盾の騎士は魔法に憧れる

めぐ

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再び手にした決意

魔法への憧れと盾への自責1

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 儂・・・

  俺は魔法使いになりたかった──

  そう強く思ったのは8つになる春と夏の合間の頃だった。


  当時暮らしていた街に、領主の息子ムルカの魔法教師として冒険者が訪れていた。

  ムルカとは同い年であることもあって、日頃からよく一緒に遊んでいた。
 ムルカは産まれつき魔力が高かったようで、将来は大魔法使いになると周囲から期待されていた。
  彼もその期待に応えるよう、暇があれば魔法の本を読んだり、俺を連れ回し街の外れの林で魔法の練習をしていた。

  教師となる魔法使いの冒険者、名はヨルニール。

  冒険者パーティの仲間兼護衛として、盾騎士のギリアムが同行して十日前に街へとやって来た。

  ヨルニールはパッと見、吟遊詩人かと思うような風貌で、明るい茶の髪色とまずまずの整った顔立ちの美男であった。
  よく魔法使いが身に付けているようなローブ姿ではなく、シーフの様な軽装を好んで着ていた。

  対するギリアムは、どこかの国の騎士団長かと思うような強面で威厳を感じるような佇まいであった。

  二人は幼なじみらしく、見た目も性格も正反対ではあったがお互いに深く信頼しあっているようで、これは後の話だが戦いの中で見せる連携はそれは見事であった。
  その当時の俺はそれどころではなく、記憶はかなり美化されている感もあるが。

  俺の父親が領主様と公私ともに付き合いがあったこと、ムルカが強く望んだこともあって、俺も一緒に魔法の勉強をさせてもらえることになった。

  ヨルニール先生の授業は、本当は見た目通り吟遊詩人なのでは?と思うほど、まるで唄う様に言葉や呪文を奏でていた。描かれる術式も輝いて見えた程だ。

  俺はどんどん魔法の魅力にとりつかれていった。

  日に四時間の授業を十日程受け、ヨルニール先生の教え方も素晴らしかったとは思うが、生来の魔力もあってムルカは日々確実に成長していた。

  普通の人間は魔法に触れることがないと、魔力量はそのまま変わらずに終わるそうだが、魔法が身近にある環境であれば周囲の魔素を無意識に吸収し、魔力の総量が増していくらしい。

  俺は、今もそうだが産まれつき魔力がほとんどなく、この恵まれた環境のなかでもほとんど増えることはなかった。

  横でどんどんと成長していくムルカが、羨ましかったし、誇らしかったし、悔しくもあった。
  ヨルニール先生も全然成長しない俺をどうしようかと悩み、色々と授業の内容を工夫したり、ムルカとは別に時間を作ってくれたりもした。
  俺はいつかは必ずと気持ちを奮い立たせ、ムルカの家にあった魔法書を借り食事も忘れるほどに読み耽り、ヨルニール先生の授業も一生懸命真面目に取り組んだ。

  そんなある日、ヨルニール先生達が冒険者側の都合で日帰りで隣街に出掛けるため授業が休みになった。

  俺がここのところ魔法一色で遊びにも出ていなかったため、この日は久しぶりに街外れの林に行こうと、昼下がりにムルカが家まで誘いに来た。

  読みたい魔法書があったのだが父親にもたまには外に出てこいと言われたこともあって、渋々林へと向かった。

  ほんの数日前まではここで、ムルカの魔法の練習に付き合いながら冒険者ゴッコの様なことをして遊んでいた。
  これまでは遊びの延長でムルカが魔法の練習をしていたが、魔力量も増え威力等も比例して増しているため、ヨルニール先生が居ないところでは魔法を使わないようにと言われていた。
  ムルカも勝手に魔法を使えないし、本当の冒険者を知ってしまったこともあって、特にやることもなくぶらぶらと二人で林の中を歩いた。

  少し開けたいつもの遊び場に着き、適当に切り株に腰を下ろす。

「・・・フェンス。その、なんだ。なんかゴメンな?」
「・・・何を謝ってるんだい?」
「いや、その。僕だけ魔法使えるようになって、その・・・」
「ムルカが謝ることじゃないだろ?魔法が使えないのは俺に魔力が無いせいだし、ムルカがどんどん凄くなっていくのは俺も嬉しいよ」

  半分本心、半分嘘。

  悔しいのは事実だから。

「でも・・・」
「でもなんだい?誰が悪いわけでもないだろ?
 俺も諦めたわけではないし、何かの切っ掛けで急に魔力が増えるかもしれない──だろ?」

「うん・・・」

  そのまま二人とも黙ってしまう。お互いの思いも本心もなんとなくわかるから。

  こういった関係は好ましい。

  しばらく切り株に腰を下ろしたまま、特に何も考えず、何も話さずにいると、すくっとムルカが立ち上がる。

「さぁて、そろそろ戻ろうか?夕食までにら帰らないと」
「そうだね──

  立ち上り街へと戻ろうとしたとき、それは起こった。


  街の方向から叫び声と悲鳴!?

  火事でも起きたのか、いくつもの黒煙が木々の向こうに見える。

「フェンス!」
「うんっ!急ごう」

  林の中を街に向けて走る。途中、突き出した木の根に足をひっかけ転んでしまう。どうやら足を挫いたようだ。

「フェンス!?だ、大丈夫?」
「つっ──!うん、だ、大丈夫・・・」
「フェンスはゆっくり来て!僕が先に行って見てくるよ!」

  そう言うとムルカはまた街へと走り出す。

「あ、おいっ!ムルカ、危ないよ!」

  ムルカは止まらずに走り去る。すぐに後ろ姿は見えなくなった。
  挫いた足を引き摺りながら街へと向かう間も、怒号に悲鳴、何かが壊れる音は途切れず続いた。

  建物が見え始める頃には音も止み、俺の目に信じがたい光景を写し出した。

  建物は崩れ、そこかしこで火が燻り、傷付いた人が倒れていたり、軽症や無事な人達がお互いに助けあっていたりした。

  俺は家に向かった。痛む足のことも忘れ、転びながら不格好に走る。
  角を曲がりたどり着いた家は──

  無惨にも崩れさっていた。

  父親の姿も、母代わりとなってくれていた父親が営む商店の売り子クレアさんも見当たらない。

  我が家のある通りは他と比べ被害が大きいように見える。

  俺は無言のまま、領主様の屋敷、ムルカが向かったであろう場所に歩き出す。

  屋敷は半分ほど崩れていたが、残り半分は無事なようだ。
  壊れている門をくぐり中に入ると、それは見えた。

  よく知っている背中。ついさっき遠くへと走り去っていった背中ーー

  ムルカがうつ伏せに倒れていた。
  その周りは赤黒い色に染まっている。

  少し離れたところに、見たこともないおぞましい姿の魔物が傷付き呻いている。

  魔物は俺の存在に気付くと、凶暴な目付きでこちらにゆっくりと向かってきた。
 
  俺は呆然としてしまい、動くことが出来なかった。

  このままやられてしまうのかと目を閉じた瞬間、後ろから聞き慣れた、でもいつもと雰囲気の違う声。何かを切り裂く音、短い魔物の叫び声。

  ガバッと身体を掴まれ、恐る恐る目を開けると、心配そうな顔をしたヨルニール先生がいた。そばにはギリアムもいる。

「フェンス!大丈夫かい?!」
「う・・・う」
「ど、どこか怪我してるのかい?!」

  完全に足の痛みなど忘れていたが、ぶんぶんと首を振る。
  ムルカの様子を見ていたらしいギリアムが静かに首を横に振る。

「っ!う、う、うわあああぁぁぁぁぁんん」

  それを見た途端、俺の中で何かが切れた。

  ヨルニール先生に肩を抱かれたまま大声で泣いた。


  そして、そのまま気を失ってしまったようだった──
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