そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

41話

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(…どう、して…パパ?)

 だが、娘ナスカとしてはどうして叩かれたか理解出来るわけもなく。
 顔をくしゃくしゃにさせながら、しかし泣く事も出来ずに父親を見ていた。
 そんな理不尽な光景を目の当たりにして、耐え切れず怒りを露わにしたのはハイリであった。

「追いかけてきたナスカちゃんの気持ちがどうして分からないんですか!?」

 負傷者であったアーサガの頬へ、ハイリは平手打ちをした。
 パンという小さな音は紅い痕を刻むだけで、身体が吹き飛ぶこともない一発。
 しかしそれは、ジャスミンに殴られたものよりもとても重い一発だった。
 余りにも唐突かつ意外な一撃に、思わず呆けてしまうアーサガ。
 が、直ぐに我を取り戻し、憤りに顔を顰めながら反論する。

「…分かってるだろが! 俺はコイツの親だぞ。だがコイツが、俺の考えを…理解しないから…!」
「当たり前です! 教えてあげなきゃ何もわからないまだ子供なんですよ!」

 激昂する彼女の眼鏡の奥を、雨雫が伝っていく。
 彼女が何故こんなにも激怒しているのか、それこそアーサガには理解出来なかった。

「だがコイツは俺の子だ。なら何も言わなくても理解出来るに決まってんだろが!?」
「それは…貴方がそう思い込んでいただけ…『我が子』の前に『子供』だということに気づいていないだけです…!」

 それから、二人の言い合いが続くことはなかった。
 なぜなら、ブムカイ率いるアマゾナイトの援軍がタイミングよくやってきたからだ。
 三人はそれ以降沈黙したまま、援軍によって保護された。
 自力で歩けないアーサガは次代エネルギー“エナ”の力を使った車で連行される。
 倒れていたままのナスカはブムカイにより抱きかかえられていき、ハイリもまた別の車へと乗り込んだ。
 それぞれが無言の去って行く中、雨だけが騒がしく、激しく振り続いていた。







 その日、アーサガは初めて娘を叩いた。
 痛いという感触はなかった。
 ただ、娘の表情を見てぐらぐらと彼の胸の奥がざわついた。
 それの正体について彼は未だ分かっていなかった。
 が、娘のあの顔を見たとき、彼は遠い昔の記憶を思い出した。



 それはアーサガたちのもとを去ったアドレーヌによってショックを受けたという記憶。
 幼い頃の思い出だというのに、あのときの衝撃と悲しみは今でも鮮明に記憶されている。
 引き留めたいと思っているのに、追いかけることも出来ない恐怖と絶望。
 
『追いかけてきたナスカちゃんの気持ちがどうして分からないんですか!?』

 解らないわけではなかった。
 理解はしていたはず、だった。
 しかし一時の感情に任せ、手が出てしまったことをアーサガは後々になって、酷く後悔した。
 引っ叩いてしまったあのとき。
 娘が子供らしく泣きじゃくってくれた方が、未だ良かったのかもしれない。
 「ごめんなさい」と謝ってくれた方が、未だ気楽に逃げられたのかもしれない。
 だが、娘が無言で見せたあの―――裏切られたと訴えているような、どうしたら良いのかも分からないと言っていた表情。
 その表情が未だに、アーサガの脳裏から離れない。




(また、俺は何かを失おうとしているのか――)

 そんな予感がした。







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