そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

44話

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 二人の会話が終わって間もない頃。通路の遠くからリュ=ジェンの声が聞こえた。
 彼の大声は相変わらず良い予想をさせてくれず。

「大変ですブムカイ隊長!」

 案の定、不穏な言葉を耳にしアーサガは眉を顰める。
 ブムカイのもとへ駆け寄ってきたリュ=ジェンは早速報告しようとするが、扉を一瞥すると「あっ」と、口端をつり上げた。
 そして自身の頬を触りながら、扉越しにアーサガへと語りかけた。

「そう言えば聞きましたよアーサガさん! 同じ痛みを持つ者として気持ちはわかります。それこそ、痛いほどに!」

 そう叫ぶ彼の頬には未だに湿布が丁寧に張られたままで。
 ブムカイはリュ=ジェンの意図を察し、人知れず笑う。
 が、扉の向こうから伝わって来る無言の圧力を察し、二人は即座に視線を戻した。

「で、何が大変なんだ?」
「書類がもう山積みで…部署全員で頑張ってるのに隊長がいないと話が進まなくて…それで探しに来たんすよ!」

 想像していた報告を裏切り、それは大したことのないものだった。
 アーサガは深くため息をつく。

「悪い悪い。でもその辺はハイリ君に任せてたんだけどなあ…?」
「部下に仕事押し付けて何やってんだ、お前は」

 首を傾げるブムカイへ、タイミングよくアーサガが突っ込みを入れる。
 と、そんな二人のやり取りを聞いたリュ=ジェンは、困惑した表情で答えた。

「ええ? ハイリ副隊長ならナスカちゃんを連れて外出したっすけど…ブムカイ隊長が許可したんじゃなかったんすか?」
「え、いや……俺は出してないぞ」
「ええっ! でも許可を貰ったからって言って、副隊長は出てったんすよ?」

 生真面目なハイリが、嘘をついてまで許可なくナスカを外へ連れ出した。
 直後、アーサガとブムカイに嫌な予感が走った。




「規律に煩い彼女がそれを破ってまでナスカちゃんを外へ連れ出した…つまり、そこまでして連れて行きたい場所があったか。もしくは連れて行ってとせがまれたか…」
「おそらく後者っすね。あの人そんなオシャレな場所知らなさそうだし、子供には甘々っすから」

 味覚と一緒で。という彼の冗句は虚しく流され、話は続く。

「……で、リュ=ジェン君、ハイリ君から行き先を聞いては?」
「いえ…貴方に教える義務はないと言われちゃいまして…」

 その直後、金属を叩く音が響いた。
 鉄扉を叩いたアーサガの拳には、薄らと血の色が滲む。
 彼はいつになく、訴えるように声を張り上げた。

「頼む! 此処から出させてくれ…!!」
「え、何言ってるんすか? そんなこと流石にもうダメっすよ」

 突然の轟音に驚き飛び出そうだった心臓を抑えつつ、リュ=ジェンは答える。

「あのときナスカがあの場に居たってことは…あの女関連で出てったに違いない。あの女にナスカを会わすわけにはいかねえんだ!!」

 が、片やブムカイは冷静に鉄扉のドアノブに手を掛けながら、アーサガへ尋ねた。

「…アーサガ、お前は何のために出たいんだ?」
「ナスカを……娘を探したい……それで、ちゃんと話し合いてえんだ…!」

 必死に、切に願うよう答えるアーサガ。
 こんなにも強く頼み込むのは久方ぶりであった。
 と、ガチャリという金属音が聞こえ、ゆっくりと扉は開かれた。

「門限は夕方までだからな、今度こそ守れよ」

 開かれたそこには鍵を手にしているブムカイが、もう片方の手を差し出して立っている。
 アーサガはその手を掴み、体を起こした。

「…ああ!」

 しっかりと頷き、アーサガは痛む脚を無理やり動かし、走り出した。







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