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本編

塔の中の精霊姫(後)①

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 ――塔に籠ってから魔石の魔力が減るのが早い。

 それはキッチンで火を着けたりなども魔石を使っているからで、既にルシアンの魔石は真っ白になってしまった。
 まだマリオンのやつがあるから魔力籠めてとは言わないけど、これも使えなくなったら由々しき問題だ……。

 火を着ける時にポワソン少年やセインに頼んだら済む話なんだけど、その度に呼ぶのはさすがに気が引ける。

 俺が塔に籠って十日経った頃、ロイさんが訪ねて来た。
 ロイさんはルシアンの執事だから、正直言えば会いたくはなかったんだけど、こっちの世界のこととかを教えてもらったりでお世話になっていたから入ってもらうことにした。
 そういえば、前に出掛けた時にポワソン少年とキスしてたよなぁ……って思い出せば、俺もその時ルシアンに凄いことをされてしまったことが甦って顔が熱くなる。

 ポワソン少年に連れてきてもらったロイさんは、俺のいる部屋に入るとすぐに土下座せんばかりの勢いで床に膝をついて懇願してきた。

「姫様、ご無礼を承知でお願い申し上げます! どうかルシアン殿下とお話する機会をいただけないでしょうか?」

「えっやだよ……」
 
 いきなりそんなこと言われても、俺がこの塔に籠ることになったのは身勝手な王子たちのせいなのに、何でロイさんがお願いしにきているんだ?
 門前払いしている俺が言えた義理じゃないけど……。
 反射的に嫌だって言葉が口を吐いて出た。
 ロイさんは少し悲しそうな顔をして、それでも話を聞いて欲しいと言った。
 まあわざわざこんなところまで来てくれたんだし話だけは聞こうかと、床に跪いているロイさんを立たせると椅子を勧めた。

「まあ取り合えず話は聞くけど、期待はしないでよね?」

「ありがとうございます……。こんなこと、精霊姫様にお願いするのはお門違いだというのは重々承知の上なのです。しかし、姫様がこの塔に入られてからルシアン殿下は、ほとんどと言っていいほど食事に手をつけられておられません。今は魔力で何とか体か動かしている状態なのです……」

 いつも冷静でクールな印象のロイさんがこんなにも形振なりふかまわずに、年下の俺に頭を下げて必死に頼み込んでいる。
 彼は本当にルシアンを大事に思っているのだろう。
 時々息を詰まらせながらも、彼は話を続けた。

「どうか……ルシアン殿下に面会のチャンスを与えていただけませんか? このままではルシアン殿下が死んでしまいます……」

 すごく切羽詰まった表情で語られた内容が衝撃過ぎて思わず固まってしまう。

「姫様! どうかお願い致します……」

 いつも堂々としているロイさんがこんなにも弱々しく俺に頼み事をするなんて……。

 あの馬鹿ルシアン! 飯食ってないって何だよ!?

 俺が塔に籠ってから十日だぞ?

 普通それだけ食べていなかったら、まともに動くことも出来ないはずだ。
 魔力で動いているって意味が分からない!
 昨日だって二回来てたし、そんな状態になっているなんてちっとも気付かなかった。

 俺は意地を張って王子たちが来ても会わずに、ポワソン少年に門前払いしてもらっていたけど、そんなに弱ってるなんて知らなかった……。

 ポワソン少年に確認の方を見ると申し訳なさそうな表情で頷いた。
 日に日にやつれているルシアンを心配したポワソン少年が、俺を呼ぶって言ったら本人が俺には言うなって言ったらしいんだ。
 同情で会ってもらうのは不誠実だからって……。

 ロイさんが言うには、今日は起き上がることも出来なくてベッドに横になってるそうだ。

 もし俺が会うと言ったら、この塔を出てルシアンの部屋まで行かないといけないのかを訊ねると、一時的にでもセインの結界を緩めてもらえれば、ロイさんがルシアンを転移魔法で連れてくるという。

 背に腹は代えられぬ状況ではあるけど、俺が塔を出るのはやはり抵抗があったから、指定した時間に転移魔法で入れるようにすると約束をした。

 仮にこのまま会わずにルシアンが死ぬようなことになってしまったら寝覚めが悪い……。
 それに弱っている相手を突き放すのも、人としてどうかと思うし。

 ずっと食べてないのなら、いきなり固形物は体が受け付けないだろう。
 まだ約束の時間まで少しあるから『パン粥』でも作っておいてやろうかな。
 本当は卵雑炊でも作ってあげたいけど、残念なことにこの国には米がないんだ……。

 細かくちぎったパンを牛乳でとろみがつくまで煮て、仕上げに砂糖を入れて焦げないように煮詰めたら完成!

 もうすぐ約束の時間だ。
 拒絶していた人物を手料理を作って待つのは何か微妙だけど、病人には優しくしないとならない。

 セインが結界を緩めた直後、ロイさんが車イスに乗ったルシアンを連れて転移してきた。

 二人が入って来たことを確認するとすぐにセインに結界を張り直してもらう。

「姫様、ご寛大なお慈悲を頂きまして、誠にありがとうございます!」

 ロイさんが深々とお辞儀をする。

 車イスのルシアンは眠っているのか目を瞑っている。
 本当に食べていなかったんだと、一目で分かるくらい頬は痩けているし、唇もカサついていて肌艶も毛艶も悪い……。
 あんなにムカつくくらいキラキラしていたのに……。
 俺に会えないだけで、ここまで窶れてしまうものなのだろうか?
 でも目の前のコイツは、実際に弱り切っている。
 
 ポワソン少年に言っていたという「同情で会ってもらうのは不誠実だから」という言葉……。
 あれだけ強引だったくせに、何でこんなになるまで黙っているんだよ。
 周りの人たちに心配までかけて……!

 とりあえず車イスのままでは辛そうだったから、ロイさんに頼んで俺のベッドに寝かせてもらった。

 それからルシアンに声を掛けた。

「おい、王子! 俺が分かるか?」

 ピクリと俺の声に反応したルシアンは、ゆっくり目を開いた。
 それから、俺の顔を見た瞬間に大粒の涙を溢した……。

「王子、泣くな! 余計な体力を使うな。ずっとご飯食べてなかったんだろ?」

「ひめ?」

 蚊の鳴くような弱弱しい声でそう問い掛けるルシアンの様子に胸が締め付けられる。
 あれだけ会いたくなかったっていうのに、心配で仕方がない……。

「そうだよ。ここは俺の部屋だ。今パン粥を持ってきてやるから大人しく待ってろよ?」

「ひめっ……離れないで……ください……」

 俺がキッチンに取りに行こうとすると、そう言ってまた泣き出すから、ポワソン少年に器に盛ってきてくれるように頼んだ。

 ポワソン少年からパン粥を受け取るとルシアンに差し出す。

「とりあえずこれを食べろ! 食べなきゃ人間は死んでしまううんだぞ!」

 しかし弱り切ったルシアンは、スプーンを持つ体力もないらしく、俺の顔を見たまま動かない。

「もうっ! 仕方ないな! 今回だけだからなっ!」

 俺はそう言うと、パン粥をスプーンで掬って少しづつルシアンの口に運んだ。

「ほら、口開けろよ」

 ルシアンが小さく口を開けたから、すかさずそこにスプーンを捩じ込む。

 ゆっくり咀嚼そしゃくして嚥下えんかしたルシアンが力なく笑った。

「甘い……」

 弱々しく言うもんだから、少しだけ可愛いところがあるじゃんかって思ったのは、きっと俺の勘違いだろう。

「お前のために作ったんだから、残さず食べろよ?」

 そう言って次々と口に入れていけば、ゆっくりではあるがしっかりと噛んで飲み込んでいた。
 小さくなった胃に無理をさせない程度の量を全部食べ終えたところで、蜂蜜入りのレモネードも出す。
 弱っている体にはビタミンも必要なことだろう。

 食事を終えて温かいレモネードを飲んで、ルシアンの顔色も少し良くなった気がする。

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