そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

51項

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 レイラとキースがシマの村にやって来たあの騒動から一週間程が経過した。
 その一週間はこれまでよりもあっという間に過ぎ去ってしまい、まさに瞬く間だったとソラは思い返す。
 だがその間していたことと言えば、大したことは何も無く。
 毎朝のロゼとの稽古に、食事は皆と食堂で。その際レイラはとカムフの料理を手伝うようになった。
 他にはソラとレイラの日常茶飯事である口ゲンカをしたり、仲裁に入ったカムフが時折痛手を喰らったり。キースはその様子をオドオドと眺めていたり。
 そんな騒がしい中でもロゼは大体が静観していたり、皮肉を洩らすこともあれば笑うこともあったりした。
 ロゼはこれまで自室で酒を飲んでいたが、今では夕食時に皆の前で飲むようになった。そうして機嫌が良くなると彼はウミ=ズオ冒険譚について語ったこともあった。
 その度にカムフは目を爛々と輝かせ、レイラもキースも興味津々に聞き入っていた。
 そしてそれはソラも同じだった。
 元々そこまで疑り深い性格でもないため、気を許したロゼに懐くまで時間は掛からなかった。
 といっても、ソラが一方的にロゼを信頼するようになっただけで、素直になったわけでもないのだが。
 しかし、そうした信頼感がソラの口を冗舌にさせていった。






「―――ねえ、一つ聞いてもいいかしら…?」

 おもむろにロゼがそう口を開いたのはとある夜のことだった。
 この日も彼はいつものように食堂でワインを嗜んでいる。
 レイラは入浴中であり、キースも就寝のため部屋へと戻っていた。
 カムフは奥で食器を片付けている最中で、つまり食堂内にはロゼとソラしかいない。ちなみにソラはカムフの手伝いというで居残っているが、ただただそのまま帰るのが名残惜しいというか、もの寂しいというか。そんな理由で残っているだけであった。
 
「え…答えられるものなら、まあいいけど…何?」

 怪訝な顔で見つめるソラへ、ロゼはワイングラスを傾けながら言った。

「貴方たちがたまに言うって…何?」

 直後、空いた皿を重ねていたソラの手がピタリと止まる。
 即座に俯き、口を噤むソラ。

「それは……」

 言葉を詰まらせながら、肺腑をえぐる質問だと思わず胸元を掴む。
 ―――
 ソラもカムフも、レイラも時折口に出す単語ワード。その言葉を出す度に顔色を曇らせる彼女たちの様子から、意味自体はロゼも薄々感づいてこそはいた。
 しかし、具体的な内容については誰も一向に口にはしない。
 だからこそロゼは興味が湧いた。それはあくまでも書き手としての純粋な好奇心だった。




「申し訳ないけどロゼさん…それは流石に話せませんよ」

 が、ソラより先に声を上げたのはカムフだった。
 彼は二人の背後から現れるとソラが運ぼうとした皿を代わりにまとめ始める。

「ロゼさんは薄々解ってると思うけど、この村はを切っ掛けにガラリと雰囲気が変わっちゃったんです。昔はもっと旅人―――余所者にも積極的に優しかったんですけど…皆を境に懐疑的になってしまって…」

 しかし『ツモの湯』へ訪れる旅人や客のお蔭で村が潤っている以上、完全に余所者を根絶することも出来ない。
 だから村人たちは旅人や余所者を反対こそしないが、歓迎もしなくなった。極力関わり合わないように距離を置くようになった。カムフはそう話す。
 それはソラも例外に漏れず。出会った当初の自分を思い返し、顔を顰める。
 だがロゼのことに関しては、その奇を衒ったような出で立ちのせいでもあり、誰だって先ず関わろうとはしないだろう。と、ソラは内心自分を肯定する。

「それほどに俺たちにとっては忘れたい忌まわしい出来事で…だからすみません。第三者には話すことは出来ません」

 頭を下げるカムフ。
 彼を横目に見たロゼは、ワインを一口飲み込んでから言った。

「そうね……流石にそれは踏み込み過ぎた話だったわ。ごめんなさい」

 静かにロゼはもう一口とワインを口へ運ぶ。彼の口紅と似たような色の液体が、グラスの中でゆっくりと揺れる。
 ソラはその様子を眺めた後、おもむろに口を開いた。

「……いいよ。話す」
「え、ソラ!?」
「あたしだってのことはまだ夢に見るくらい嫌な記憶だよ。でも…そうだとしても、ロゼを仲間外れにはしたくない」

 『仲間外れ』。
 意外な言葉にカムフだけでなくロゼまでも目を見開く。

「あら…私がその聞いた内容を本に書くかもしれない…なんて思わないの?」
「思わないよ」

 挑発的な、まるでソラの心情を揺さぶるかのような言葉だったが。彼女は迷わず返した。

「なんで、そう思うんだ…?」
「だってウミ=ズオは夢と浪漫がある真実を語ってるんだって、後味の悪い記事なんてほとんど書かないんだって言ったのはカムフじゃん」
「うぐっ…」

 痛いところを突かれたとばかりに胸元を押さえるカムフ。その拍子に皿をうっかり落としてしまいそうになる。
 一方でソラは俯くことなく、先ほどとは打って変わって真っ直ぐにロゼを見つめながら言った。

「それに一番の理由はね……だよ」
…?」
「話しても良いっていうあたしの!」

 至極真面目な顔で頷くソラ。
 揺るぎない彼女の双眸に、カムフは深いため息を吐く。

って…そのパワーワード出しちゃったらもう頑固だからなあ、ソラは…」
「フフン!」

 何故か勝ち誇ったような、得意げな笑みを見せるソラ。
 そんな二人のやり取りを見たロゼは突然、声を上げて笑い出した。

「な…何? あたし変なこと言った?」
「フフ、フフフ…ね……確かにそれは、嫌な言葉だと思って、ね…」

 一体何が気に入ったのか、ツボにはまったのか。わけが解らず思わず顔を見合わせ首を傾げるソラとカムフ。
 ロゼはそんな二人を後目に、暫く笑い続けていた。






    
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