そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

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「扉閉めてくれる? この子…ちょっと前まで頑張って起きてたから、今は眠らせててあげたいの」

 そうリデに言われてヤヲは静かに扉を閉めた。
 視界の全てが真っ暗な世界へと包まれていく。
 その広さからか、暗さも静かさも冷たさも。ヤヲの部屋とは比べものにはならないほどで。
 彼は不意に、何も見えなくなったあの瞬間―――視力を奪われたあの時の感覚を思い出す。

「あ、気をつけてね…そこにナイフがあるから…」

 と、突如聞こえてきたリデの忠告。
 だが、彼女の言葉も空しく。ヤヲはその直後に何かを蹴ってしまった。
 滑っていく『何か』の音。それは紛れもなく忠告にあったナイフなのだろう。
 ナイフはあっという間に闇の彼方へと消えて行ってしまった。
 
「ごめん」

 ヤヲは慌てて謝罪し、リデが居るだろう方向へと頭を下げた。

「怪我がなければ良いのよ。それに置いといたままにしたニコが悪いんだから」
 
 次いでヤヲはニコが寝ているだろう方に視線を向ける。
 しかし彼女が起きた様子はなく。可愛らしい寝息が聞こえてくるだけ。
 一安心し吐息を洩らすと、ヤヲはゆっくりとその場に座り込んだ。



 視界は未だ暗闇に慣れることはなく。
 一寸先さえも把握出来ず、ヤヲはおもむろに空を掴んでいた。
 と、微かに聞こえてきた足音。
 それはリデのもので、彼女はヤヲが蹴り飛ばしてしまったナイフを回収していた。

「本当によくわかるんだね」
「ええ、音とか匂いとか感覚とか慣れればね…不便だろうっていう人もいるけれど、返ってそう言われる方が苦になるくらいよ」

 そう言いながら彼女は静かにヤヲの隣に座った。
 ニコのナイフは丁寧に専用の鞘へとしまわれる。
 
「その目を治す気はないのかい? チェン=タンの技術ならそれくらい可能だ…」
「そうでしょうね。ロドにもそう勧められたもの…でも、私はこのままで良いの…」

 彼女の顔色は伺い知れない。
 が、ヤヲはその言葉に迷いがあるように感じた。

「怖いのかい?」

 そう、思わず尋ねてしまった。
 リデの返答は無言だった。
 聞いてはいけない質問だったと、彼は直ぐに謝罪しようとした。
 しかし、それよりも早く、彼女の方が口を開いた。

「……怖くないと言えば、嘘になると思う。でもそれ以上に…私はロムを無理やり身体に取り入れたくないの。ロムというのは聖なる神の力であって、人が触れて良いものではないから…」

 リデの言葉は、かつてヤヲが言った言葉そのものだった。
 イニムにとってその言葉は当然の概念であり、信念でもある。
 だからこそ今のヤヲにとって彼女の言葉は、とても痛く突き刺さった。

「知ってる? 昔々、この国を救ったという女王様はロムを操れたらしいの」
「ああ、書物で読んだよ。彼女のみが扱えたその『力』を、彼女のミドルネームである『エナ』と名付けた、とか…」

 すると、リデはおもむろにヤヲへと寄り添う。
 その華奢な身体のせいか、ヤヲは彼女を想像よりも小さく感じていた。

「女王様はもしかすると『ロム使い』だったのかもしれない…けれど、大地を作り替えてしまった結果晶石ロムノーロに閉じ込められた…多分あれはロムを使い過ぎた天罰なのよ…」

 触れているリデの手が、微かに震えていた。
 他に何もない暗闇の中だからこそ感じ取れる、彼女のか弱い怯え。

「この国の人たちはエナを未来に必要な『力』だと思い込んでる…でも、違う。あの力は大地と神に寄り添うからこそ許される『神託』なのよ…使い過ぎればいつか必ず罰が下る……私は、本当はそうなりたくない…だから兵器だって本当は使いたくはない」

 それは、暗闇の奥底に隠していた彼女の本心のように思えた。
 いつもは気丈で知的な、大人の女性でいるリデが垣間見せた一面。
 隣にいる彼女の本当の姿は、誰よりも力に怯え、恐れている普通の少女なのかもしれない。
 ふとそう思い、ヤヲは静かに眼鏡を押し上げる。






    
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