そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

40話

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 ハイリはジャスミンを追いかけることなく、手にしていた銃をしまうとアーサガの足を手当する。
 興奮気味の彼は気付いていなかったが、彼の片足は明確な程に青黒く腫れ上がっていた。
 アーサガの腕を肩にかけ、ハイリは彼を起こす。
 そしてジャスミンが逃げた方向とは別の道から、外へと出て行った。

「大丈夫ですか?」
「何で来た……」
「脱走者を確保するのは職務です」

 そう言われ、何も返す言葉もなく沈黙するアーサガ。
 それだけではない。
 おそらく激痛で冷静に皮肉を言う余裕もないのだろうとハイリは考えた。

「痛みますか…?」
「問題ねえよ…ッ…!」

 顔ははっきりと痛みを訴えているのに、決して素直にはならないアーサガ。
 そんな彼を見て、ハイリはなるべく彼に負担がかからないよう気遣い歩く。
 と、そうこうとしているうちに廃墟の外へ出た二人。
 外気に肌が触れた瞬間、アーサガは力無くその場に座り込み、引っ張られる形でハイリも倒れ込んでしまった。

「はぁ…はぁ…」
「ほ、本当に大丈夫ですか…?」

 返事をすることもなく、アーサガは一心不乱に呼吸を繰り返す。
 思った以上にその足は重症のようだとハイリは眉を顰める。
 仰向けに倒れ、アーサガは呼吸を繰り返しながら空を眺めた。
 鉛色の空からはポツポツと冷たい雫が降り注いでいる。
 そこで彼はようやく、外では雨が降っていたことに気付く。
 どれだけの時間、自分はあの場に留まっていたのか。
 それを冷静に考える余裕さえ、今のアーサガにはなく。
 足から伝わる激痛とぼやける視界の中、汗と雨で顔を濡らすことしか出来ない。



 すると、足に走る激痛とは別に、冷たい小さな感触をアーサガは掌に感じた。
 顔を歪めながらもアーサガはその方へ視線を向け、そして驚きに目を見開いた。

「ナ、ナスカ…!?」

 痛みも忘れ、体を起こしナスカを見つめる。
 小さな愛娘もまた驚き、慌てて怪我から手を放す。

「パパ…」

 彼女の顔に笑顔はなく、顔面蒼白で脅えきっていた。
 それは、いつも見ていた父とはあまりにも違う状態―――見たことも無い大怪我を負っていたこともあったが、それだけではないようであった。

「アーサガさん。ナスカちゃんは―――」




 ハイリが弁解をする前に、大きな音が響いた。
 同時に、弾けるようにナスカの身体が飛ぶ。
 泥に倒れ込んだ彼女は静かに自身の頬を触った。
 熱くて鈍い痛みが伝わってきた。

「どうして追いかけてきたんだッ!?」

 鬼のような形相でアーサガはナスカを睨みつける。

「お前のためを思って置いてきたってのに…!」
「だっ…て…」




 アーサガはこれまでとは違う相手―――ジャスミンに見つかってしまわないようにと、ナスカを守るべく置いてきたつもりでいた。
 彼としては、それをナスカは理解してくれると思っていた。
 多少の物静かではあるが、物分かりの良い出来た娘だと信じていた。
 言葉を交わさずとも父のやることを理解していると、以心伝心だと。
 自分の分身だとアーサガは信じていた。
 だからこそ、どうして今回に限って追ってきてしまったのか。
 彼女は理解してくれなかったのか。
 その不快感にどうしても苛立ってしまい、つい手が出てしまったのだ。







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