そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

58話

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 その夜。
 アーサガとナスカはハイリの部屋で一晩明かすことにした。
 彼としては早々に出て行きたかったが、ナスカが泣き疲れて眠ってしまった為ハイリがそう配慮したのだ。

「気にしなくて良いですよ。ブムカイ隊長もそう予想していたのか、既に許可も取ってくれていたようです」

 そう言って両手を合わせ、笑みを浮かべるハイリ。
 アーサガはベッドで就寝中であるナスカを見守りながら、ため息をつく。

「……ブムカイアイツのやる事なす事なんでも鵜呑みにしない方が良いぞ。アイツは筋金入りの“余計な”お節介焼きだからな」

 顔をしかめ、アーサガはハイリの方を見つめる。
 彼女は、ブムカイがどんな目論見で自身が宛がわれたのか、気付いてはいないようであった。
 まだまだ母親恋しい年頃の幼女と、生真面目ながら母性溢れる女性軍人。
 今にして思えば、合わないわけがなかった。

「あ、相部屋の方についてなら御心配なく! 今日は別室で寝てもらってますから」

 当の本人は上司の思惑なぞ知る由もなく。
 いつの間にかこれだけ互いの距離が縮まっていることも気にせず。
 添え付けのキッチンで何やら動いていた。
 アーサガは頬杖を突きながら、再度深いため息をつく。

(―――だが平手打ちを喰らうなんて久々だったな…それこそ、リンダを怒らせて打たれたとき以来か…)

 そんな懐かしい記憶を思い出し、静かに笑う。
 彼もまた、いつの間にかハイリの雰囲気に安堵していることに、気付いてはいなかった。

 
 


 父親から離れまいとぴったりとくっついたままで寝ていたナスカであったが、それも熟睡に代わると無意識にアーサガの腕を放していた。
 そうしてようやく解放されたアーサガ。
 彼はベッドからゆっくり離れ、近くにあった椅子へと腰を掛けた。

「身体が岩になるんじゃねえかと思った」

 ポツリとそんな愚痴を零すアーサガへ、クスりと微笑むハイリ。

「岩になってでも見守ることが子育てってことなんですよ、多分」
「多分かよ」

 ハイリはポットに入れてあったコーヒーをカップに注ぐと、それをアーサガへと渡す。
 それから彼女はアーサガと入れ替わるように彼が座っていたベッドの端に腰を掛けた。

「少し冷めてるかもしれませんが」

 ハイリの言葉を耳にしながら、アーサガはそれを一口飲む。
 確かにそのコーヒーは生ぬるく、水っぽく、それでいて口内に残ってしまう程の甘味が嫌と言う程広がっていく。

「―――せめてコーヒーの煎れ方くらいは学んでおけ」

 そんな彼の感想に、ハイリはムスッとした顔でアーサガのカップを奪い取った。
 文句こそ言われたものの、奪い取ったカップ内は空になっていた。
 ハイリは思わず口元を緩ませる。




「…そ、それにしても。ナスカちゃんようやく笑顔になったみたいですね」

 と、表情の緩みに気付いたハイリは慌ててそれを隠すべく顔を背け、就寝中のナスカへ話題をすり替える。
 彼女の絶妙な変化に気付かなかったアーサガは、ハイリの言葉を受けて愛娘の寝顔へと視線を向けた。
 幸せそのものといった笑顔を浮かべながら眠るナスカ。
 こうした寝顔をしっかりと見たのはいつ振りだろうか。
 
「…」

 アーサガは無言のまま、俯いた。







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