盾の騎士は魔法に憧れる

めぐ

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加護の儀式と少女の願い

ジュリエット誘拐事件2

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 ♯フリオニール

「──ええいっ!まだジュリエットは見つからないのかっ!?」
「も、申し訳ありませんっ!東西南北、隈なく捜索を続けているのですが、ジュリエット様の御姿も、賊の姿も未だに・・・。目撃情報すら無い次第でして・・・」

 城詰めの騎士団の中でも機動力が売りの第二騎士団から総勢二百名を、王都周辺の捜索に当てている。それ以外にも近隣の街村へも早馬を出し、守護隊ほか冒険者ギルドへも緊急依頼を出し捜索に当てている。既に三刻程時間は過ぎてしまっているのだが未だに何の手掛りも届いて来てはいない。
 今すぐにでも飛び出して捜索に加わりたい気持ちを何とか押さえ付けながら、まったく進展のない報告を聞くばかりで流石に我慢の限界が訪れそうだった。
 先程、エダの剣を止めたときに出来た傷は既に治癒魔法によって跡形もないのだが、強く握り締めた手はその際に負った傷以上の痛みを訴えていた。

「くっ・・・!こうしている間にもジュリエットが何をされているか・・・。ただ待つばかりで何も出来ぬ己が余りにも情けないっ!」

 ジュリエットを拐った奴等の目的が私であるならば、ジュリエットに危害を加えることはないと信じたいがこれだけの時間が立ってなお、騎士からの報告だけでなく犯人からも何の要求も届かない。
 フェンスの言うように本当に目的は私なのか?単純に可愛いジュリエットを狙っただけではないのか?時間が過ぎる程最悪の想像が浮かんでは頭を振り消し去り、また浮かんではその苛立ちを思わず報告を届けに来た騎士へとぶつけてしまう。

「・・・っ、更に捜索範囲を広げろ。明らかに怪しい場所だけでなく各街の宿や民家も確認するのだ。協力者が匿っているやもしれん。考えうる可能性を全て潰していくのだ!」
「は、はっ!直ちに!」

 深く頭を下げた騎士はその勢いのまま走り出す。同様に報告を届けに着ていた他の騎士達もその後に続き飛び出していった。
 ジュリエット捜索の拠点とした城の大広間は途端に静まり返っていた。

「・・・ああ。ジュリエット・・・。どうか、無事でいてくれ──



 ♯ユリア

「さて。これからどうするか。ジュリエットはどうしたい?フリオニールを思い切り驚かせてやるか?安心しろ。ここにいる皆は、お前の味方だからな」

 急に現れたおじいちゃんはどこから持ってきたのか、その手に持っていた背もたれのない椅子を置きそこに座るとおじいちゃんはいつも以上に優しい声と表情でジュリちゃんに話しかけた。

「おじいちゃん。用事はもうすんだの?」
「ん?ああ。勿論だとも。途中でティアマトに会えればとも思っていたが何処に居るか分からんしの。まずはの問題が先だと思ってな」
「そう・・・」

 教会で別れたおじいちゃんは武具屋をしているダンダルさんに用事があるとかで、あたしとは別行動をしていた。ティアマトさんにも用事があったっていうのは今知ったけど、多分・・・ジュリちゃんのことなのかな。

「さて」

 おじいちゃんは頭を低くしジュリちゃんの目線に合わせると改めて優しく話しかけた。

「ジュリエットはどうしたい?ああ、フリオニールのためだとかユリアのためだとか、この国の王女としてでもなく、ジュリエット自身が何をしたいかを儂に話してくれないか?」
「・・・わ、私は・・・」

 ジュリちゃんはベッドに座ったまま下を向きだまりこんでしまった。膝の上に置かれた柔らかそうなその両手は、何かを求めているように強く握られていた。

「・・・わ、私は、お父様のお仕事の、じ、邪魔にならないよう、この国の王女として相応しい、に、人間になりたい・・・ですっ」

 そう言ったジュリちゃんの顔は下を向いたまま。まっしろな両手はさっきよりもいっそう強く握られ少し赤く色づいていた。
 おじいちゃんはそんなジュリちゃんをしばらく無言で見つめていたが、ふっと優しい微笑えがおを浮かべた。

「・・・ジュリエット。儂はフリオニールの友ではあるがフリオニールの味方ではない。今ここで何を聞いても奴の利になるようなことはせんよ。なんたって儂とここにいる皆はジュリエットのなんだからな」
「──っ!」

 おじいちゃんのその言葉に顔を上げたジュリちゃんは今にも泣き出しそうな表情をしていた。そのジュリちゃんの顔をおじいちゃんも、ギリアムさんも、ヨルニールさんも優しく見つめていた。
 ジュリちゃんの視線があたしの方を向く。慌てて精いっぱいの笑顔を作ってみたけど少しひきつってしまったかもしれない。

「・・・あ、あは・・・」

 でも、ジュリちゃんはそんなあたしのぎこちない笑顔に柔らかな微笑えがおを返してくれた。
 ジュリちゃんはもう一度顔を下に向けると静かにそして長く息を吐き、ゆっくり大きく息を吸い込みさっきとは全然違う目でまっすぐにおじいちゃんを見た。

「・・・フェンスおじさま。ヨルニールさん、ギリアムさん。そしてユリアちゃんも、ありがとうございます・・・」

 順番に目を合わせ最後に深く頭を下げる。さっきまでのおどおどしたジュリちゃんはもうどこにもいなかった。

「・・・フェンスおじさま。私は・・・、私は本当は、お父様とフェンスおじさまの様に、ユリアちゃんとぼ、冒険がしてみたいのですっ!そ、それがっ、どんなに大変なことかということは理解・・・しているつもりではいます。剣を振ったことも触れたこともなく、魔法のひとつも使えない私にそれがどんなに大変でどんなに無理なことかも十分にわかっていますっ」

 ジュリちゃんは一気に言葉を吐き出す。ずっとガマンして、ずっとため込んでいた気持ちが勢いよくあふれ出してくるみたいだった。
 おじいちゃんはそんなジュリちゃんを黙ってじっと見つめていた。

「・・・お父様がそれを駄目だと言われる言葉の意味もその想いも分かっています。私のワガママがどんなにたくさんの人達に迷惑をかけてしまうかも分かっています・・・」

 ジュリちゃんの瞳から涙がスーと流れる。膝の上で握られていた両手はいつのまにかほどかれ、でもそのそれぞれがもっと強く握られていた。

「でもっ!憧れたんですっ。お父様の様に世界を救うような大冒険を望んでいるわけでも、出来るとも思っていません。お城の外に出て、ユリアちゃんやお父様と一緒に、小さくて物語にも詩人のうたにもならない、そんな小さな小さな冒険をすることが・・・私の夢だったんです・・・」

 ジュリちゃんの瞳からはどんどんと涙が溢れる。手の甲に落ちた涙が大きく跳ねた。

「・・・もし、儂がフリオニールの立場だったなら同じことを言っていたかもしれん。大事な一人娘を態々危険があると分かっている冒険になど行かせたくはないだろうな」
「──っ!?」
「ちょっ!?おじいちゃんっ!どっちの味方なの?!」

 ついさっきフリオおじさんの味方じゃないって言ってたのに、どういうこと?

「まぁまぁ、焦るな。最後まで話を聞け」
「むぅ~~」

 おじいちゃんは何が言いたいんだろう。本当にジュリちゃんの味方なのか、それとも説得して連れ戻そうとしているのか。ギリアムさんとヨルニールさんはずっと黙って話を聞いているだけだった。

「儂の子供は息子のアルディひとりで男だったこともあってそこまで過保護にはならなかったがな、娘を持った普通の親ならそう思って当たり前だということだ」
「お父様はそうだったとしても、あたしは違うの?」

 こないだの火山は守られてばかりだったので回数にはいれないことにしているから、あたしもまだちゃんと冒険をしたことはない。
 それでもあたしは小さい頃からオモチャの剣を振ったり算術のお勉強と一緒に魔法にも触れてきている。今は本格的な特訓も始めている。

「ユリアはジュリエットと違ってやると言い張って聞かなかったからなぁ。やるならば最低限自分の身くらい守れるように教えることにしたんだ。本当は少しでも淑やかになればと二人を会わせたんだが、まさかジュリエットまで感化されるとは・・・」
「なっ!?」

 なにそれ?!それじゃあたしは女の子らしくない暴力的なワガママ娘みたいじゃない?!

「悪かったわね、お姫様みたいになれなくてっ!い~~だっ」
「いっ?!ゆ、ユリア・・・?儂はそういうつもりで言ったりわけでは・・・」

 ふんだ。しばらく口きいてやらないから。

「ははっ。ほらフェンス。王女様が困ってるよ?続きを話してあげなよ」
「あ・・・ああ、そうですね。ジュリエット、すまんな。話が逸れてしまって」
「い、いえ・・・」

 困った顔をしていたおじいちゃんはヨルニールさんに促され話を続けた。あたしも耳だけはそちらに向けた。

「ええと、なんだ。親というものは大体そういうものなんだ。フリオニールのやり方が正しかったとは言わないが、その気持ちは分かってやってほしいということだ」
「・・・はい。分かっています」
「・・・そうか。ありがとう」

 あたしに厳しく礼儀作法を教えてくれているお母様も、忙しい仕事の合間にあたしのどんな話も聞いてくれるお父様もそうなんだろうか。ううん。きっとそうなんだろう。
 もちろんおじいちゃんもお婆様も、カーラさんもジュディさんも、それにヒルダ先生も。皆々あたしがちゃんと一人前になれるよう見守ってくれているんだろう。

 おじいちゃんはフリオおじさんの味方じゃないって言ったけど、本当はその気持ちを一番分かってるはずなんだよね。その気持ちをジュリちゃんに知ってほしかったんだ。

「それを分かった上で気持ちは変わらないのか?」

 おじいちゃんはまっすぐジュリちゃんを見つめる。ジュリちゃんはゆっくり瞼を閉じると力強く目を見開き立ち上がると、ベッドの横に立て掛けてあったジュリちゃんの髪の色のように光輝く杖を握りしめた。

「──はい。今の私には何の力もありません・・・。お父様やお母様、お城の皆様に大切にして頂いていることも分かっています。でも!私もそんな皆様の、お父様の力になりたいのですっ!飾られているだけの王女ではいたくないのです!」

 ジュリちゃんの強くて真剣な視線をおじいちゃんは何かを見極めるかのように見つめ返していた。

「──分かった。ただし!最終的に許可を出すのはフリオニールの役目だ。そのための協力は惜しまんがな?」

 そう言ったおじいちゃんの顔はイタズラをする子供のようだった。

「あっ、ありがとうございますっ!」

「ただどうしたものか・・・。ああなったフリオニールはかなり頑固だからな。時間稼ぎになるかと一手を打ってはみたが、かえってややこしくしてしまったかもしれんな・・・」
「?どういうことですか?」

 おじいちゃんが何をしたかを話しだす。最初は真剣に聞いていたジュリちゃんの顔がどんどんと心配そうな表情に変わっていく。ギリアムさんとヨルニールさんは呆れた表情をしていた。

「──と、いうわけでな。ここに来る途中で城から大勢の騎士が駆け出して行くのも目にしてな。思っていた以上に大ごとになってしまったようで、少しやり過ぎてしまったかなぁ・・・」

 少しじゃなくて大分だね。余計にフリオおじさんを説得するのが大変になったんじゃ・・・。

「ほらな。やはりフェンスはだ」
「ははっ!確かに。ギリアムの言う通りだね」
「ヨルニールさんっ!ギリアムさんも、笑い事じゃないですよ。ジュリちゃんのこれからがかかってるんですからね!」

 そんな二人にちょっとムッときてしまい、思わず大きな声を出して立ち上がる。ジュリちゃんまで驚かせてしまった。

「おっと。ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだけどね」

 本当にそう思っているのか、ヨルニールさんは笑顔のまま部屋の端へと歩き壁にもたれるように立っていたギリアムさんの肩のあたりをコツンと軽く叩いた。

「フェンス。何も策がないのならここは僕とギリアムに任せてみないかい?」
「・・・二人に?何をするつもりなんです・・・」

 おじいちゃんの質問には答えずヨルニールさんは今度はジュリちゃんへと近づき、目の前でしゃがみこむとジュリちゃんの顔を覗きこんだ。

「王女様・・・いや、ジュリエット」
「は、はいっ!」

「魔法を覚えてみるかい──?
 
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