王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
42 / 150

冗談と本気

しおりを挟む
自分でも大胆なことを言ったと思う。ほんの少しもありえないことであるから吹っ切れて言ってしまったのかもしれない。

まあリチャード殿下の隣にいられないのなら、このくらいのからかいは許して欲しい。昨夜の仕返しだ。

少なくなった自分のカップに紅茶を追加で注ぐ。熱い湯気が一瞬視界を奪った。

「──だったら」

「はい?」

「来年だったら……いけるんだけど」

とても残念そうに、大真面目に、リチャード殿下はハンカチを拾い上げながら言った。
おかげでポットを落としてしまいそうになる。

──リチャード殿下は何を言っているの? 冗談? それにしては度が過ぎてない? 私以外の令嬢だったら真に受けるわよ。

口に出す事は出来ないので頭の中で突っ込む。
そんなエレーナの胸中を知らず、リチャード殿下はそのまま話す。

「今年は……ジェニファー王女が僕のクイーンで、今から取り替えられればいいんだけど……さすがに無理だから」

顎に手を当てながら真剣な目付き。どうやら本気のようだ。そうエレーナには見て取れた。

そういえばまだ隣国の王女殿下はこの国に滞在していたのか。すっかりエレーナは忘れていた。

リチャード殿下の言っていた、ジェニファー王女の用事とは何なのだろうか。詮索するのは野暮だし、エレーナが知っていいことでないので聞いたりはしないが……。

そもそも他国の王女がクイーンになるなんて聞いたことがない。例外? 特例? よく分からないが王家側の意図があるのだろう。

けれど花嫁はジェニファー王女では無いと殿下も仰ってた。他に何かあるとしたら……国境や協定、貿易関連だろうか。それなら尚更エレーナが首を突っ込む案件ではない。

「冗談ですので謝る必要はないです」

音を立てて角砂糖を入れた。注いだばかりの紅茶はまだ熱くて、直ぐに砂糖が溶けていく。ふんわりと砂糖の甘い匂いが漂った。
傍に控えていたリリアンに花束を渡して、部屋に置いてくるよう指示をする。

──殿下のクイーンなんて幻にもならない夢ものがたり。

来年にはエレーナは婚約している。そしたらリチャード殿下のクイーンになんてなれない。それに殿下の元にも花嫁が嫁ぎに来るだろう。

「冗談にするつもりないけど……」

リチャードの呟いた言葉は、エレーナによって追加された角砂糖が、紅茶の中に落ちる音で掻き消えた。

少しの間沈黙が包む。ボーンボーンと昼を告げる大時計が鳴り、エレーナは口を開いた。

「昼食を食べていかれますか?」

昼を跨ぐことになるのではないかと思い、念の為食材の用意はしてある。肉と魚とパスタ。どんな種類の料理でもいけるようデュークが手配していた。
シェフ達も厨房でスタンバイしているか、先に予想して作り始めている頃合いだろう。

「いや、直ぐに帰るから──」
「いいのかい? ありがとう」

断りを入れようとしたリチャードの口を塞いで、アーネストが返事をした。

何をするんだとリチャードはアーネストに視線を送るが、アーネストは無視をした。

「勿論ですよ。では用意致しますね。少々お待ちくださいませ」

エレーナが居なくても使用人達は完璧に用意してくれるだろうが、一応指示しなければならない。
食べる場所は食堂でもいいが、今日はそれほど暑くなく、天気もいいので外で食べるのもいいかもしれない。

考えながら車椅子に乗り移ろうとすると、リリアンに手を差し出される。このぐらいなら歩いてもいいだろうに、リリアンは許してくれないのだ。
絶対に主人を歩かせないという強い意志を感じる。

仕方なくリリアンに身を委ね、抱き抱えられて乗り移る。

「それでは一旦失礼します」

エレーナが2人置いて退出すると、リチャードはアーネストの足を踏んだ。

「痛っ! 何をするんだいきなり」

思わず足をアーネストはさする。

「──このためにここに来たのか」

エレーナには絶対に向けないであろう、冷たい表情がそこには浮かんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

処理中です...