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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
70項
しおりを挟む服の中にしまってある兄からのプレゼントを思い出したソラ。
彼女の視線がそこへと注がれた瞬間を逃さなかった灰燼の怪物は不気味に笑う。
「なるほど……そこに本物の『鍵』があるんやな…?」
「待て! これが本当に本物の『鍵』かどうかなど、お前たちには判らないのだろう!?」
「こちとら怪しいもんは全部回収して来いっちゅうんが任務なんやで? ま、どのみち今回の任務は『嬢ちゃんを消せ』ゆーもんでな? せやから、そもそも嬢ちゃん含めて全部消してまえばそれでしまいや」
次の瞬間。 灰燼の怪物がソラ目掛けて駆け出した。
咄嗟にダスクが立ち塞がり地面に突き立てていた剣を抜く。
「させるか…!」
が、しかし。鍔迫り合うより早く、灰燼の怪物はダスクが持つ剣の柄を蹴り飛ばした。
ダスクの手からすっぽ抜けてしまった剣は回転しながら何処かの草むらへと落ちていく。
「かつては英雄云われた男も…今や見る影なしのただのおっちゃんやな…」
深いため息をわざとらしく吐き出し、それから灰燼の怪物はダスクを殴りつけた。その勢いにダスクは倒れ込み、殴られた頬はみるみるうちに青く腫れ上がっていく。
「父さん!!」
父を助けようとするも、それよりも先に灰燼の怪物が立ち塞がった。
「堪忍なあ、嬢ちゃんの命も『鍵』も貰ってくわ」
「ヤダ! あたしはどうなったっても…兄さんから貰った宝物だけは……約束された『鍵』だけは誰にも渡すもんか!!」
感情のままにそう叫ぶとソラは思わず近くにあった剣の鞘を握った。
必死に構え、灰燼の怪物を睨む。
だがその手は震えており、まともに剣を扱うことなど到底出来そうになかった。
「恨むんやったら騙して『鍵』を渡したもうたお前の兄ちゃんを恨むんやな……」
灰燼の怪物の手がソラへと伸びる。
「ダ、ダメーッ!!!」
震えながらだがソラは剣を無我夢中で振るった。適当だとしても、ある程度の威嚇にはなるはず。
しかし、めちゃくちゃに振るっていた剣の鞘は灰燼の怪物によって呆気なく吹き飛ばされた。
もう、限界だった。
先日の二人組とは比べ物にならないほどの灰燼の怪物の気迫に、ソラはへたりと座り込む。
これ以上の抵抗は出来そうになく。様々な感情が昂り、目から薄らと涙が込み上げた。
(何であたしは…こんなに、何にも出来ないの…悔しいよ……けど、誰か…誰か助けて―――)
心の中でそう祈りつつも、ソラの脳裏に過る姿はたった一人だった。
それはいつも一緒にいたカムフたちでもなく、大好きな兄でもなく。
(助けて―――ロゼッ!!!)
こうした危機を必ず助けに来てくれた、あの男の姿だった。
―――次の瞬間。
突如、二人を激しい突風が襲った。
思わず吹き飛ばされてしまうかのような豪風。だがその風にソラは覚えがあった。
(あのときと、同じ…)
以前二人組の男たちに襲われた際にもこうした突風が巻き起こり、二人組を吹き飛ばしていた。
今回もそのときと同じく灰燼の怪物は足下を取られ、ニット帽を押さえながら慌てて後退りしていく。
「とっととと! なんやなんやこれは…!?」
灰燼の怪物のその声は驚きに間の抜けたもの、というよりは異質な事態を感じ取って興奮しているといったものだった。
「―――随分と醜い真似してくれたわね…お蔭で村人たちを避難させていて此処に辿り着くまで時間が掛かったじゃない……」
灰燼の怪物と対峙するその先。
暗がりの向こう側から悠々と、しかしながら力強い足取りで姿を現した男。
全身真っ黒な衣装を纏い、その唇には濃いめの赤―――蘇芳色に近い紅を引いたその姿は、紛れもなくソラが望んでいた彼だった。
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