盾の騎士は魔法に憧れる

めぐ

文字の大きさ
86 / 91
加護の儀式と少女の願い

親も子供の気持ちを知らない

しおりを挟む
 ♯ジュリエット

 聖堂を飛び出した──ただ目に写る道を走った。

 普段から運動をほとんどしていないせいで、胸が苦しい。足が痛い。自然に溢れ出してくる涙は鼻からも溢れ出してきて、余計に息苦しさが増していく。

 私はどうして走っているの──?何から逃げているの──?

 聞いたこともない神様の加護を授かったから?いきなり何処かからこの綺麗な杖が現れたから?お父様にまた私の想いを否定されたから?・・・それとも、お父様にひどいことを言ってしまったから──?

 もう、周りの景色はまったく見たことのない景色へと変わっていた。どれくらい走ったのかも分からないけれど、私はこんなにも走れたのかと少し驚いている。でも私の足は限界なんてとっくに越えてしまっていて、普段なら決して躓くことなんてない舗装された道路のちょっとした段差に足を取られてしまった──

「──きゃあっ!」
「っ、おっと」

 間違いなく転んでしまうと思われた私の身体は、地面ではなく固くごつごつとした──けれど温かな誰かの手に受け止められていた。

「──っ、す、すみま、せん・・・わ、私・・・」
「無理して話さなくて良い。・・・まずは深く息を吸って呼吸を落ち着けるんだ。ほら、出来るか?」

 壊れてしまいそうなほど鼓動を繰り返す呼吸を、なんとかその人の言う通りに深く息を吸おうとする。なかなか上手くいかなかったけれど、背中に添えられた大きな手の温もりが少しずつ落ち着かせてくれた。

「──はぁ、はぁ・・・はぁ・・・」
「そうだ。上手だ。もう、大丈夫だな。少しここに座るんだ・・・ん?少し待て」

 その人は背中に背負っていた荷物袋を地面に降ろすと、その上に私をそっと座らせてくれた。

「水はいるか?」
「あ、ありがとう・・・ございます」

 腰にさげていた水筒から器に水を注いでくれる。それを一気に飲み干しようやく呼吸が落ち着いてきた。改めてその人を見ると、珍しい黒髪のとても大きな身体をした方で、とても大きな盾を背中に担いでいた。
 顔は似てはいないのだけど、どことなくフェンスおじ様に似た雰囲気を持った人だった。

「──ジ、ジュリエット様っ!」

 そこに急に、いつもお父様の護衛をしてくださっている女性騎士のエダさんがすごい勢いで走り込んできた。最初は私のことだけを見ていたけれど、すぐにその視線は私の隣のその人へと向けられた。

「き、貴様っ!ジュリエット様にな、何をしているっ!すぐに離れるんだっ。さもないと──」

 そう言うとあろうことか、街中だというのに剣を抜き放ちその人へと切っ先を向けた。

「・・・何をと言われてもな。それを言うのならお前のほうこそ、こんなところで剣を抜くとはどういうつもりだ?この娘が傷つくかもしれんぞ」
「くっ・・・人質に取るとは卑怯なっ!ジ、ジュリエット様っ、御安心してくださいっ。このエダがこの生命に代えてでもお助け致しますっ!」

 ・・・・・・。どうやらエダさんは勘違いをしているみたい。この人は倒れそうになった私を助けてくれただけだというのに。でも、それも私を心配してくれているからだろう。だけど、それはエダさんが心配してくれているのか、それとも連れ戻すようにお父様がしたからだろうか・・・。

 その人が少し困った顔で私の顔を覗き込んできた。言葉にはしなくても何を言いたいのかは嫌というほど分かってしまった。

「・・・この人は、私を連れ去ろうとしてるんです・・・。どうか助けて頂けませんか・・・?」

 私は産まれて初めてをついた──

 このままエダさんに連れられてお父様のところに帰ったとしても、どうすれば良いか分からないから。戻ってしまったらもうこうやって街を歩くことすらさせてもらえなくなるかもしれないから。私の願い──ユリアちゃんの力になることも、お父様の助けになることも出来なくなってしまうかもしれないから。

 ギュッと力いっぱいその人の服の端を掴んだ。その人は何かを納得したように一瞬だけ優しく微笑むと、背中に添えてくれていた手で私の頭を軽く叩いた。

「むっ!き、貴様っ。な、何をする気だ!?」
「・・・どうやらこの娘を渡すわけにはいかなくなったようでな。剣を引く気がないのなら、すまんが少し痛いかもしれんぞ」

 その人はそう言って立ち上がると背負っていた大きな盾をその手に掴んだ。戦いなんてしたこともない私でも、その人の強さが分かるほどだった。

「くっ・・・大盾だけで私と戦うつもりかっ?・・・嘗められたものだ。生命の保証はないぞっ!」

 私の目では追うのがやっとなほどの速さで斬りかかった。それはきっと動きを止めるためのものではなく、明らかに生命を奪うための剣に思えた。
 でも、その人はそんなことにはまったく動じていないようで、どっしりと腰を落とし盾を構えていた。

「もらった──!」

 エダさんの剣と、その人の大きな盾がぶつかりそうになった瞬間──その人は静かにそう言った。

『バウンスシールド』
「なっ──!?」

 目を瞑ってしまった私の耳に鈍い金属音が響いた。エダさんの驚いた声に目を向けると、何故かエダさんは遠く離れた地面に倒れてしまっていた。

「えっ──えっ?!な、何が・・・」
「大丈夫だ。単に弾き飛ばしただけだ。それほど怪我はしていないはずだ。さあ、逃げるんだろ?急ぐぞ」

 そう言うとその人は私の体重など関係ないかのように軽く私を持ち上げると、驚くほどの速さで走り出した。

「ま・・・待てぇっ・・・」

 エダさんの苦しそうな声だけが聴こえた──



 ♯ユリア

 フリオおじさんが見たこともない恐い顔で大きな声を出した途端、ジュリちゃんはどこかへと出ていってしまった。

 すぐに追いかけて出ていったエダさんの後をあたしも追いかけようと走り出したんだけど、聖堂を出たときにはもうジュリちゃんの姿は見えず、通りの奥にエダさんらしき背中を見つけた気がして慌てて追いかけたが、すぐに見失ってしまった。
 仕方なく聖堂に戻ると、おじいちゃんとフリオおじさんが静かに言い争っていた。二人のこんな表情は初めて見た気がする。

 どうしたらいいか分からずしばらくその言い争いを見つめていると、開けっぱなしの扉から少し足を引き摺りながらエダさんが聖堂へと戻ってきた。そこにジュリちゃんの姿はなかった。

「エ、エダ。ジ、ジュリエットはどうした?一緒でないのなら何故戻ってきた」

 すぐにフリオおじさんの矛先はエダさんへと変わり、ずんずんと歩み寄った。エダさんはそんなフリオおじさんに対して思いきり額を床に叩きつけた。

「も、申し訳ありませんっ!・・・ジ、ジュリエット様は、大盾を持った黒髪の大男に、つ、連れ去られましたっ・・・」
「なっ──なんだとっ!!?」

 えっ?!ジ、ジュリちゃんが
 えっと・・・、ジュリちゃんはフリオおじさんの子供で、フリオおじさんはこの国の王さまだから、子供のジュリちゃんは王女さまってことだから──えっ!?そ、それって大変なことなんじゃ?

「つ、連れ去られたとはどういうことだ?!ふらついていたようだが、それもその男にやられたのかっ?!」
「も、申し訳ありませんっ!ワ、ワタシではその男に歯が立たず・・・。このような無様な結果にっ・・・。この罰はこの"生命"を持って償いを──」

 えっ?!わ、わわっ!

 エダさんは鞘から剣を引き抜くと、自分のお腹を目掛けてその切っ先を突き刺そうとする──ダ、ダメッ!
 思わず目を背けてしまった・・・のだが、悲鳴も何も聴こえてこない。・・・あれ?

「へ、陛下っ?!な、なにをっ」

 エダさんの声が聞こえ恐る恐る目を開けると、そこには変わらないエダさんとエダさんの持つ剣の先を手で掴んだフリオおじさんがいた。フリオおじさんの手からは、真っ赤な滴が床へと流れていた。

「・・・エダ。お前が今成すべきことはこんなことではない。お前が私に誓った忠誠はその程度のものだったのか?」
「っ!?い、いえっ!・・・私と、兄が、陛下に誓った忠誠は、絶対のものですっ。この"生命"尽きるときまで、それが揺らぐことは、ありえませんっ!」
「ではお前は今、何をしようとした・・・。自らっ、その誓いをっ、破ろうとしたのかっ!?」
「っ!?も、申し訳、ありま、せんっ!」

 エダさんの目からは透明な滴が溢れだした。あたしも思わず涙が零れた。良かった・・・。

「エダよ。お前が今やるべきことはなんだ?」
「は、はいっ!・・・全身全霊をかけて、ジュリエット様を見つけ出すことですっ!」

 エダさんの言葉を受け取ったフリオおじさんは手の怪我など気にもせずに立ち上がると、周りでそれを見ていた他の騎士やメイドさん達にも視線を向けた。

「そうだ。皆も状況は分かったな。ジュリエットを連れ去った不敬者はまだそう遠くへは行ってないはずだ。各々死力を尽くして必ずや見つけ出すのだ!」
「「「はっ!!」」」

 普段は優しい、おじいちゃんの友人としての姿しか見ていなかったフリオおじさん──ううん。フリオニール国王陛下の威厳を、強く感じた瞬間だった──
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

処理中です...