そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

39話

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 アーサガの脳裏に過る光景。
 回収していた兵器が突如暴発したあの日。
 兵器に巻き込まれ、愛する妻が命を落とした。
 地面は鮮血に染まり、彼女の下半身は見るも無残な様になっていた。
 だがそれでも彼女は言葉を残そうと唇を動かし、涙を流して絶命した。






「―――違う! 俺は…あれは……!」

 アーサガは感情に身を任せ、ジャスミンが持っていた銃の引き金を引いた。
 が、それは発砲することなく、小さな金属音が聞こえたのみだった。
 まさかの事態に更なる動揺を一瞬だけしてしまうアーサガ。
 その僅かな隙を逃さずジャスミンは次の瞬間、地を蹴り彼の懐へと飛び込んだ。
 眼前に迫る不敵な笑み。
 アーサガが反応するより早く、彼女は彼の持つ銃を蹴り上げた。
 彼の目線は自然と弾け飛んだ銃の方へ向いてしまう。
 直後、腹部に激痛が走った。

「ぐっ…!」

 ジャスミンの力強い蹴りで、アーサガは激しく吹き飛ばされていた。
 椅子やテーブルが乱雑に詰まれた瓦礫へと投げ飛ばされ、それらはアーサガの真上に落ちていく。
 埃が激しく舞い散る中、ジャスミンは飛んでいったアーサガの元へ悠然と近寄る。
 そうして転げ落ちていた自分の銃を拾い上げた。

「くそっ…!」

 残骸を避け、立ち上がろうともがくアーサガ。
 と、その額に冷たい感触が当たった。
 ガチャリという重たい金属音が響き、それがなんなのかを確信させる。

「…弾切れの銃なんか突き付けてなんの意味もねえだろ」
「ホント馬鹿な子だねえ。闇の人間はいかなる対応もしとくもんさ。あたしのコレは特別製でね、特殊な操作をしないと安全装置が外れることはないんだよ。なんなら試しに撃ってみるかい?」

 目の前に見えるジャスミンの銃はよくあるタイプの回転式小銃だ。
 アーサガが握ったときも違和感などなかった。
 彼女のハッタリとも取れたが、その瞳が嘘ではないと語っているようにも見える。
 信じるか信じないか。
 動くか、降参するか。
 形勢はいつの間にか逆転し、アーサガは不利な状況に陥っていた。








 ジャスミンの言葉に嘘はないだろうが、このまま降参しては彼女の暴走を止める事が出来ない。
 アーサガは目の端から見えた足元の木の棒に気付き、一か八か、静かにそれを足に引っかけた。
 そしてタイミングを見計らい、彼女目掛けて大きく蹴り上げようとした。

「そんな見え見えの動きを私が逃すと思ったかい?」

 が、不意を狙ったはずの彼女は笑みを浮かべる。
 アーサガは顔を顰めた。 




「…危ないっ!」 

 突如、その声は何処からともなく聞こえた。
 予想だにしていなかった第三者の声に、ジャスミンは思わず目線を逸らしてしまっていた。
 アーサガはその機会を逃さず。
 蹴り上げた木の棒を手に掴ませ、振り回した。
 が、ジャスミンはそれを既のところで避け、飛び退いた。

「邪魔が入ったね…」

 そう洩らす彼女の顔に、つい先ほどまでの笑みはない。
 苦虫を噛み潰したような顔をし、そして何も告げずにジャスミンは立ち去っていく。

「待て…!」

 ジャスミンの後を追うべく、アーサガは彼女の背へと手を伸ばした。
 しかし、椅子の山が落ちてきたときの衝撃で足を打ったらしく、思うように足が動かない。
 無理に動こうとすると激しい痛みが全身に走った。

「くっ…!」
「無理はしないでください!」

 顔を苦痛に歪ませるアーサガへ、駆け寄る女性。
 それはハイリであった。






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