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初めて会った優しい人達
しおりを挟む「さっさと降りろ、魔女め! 」
「きゃっ」
黒い霧が濃く漂う森で、詩萊は乱暴に馬車から降ろされた。
「二度と顔を見せるなよ!まあ、この霧の濃さならすぐに死んでしまうだろうがな」
「いや、お願い、置いて行かないで……! 」
詩萊の言葉もむなしく、馬車は詩萊を置いて走り出す。
詩萊に魔法の才能がないと分かってから、すぐ。無理矢理馬車に詰め込まれた詩萊は、ノーブルヴェインの人々に「死の国」と呼ばれている黒い霧に覆われた隣国へと追放された。
馬車の中ではいじわるな少年の召使いが、脅すように詩萊へ言葉をかけていた。
(私は、いらない子。吸ったら死ぬ霧の中で、じっと待つしかないの。だってここは、どこまで行っても黒い霧があるのだから)
詩萊の心は、とっくにくじけてしまっている。そんな中少しでも気持ちを楽にしようと、詩萊はお母さんとの思い出の歌を歌い始めた。
詩萊の手には、冷たくなってしまったぴいちゃんが大事に抱かれたままだ。
「~♪」
詩萊は震える声で、ペンダントをぴいちゃんと一緒に震える手で包み込んで歌を紡ぐ。
すると、どうしたことだろう。濃かったはずの霧が、さあっと引いていくではないか。それどころか、暖かな何かがふわりと詩萊を包み込むのさえ感じられる。
「え、あれ? 」
そして、霧がすっかり晴れた頃。詩萊は、手の中の存在が暖かいことに気がついた。
「……ぴいちゃん! 」
冷たくなったはずの、ぴいちゃん。そのぴいちゃんが、ちち、と愛らしく返事をしてくれた。それだけで、詩萊の心は暖かな気持ちでいっぱいになる。
「きっと、お母さんが守ってくれてるんだ! 」
(お母さんが守ってくれたのには、きっと意味があるはず。生きなきゃ。人を、探さなきゃ! )
ぴいちゃんと暖かな気配に背中を押された詩萊は、歌を口ずさみ霧を晴らしながら進んでいった。
同じ頃、詩萊のいる森から少し離れた沼地。そこに大人びた一人の少年が立っていた。
「ひどい霧だ……ここは昔、美しい湖だったのに」
美しいラベンダーの髪をひとつに纏め、黒い質素な旅装に青いマントを身に着けた少年は、澄んだ銀の瞳を悲しげに細めて沼地を見る。
少年が沈痛な面持ちでそこを動けないでいると、かすかな歌声が少年の耳に入ってきた。
「なんて、美しい歌声だ」
その歌声に導かれるように、背中を押されるように。少年は歩みを進める。その先で出会ったのは、歌う少女――詩萊だった。
「え、人!?よかった……! 」
霧の中に人を見つけた詩萊は、安心のあまりへたり込む。その様子を見て、大人びた少年は慌てて詩萊に駆け寄った。
「ああ、泥だらけじゃないか!可哀想に。近くに村がある。良かったらそこで温まらないかい?みんな優しいんだ。きっと良くしてくれる」
少年の優しい言葉に、詩萊はやっとの思いで頷く。とほぼ同時に、詩萊は意識を手放してしまった。
くらい、くらい。
息が苦しい。
抜け出せない暗闇の中、詩萊はもがく。ああ、駄目だ。そう思った、その時。
だれかの、暖かい声がした。
「……み、君!大丈夫かい!? 」
「……あ、れ」
きっと詩萊を呼んでいるだろう、必死な声。声にうながされるように、詩萊はそっと目を開けた。
「さっきの、男の人……? 」
「よかった。気がついたんだね」
とてもうなされていて、心配したんだよ。優しい口調で話しかけてくれた美しい少年に、詩萊は慌てて頭を下げる。
「あ、りがとう、ご、ざいます!助けていただいて……! 」
そう言った詩萊の横を、可愛らしい青い鳥がぴぴ、と飛ぶ。そして、詩萊の膝へぽとんと落ち着いた。
「ぴいちゃん! 」
ぴいちゃんの無事にほっとした詩萊は、そこで初めて自分の格好を見る。
着ていたはずのぼろぼろの古着とは違う、素朴で可愛らしい、リボンのついたワンピース。それに、髪の毛もなんだかつやつやしている。
「え、あれ……!? 」
着たこともない素敵な服に手入れをされた髪の毛。その全てに驚いていると、慌てたような少年の声がかかった。
「心配しないで。身支度を整えてくれたのは村の女の子だから。誓って私は触れていないよ」
「は、はい。ありがとう、ございます……? 」
詩萊の言葉に、少年が微笑む。その表情に胸を撫で下ろす詩萊に、少年は変わらぬ優しい口調で状況を話してくれた。
「私の名前はキール。キール・ハートフィルド。訳あってこの村に来ていたのだけれど、最近黒い霧が村の外れで濃くなっていると村の人から聞いてね。調査のためにあそこへ居たんだ。そうしたら、君が居た」
良ければ、君の話を聞かせてくれないかい?食事の後でいいから。そう少年――キールが言うと、キールの後ろの扉が勢いよく開く。
「キールにいちゃん!具だくさんのスープを持ってきたよ!おねえさんに食べさせてあげて! 」
バタン!と元気のいい音とともに入ってきたのは、食事入りのカートを引いた小学校低学年くらいの男の子だった。輝く金髪に、くりくりとした青い目が愛らしい。
「ルト、眠っていた人の前だよ。大きな音をさせるとびっくりさせてしまう」
キールが優しく諭すと、ルトと呼ばれた男の子がてへへ、と手を頭において舌を出した。
その後ろから、ぞろぞろと村人らしい人たちが入ってくる。
「お嬢ちゃん、気分はどうだい?痛いところは? 」
「お洋服、それで良かったかしら?私のお手製スープ、美味しいわよ! 」
「寒くないか?薪、いっぱい用意してるからな! 」
がやがや、がやがや。騒がしくも温かい言葉をかけてくれる村の人たちにまたも驚きを隠せないでいると、村人たちをかき分け白髪にりっぱな髭を生やしたお爺さんが詩萊の元へとやって来た。
「さあ、旅のお方。ここには君を脅かすものはなにもない。事情を話してごらん、われらが力になろう」
温かい言葉、温かいスープ。何より温かい人たち。みんなに囲まれてせきを切ったように泣き出した詩萊は、涙とともに事情を全て吐き出した。
「ノーブルヴェインのやつら、なんてひどい……! 」
「さぞ辛かったろう、心細かったろう。ずうっとここにいてもいいんじゃよ、シーラ」
「シーラねえちゃん、そんなひどいやつら忘れて僕の家においでよ!一緒に遊ぼう! 」
事情を話し終えた後、憤慨してくれるみんなに、詩萊は心がぽかぽかと温まるのを感じる。しかし。
「ありがたいお話だけど、私お金もなにもないんです。そこまでお世話になれません」
詩萊がそう言うやいなや、ぶーぶー、と可愛らしいブーイングが響き渡った。
「だめだよ、エンリョしちゃ。シーラねえちゃんは僕と遊ぶんだい! 」
「これ、ルト! 」
「だって、お爺ちゃん」
ルトをたしなめた立派な髭のお爺さん――村長が、詩萊へまっすぐに向き直る。
「若いもんが、そんなことは気にせんでいいんじゃよ。じじいのおせっかい、もしありがたくも受け取ってくれるなら、いつか誰かにおせっかいを返してあげておくれ」
村長の言葉に、みんなも、ルトも、キールも頷く。
(私なんかが、こんなに優しくしてもらっていいのかな。暖かくしてもらっていいのかな)
悩みながらもみんなの好意を受け取ろうとした、その瞬間。ばたり、と音を立てて。先程まで詩萊に懐いてくれていたルトが倒れ込んだ。
「ルト! 」
「ルト君! 」
村人やキール、詩萊の呼ぶ声に応えることもできず、ルトはヒューヒューと荒い呼吸を繰り返す。
「まさか……! 」
そう言ってキールが袖をまくったルトの腕には、真っ黒いあざのようなものが広がっていた。
「ああ、ルト。嘘だと言っておくれ……! 」
あざを見た村長が、立っていられず座り込む。村人やキールも、鎮痛な面持ちで重い空気になったのを、詩萊は痛いほど感じ取った。
(どうしたんだろう。あのあざ、そんなに深刻なものなの!? )
状況を飲み込みきれていない詩萊に、気落ちしたキールが口を開く。
「君は知らなくても無理はない。これは黒い霧が人体に入った時の末期症状だ。命も……あとどのくらい持つか……! 」
悔しげに歪められたキールの表情から、深刻さが恐ろしいほどにつたわってくる。
何も言えずにいる詩萊の耳に、かすかにルトの声が届いた。
「ごめ、なさ……みんなが、かなしむから。いえなくて」
「ああ、喋らなくていいんじゃ。おまえはなにも悪くない!ルト、ルト……! 」
村長の悲痛な声が、部屋に響く。悲しみに満ちた部屋の中、詩萊はドクン、ドクンと自らの心臓が大きく鳴るのを感じていた。
(もしかすると、もしかしたら……私の歌で、助けられるかも、しれない? )
詩萊の歌は、たしかに森の黒い霧を晴らしたのだ。ルトのあざに効果があっても、なんら不思議ではない。しかし。
もし違ったら、みんなをがっかりさせてしまう。嫌われて、しまうかもしれない。追い出されるかもしれない。
そう思うと、なかなか一歩が踏み出せなかった。
(私は、なんて情けないの……! )
そんな思いが押し寄せて唇を噛む詩萊の横で、ふ、と暖かな気配がする。
「シーラ」
「キール、さん? 」
詩萊の様子に部屋で唯一気がついた暖かな気配の持ち主――キールは、そっと微笑んで詩萊に語りかけた。
「シーラ、そんなに噛んでは傷になってしまうよ。なにかを言いたいのなら、遠慮せず言ってご覧。何があっても、私が受け止めよう」
こんな状況で、私のことまで。キールの気遣いに背中を押された詩萊は、勇気を出して声を上げた。
「このあざ、私がなんとかできるかも知れません!私に……ルト君を任せて貰えませんか!? 」
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