そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
45 / 365
第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

43話

しおりを挟む








「ま、俺の感想は置いといてだな。ナスカちゃんを打ったてのはどうしてだ?」
「…」
「わからねぇんだったら話したらどうだ? こーみえてお前より長く生きてるしな! 気晴らしでも良いし…どーせ、今暇なんだろ」
「…物好きだな、お前もあの女も…」
「俺は長年のよしみ。まあハイリ君はそうかもね」

 大げさに笑ってみせるブムカイ。
 アーサガは腰を上げようとするも脚に激痛が走り、思わずうめき声を洩らす。

「ちゃんと安静にしてるのか? お前の脚、骨にこそ異常はないらしいが絶対安静の大怪我だからな?」
「わかってる。問題はねえ」

 脚に負担がないように座り直しながら、アーサガは静かに口を開く。



「―――ナスカは俺の子だ」
「ああ、間違いなくそうだな」

 彼の自問自答のような呟きのような言葉に、ブムカイは優しく答える。

「リンダが居なくなって…ずっと世話してきた」
「人伝に母乳の手配すんのはしんどかったな。しかもおしめの取り換え方も一から学んでな」

 そう言って笑うブムカイに、アーサガは沈黙したままでいる。
 大方あの当時の記憶―――子育て特有の手痛い失態の思い出―――に眉を顰めているのだろうとブムカイは勝手に想像し、もう一度人知れず笑みを零す。

「…大変な目にもあったが…ずっと一緒でやってきた。大事な……俺の一部みたいなもんだ」

 ポツリと聞こえてくる声が、どことなく沈んできたことにブムカイは気付く。

「どんなときも、どんな長い旅のときも…ナスカは何も言わず、俺の思った通りに待っていた。教養なんかさせてこなかったが、ちゃんと成長した。出来た子だと思ってた」

 ブムカイはアーサガの話しを聞きながらおもむろに懐から煙草を取り出す。
 それを口に咥え、マッチで火を熾す。
 と、煙草からは緩やかな白煙が上り始める。

「だが、今日に限って俺の思惑とは違って後を追いかけて来た。今までならちゃんと待ってるはずなのに、だ…」
「だから、ぶったってことか…?」
「……いや、違うかもしれねえ…」

 灰色の息を吐きながら言ったブムカイの言葉に、アーサガはかぶりを振って否定する。
 その声はとても小さく弱い声だったが、ブムカイは確かにそう聞き取っていた。

「…あの女に俺の全てを否定されて、しかも逃がしちまって苛立って…そのときにナスカが目に入って…何かが爆発した気がした…」
「あの女? ディレイツのことか。で、お前はナスカちゃんに奴当たっちゃったってわけか」
「違う…とは言い切れねえ」

 ブムカイは天井にたまる煙をゆっくりと眺める。
 静かに消えていくそれを少しばかり見つめた後、彼は懐から真鍮製の携帯灰皿を取り出した。

「そうか……ま、自分でそれが気付けただけでも大きな一歩だろうな」

 煙草を携帯灰皿へと潰し入れながら、ブムカイは扉の正面に立った。
 通路の窓から零れる光は、昼下がりの時刻を意味していた。

「最後にひとーつだけ言わせてくれ。俺はもうお前とディレイツの関係もアドレーヌ様のことも聞こうとはしない……ただし、ナスカちゃんのことだけは言わせてくれ」

 扉越しだというのにいつになくブムカイの言葉が耳に入ってくる、とアーサガは思う。

「俺は独り身だから、これは人伝な話だが…子供ってのはさ、体の良い道具じゃないんだってよ」
「…俺は道具だなんて思っては―――」
「まあ聞けって」

 声を荒げようとしていたアーサガを宥めつつ、彼は話を続ける。

「何でも言うことを聞くってのは実に良い子かもしれん。が、だからって永遠にそうだってことは決してない」

 アーサガはおもむろに自身の掌を見つめる。
 そこにあのとき打ったという痛みも赤みももう残ってはいない。
 が、娘を打ったという感覚だけは今も残ってしまっている。
 それとは別で頬の痛みも、未だ腫れが引かず残っていた。

「子供にだって子供の考えがあるし成長すりゃ別の考え方もするようになる。別の生き物なんだから当然だ。自分の分身だって大事に扱うことは間違ってはないさ…けど、そろそろあの子をちゃんと一人の女の子として見てやれよ。ありゃ良い女になるぞ?」
「最後は余計だ」

 アーサガの突っ込みを聞き、ブムカイは人知れず口端をもう一度つり上げる。
 そして思い切り息を吐き出すと、肩をコキコキと鳴らした。

「あーあ! やっぱ俺に説教ごとは似合わんな。つまり俺が言いたいのは、お前は考えがガキ過ぎなんだよ! で、そろそろナスカちゃんと真っ正面から向き合えよってことだ!」
「ガキだと、てめえ…」
「俺からしちゃお前はいつまでもガキのまんまなんです~」

 バンバンと扉を叩き、ブムカイはそう言って笑う。

「お前こそ俺をいつまでもガキ扱いしやがるオッサンのくせに…」
「オッサンは余計だ」

 アーサガは扉越しに伝わってくる振動に顔を顰めながらも、内心、何処か肩の荷が下りたように思えた。
 人知れず、彼は腐れ縁の盟友に感謝し、小さく笑った。 







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

処理中です...