
なるほど……。
ならそのトーナメントを勝ち抜けば、ヒューベレンの前に立つことが出来るのか。
衆目に晒されることになるが、贅沢は言っていられない。
俺にはもう、時間がないのだ。
「トーナメントについて、教えろ」
なんでもトーナメントは誰でも出場できるらしい。
参加資格は、ただひとつだけ。
なにが起きても、たとえ死ぬことになろうとも異存はない。
そういう誓約書にサインをすれば、誰でも出場できるということだ。
「……グるゥ、……ヒューベレンッ」
気が逸る。
はやくあいつを殺したい。
掴んでいた男の胸ぐらを離した。
情報屋はほっと息をして、その場に尻餅をついた。
俺はその足で闘技場へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
闘技場トーナメントの開催日になった。
予選はAブロックからHブロックの8つにわけて、バトルロイヤル方式で参加者を振るいにかけるらしい。
俺はHブロックに振り分けられた。
各ブロックを勝ち抜いた8人で、本戦トーナメントが行われる。
俺はトーナメント自体には興味がない。
ただヒューベレンのやつを殺す機会が、ここしかないから参加しただけだ。
「ふぅっ、ふぅう……! やってやる! 今年こそ本戦出場を果たしてやる!」
「げぇ……。おい、あいつ見てみろよ」
「前回トーナメント準優勝のマッサンじゃねえか」
「ついてねぇ。あいつもHブロックなのかよ……」
ここはHブロックの控室だ。
辺りが騒々しい。
だが俺はそんな周囲の喧騒をよそに、瞳を閉じて俯いた。
「ふぅぅ……」
大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
気を抜けば暴れ出してしまいそうだ。
意識を胸の奥に集中し、自分を保つ。
ふいに脳裏にヒューベレンの姿が思い浮かんだ。
意識が黒く染まっていく。
どうやって殺してやろうか。
楽に殺したりはしない。
あいつを惨めに這いつくばらせてから、すべての尊厳を踏みにじり、殺してやる。
そのとき、わっと観客が湧いた。
「うおー! 凄えぞ、あのガキ!」
「ま、まじで勝ち抜いちまった!」
ここ控室まで歓声が届いてくる。
暗い妄想に耽っていた俺は、その声に意識を引き戻された。
「なんだ? いまAブロックの試合中だろ?」
「なにかあったのか?」
「大番狂わせだ! なんでも十歳そこらのマスクをした小娘がAブロックを勝ち抜いたらしいぞ!」
「な、なにぃ!? 冗談はやめろ!」
「ほんとだって! なんでも小さな体で真っ黒な刀を豪快に振り回す剣士らしいぞ!」
周囲が騒がしい。
俺は辺りの声を意識的にシャットアウトし、再び内から湧いてくる破壊衝動を抑えることに集中した。
「それではHブロックの試合を開始します!」
俺たちの番になった。
俺はマントで体を覆い、手に入れた仮面で顔を隠している。
手には34番とナンバーが振られた手袋をはめている。
予選ブロックでは、各選手は番号で管理されるシステムらしい。
広い闘技場に、50人ほどの選手が集まっている。
手に持った獲物も様々だ。
片手剣から両手斧、鎖鎌に弓を背負っている者までいる。
かく言う俺は無手だ。
必要があれば、適当な相手から武器を奪って使うつもりである。
「ルールはひとつ! 最後まで立っていた者が勝者です!」
観客が湧いた。
「マッサン! 今年こそ優勝期待してるぞー!」
「巨大ハンマーで皆殺しにしてやれー!」
物騒な声援が飛び交う。
応援の声を向けられている選手を眺めた。
でかい。
並みの成人より頭ふたつ分は大きい。
背だけではなく、横にも太い。
マッサンと呼ばれた男は、はち切れそうな筋肉の鎧を身にまとい、巨大な鉄のハンマーを担いでいた。
威風堂々とした佇まいで、周囲の戦士たちを圧倒している。
「それでは試合を開始します。……はじめ!」
号令とともに、Hブロックのバトルロイヤルが幕を開けた。
開始直後、選手たちが示し合わせたようにマッサンに襲い掛かった。
まず最初に強者を潰す。
バトルロイヤルの常套手段だ。
しかし巨漢の戦士は狼狽えない。
肩に担いだハンマーを両手に構え、周囲を薙ぎ払うように振り回した。
「ぐぅおおおおおおおおおおおおお!」
マッサンが吠えた。
「うぎゎあ!」
「あぼぅぉ!」
「ぎゃへぴ!」
人間が小枝のように宙を舞う。
彼らとて仮にも闘技場の舞台に立った戦士である。
ひとりひとりが鍛え上げられ、引き締まった体をしている。
しかしマッサンは暴風のようにハンマーを振り回して、まるで木の葉でも舞い上げるように選手たちを倒していく。
「いいぞぉ、マッサン!」
「今年こそはお前が優勝だー!」
50人からいた選手が次々と脱落していく。
あっという間に立っているのは、俺とマッサンのふたりだけになっていた。
「……あとは、お前だけだ」
巨漢の戦士が俺の目の前に立った。
高みから見下ろしてくる。
「仮面の戦士よ、覚悟はよいな?」
マッサンがハンマーを振り上げた。
ごうっと唸りを上げて、鉄槌が俺の頭を目掛けて振り下ろされる。
しかし俺は無造作に手を振り上げ、襲いくるハンマーを片手で受け止めた。
「な、なにぃ!?」
「……ぐるゥ、いまの俺は、危険だぞ? 手加減をしてやれそうにはない」
ちょうどいい。
先程から耐えている破壊衝動を、すこしこの男にぶつけてやろう。
体から僅かに瘴気が滲み出る。
受け止めたままのハンマーを握った。
鋼鉄製のそれが、握力だけで粉々に砕け散る。
「ば、馬鹿な!? 我が巨鉄槌が!? こ、このような真似……!」
「さぁ、歯を食いしばれ。覚悟が足りなければ、死ぬぞ……」
腕を振り上げた。
握った拳には破壊の力が満ち満ちている。
「ぐルぅおオオおおおおおッ!」
動揺し、隙だらけになった胴体に拳を叩き込む。
「ぬぅ……!? な、なんと凄まじい威力か! ぐ、ぐはぁ……!!」
マッサンの巨躯が吹き飛んだ。
水切りで投げられた石のように、地面を何度も跳ねながら水平に吹き飛んでいく。
「が、がはぁ……!」
殴り飛ばされた巨体が、闘技場の壁に激しくぶつかった。
全身を強打したマッサンは、崩れ落ち、白目を剥いて動かなくなった。
「…………え?」
「……あ、あれ?」
観客が静まり返った。
目の前で起きた圧倒的な暴力に、声すら出せないでいる。
「しょ、勝者! さ、34番!」
審判が俺の勝利を高らかに告げた。
それを切っ掛けにして、唖然としていた観客たちが我に返る。
「す、すげえ! すげえ! すげえ! すげえ!!」
「なんなんだ、アイツ! マッサンを一撃かよ!?」
「あんなやつノーマークだったぞ!?」
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