44 / 365
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
42話
しおりを挟む翌日。
昨日から引き続き、空は薄暗く小雨は止まず降り続いている。
アーサガは前日いた医務室から場所を移され、今回は別室で一晩を明かしていた。
本来ならばもっと厳重体勢で拘束されても可笑しくはないが、彼の肩書きとブムカイの根回しもあってさほど重く捉えられずに済んでいた。
と、昨夜ブムカイからそう注意を受けたアーサガであったが、残念ながら彼の耳には全く入っていなかった。
「くそっ…! 此処を開けろ!」
アーサガは怪我した脚のことも気にせず、何度もドアを叩いていた。
室内にはベッドと小さなテーブルがあるのみで、他には何もなく。
窓もなければドアは重たい鉄製で。
まるで独房とも取れるその部屋にはアーサガしかおらず、娘ナスカの姿はそこにはなかった。
「ナスカはどうした!? 会わせろッ!」
ドアノブは付いてはいるものの、握ってもびくともせず動こうとしない。
唯一ドアに取り付けられている監視窓から、外の様子は窺えた。
が、誰かが通りかかるという気配もなかった。
武器の一切は没収されており、お手上げ状態だった。
「畜生!」と怒鳴り、彼は最後に思い切りドアを殴りつけた。
扉を背に座り込んでいたアーサガへ声がかけられたのは、それから暫くしてのことだった。
「よ、この悪ガキが。やっと起きたようだな」
顔は見えずともその声がブムカイのものであるとアーサガは直ぐに気付く。
と同時にいつもの飄々とした嫌な笑顔をしていることだろうと想像がつき、アーサガはため息をつく。
「ナスカを返せ、誘拐野郎」
ブムカイは監視窓から様子を見るべく覗き込もうとしたが、覇気のない彼の返答から状態を察し、静かにその扉へと寄りかかった。
「釈放までは返すつもりはない…なんてな」
冗談交じりに返してみるも、いつものような返答は一行になく。
アーサガの沈黙もいつものことではあったが、顔色が窺い知れないぶん妙にしっくりこないなと、ブムカイは人知れず苦笑を洩らす。
「ナスカちゃんはハイリが保護しているよ。まあ、真面目な彼女ならどうこうすることはないと思うけど」
「じゃあ此処から早く出せ」
「それは出来ん。ちょっくら反省してもらわないとさ、こっちも色々都合があるのよ」
ブムカイはそう言いながら少しばかり監視窓から彼の様子を覗く。
が、覗いた先にアーサガの姿は見えない。
声は聞こえているので特に気にすることもなく、ブムカイは話しを続けた。
「あ、そういや聞いたぞ。ナスカちゃんぶったってな」
「何が言いてえんだ?」
「俺はさ…ナスカちゃんが生まれる前からお前を見てきた。もう、12年くらいは経つか。だがその間、お前が女子供に手を上げたなんて一度も聞いたことがなかったぞ? 何があった?」
アーサガは暫く沈黙した後、「わからねえ」とだけ呟き、再度口を閉ざす。
と、ブムカイにしては珍しく、わざとらしい程大げさにため息をついてみせた。
「…実はさ、お前を一発殴ろうと思って此処に来たわけだが、それはお前が「知るか」とか「俺の勝手だろ」とか言い返したらにしようと思ってたわけだ」
「…だから何だって言うんだ」
「わからねぇって答えてくれたのが―――不謹慎ながらちょっち嬉しかった」
扉の向こうでアーサガの舌打ちする音がブムカイの耳に入る。
おそらく今の彼はいつものようにしかめっ面で不機嫌そうにしているのだろうと予想し、ブムカイは自然と笑みを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる