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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
69項
しおりを挟む歪な笑みを浮かべながら灰燼の怪物は目の前で対峙するソラの父———もといダスク・ルーノへ語る。
「先の『第二次ヨォリの争乱』…あれを早期終結に導いたっちゅう生ける英雄がどんなもんか結構楽しみにして此処まで来たったっちゅうのに…それが実際はこないに浅はかで愚かなおっちゃんやなんてなあ…」
「それは…『鍵』を簡単にお前へ手渡したことが、か…?」
「ちゃうちゃう! まあそれも一理あるんやけど。やっぱり英雄も所詮はただの人間…娘のせいで焦りを見せたっちゅうことに対してや」
まるで炎のようにギラギラとした男の熱気が、ダスクを責める。ダスクの額からは自然と汗が噴き出し、静かに息を吞む。
そんな父を見守るように、ソラはその肩口に力強くしがみついた。
「先日此処に来たっちゅうお笑い二人組…近くで待機しとるんやけど。オレな、アイツらと同じく『鍵』を―――おっちゃんらの家族でアマゾナイトのセイラン・ルーノがあっちらこっちらに隠してきた『鍵』を全部回収してこいゆー任務を受けてんねん」
直後、ダスクの表情がより一層と険しくなる。
ソラには何の話なのか付いていけず、困惑した顔のままダスクと灰燼の怪物を交互に見つめた。
「兄さんが、隠してきたもの…?」
「そーや」
灰燼の怪物はその会話を楽しんでいるかのように陽気に。まるで子供のように無邪気に話す。
「組織の話やとここ一月半近く、王国各地に出払ってはなんや怪しい動きぎょーさんしとったそうやな、アンタの兄ちゃん。あるときは何かを何処かに隠して。またあるときは何かを誰かに託して、な」
それはまるであの日、兄から『鍵』を託されたときと同じようだとソラは不意に思った。
「けどな…オレはそもそも思ってたんや。もしかするとホンマは如何にも『鍵』っていう形状はしてない……どうにでも形状が変えられるような代物が『鍵』なんやないかってな…」
「どうして、そう思うの…?」
無意識に出したソラの質問に、灰燼の怪物はにんまりと笑みを浮かべながらナイフを取り出した。
咄嗟に身構えるダスクとソラ。
だが彼が取り出したナイフは二人ではなく、持っていた木箱を刺した。
木箱はメキメキと音を立て、貼り付けてあった板をはがされてしまう。
そうして中から出てきたのは如何にも『鍵』といった形状をしている金属の棒であった。
「マスターに聞いたんや。そしたらマスターは『鍵は鍵だ』とかそれしか言わへん。だから思ったんや…プライドの高いマスターは『鍵の形状なんて知らん!』とは言えず、ただ鍵を回収しろっちゅうだけのアバウトな命令しか出来へんかった…」
そう言いながら灰燼の怪物は木箱から出てきた『鍵』を掌で弄ばせ語る。
「……で、話しを戻すとな。つまりオレはこういった如何にもな鍵を散々回収させられてんねん。ま、こんなん見つけたら普通は『鍵の回収はしたしこれで任務完了や』って安心して帰ってまうからな」
と、直後。灰燼の怪物は『鍵』を投げ捨てた。
弧を描き捨てられたそれは草藁の彼方へと落ちていく。
「で、言いたいことっちゅうのは―――これらはぶっちゃけ偽物なんやないかって話。頭が切れるで有名な奴がばら撒いたにしちゃあ露骨すぎるんでな。でもって、じゃあ本物は何処かっちゅうと…セイラン・ルーノが最も巻き込みたくない人物……つまりは嬢ちゃんが隠し持っとるんやないかってな」
愉快そうに口角を吊り上げ、徐々に声を太くさせて灰燼の怪物は迫ってくる。
「その証拠に嬢ちゃんがやって来た途端。急におっちゃん慌てたようにそこの偽物渡してきたしなあ」
「…それは娘の身を案じるが故の、当然の行動だ」
「ま、その感情もホンマやろうけど。だったらなんで嬢ちゃんに黙って『鍵』を持っとったんや? つまり、その正直そうな嬢ちゃんには全部まで話せへんかったんやろ? 木箱はいざという時のための偽物で、本物の『鍵』は―――違う場所に隠してあるか、嬢ちゃんに黙って持たせてんのとちゃうか…?」
ダスクは懸命に表情を出さないよう、冷静に灰燼の怪物を睨み続ける。
だが、その一方でソラは兄とのあの日の記憶を呼び覚ましていた。
『鍵』だと思われていた物を託されたあの日。
兄セイランからもう一つ、ソラへと渡したものがあった。
「―――あっ」
ソラは正直に反応してしまった。
思わず向けてしまった視線の先。
胸元の、服の中にしまってある兄からのプレゼントを。
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