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執務室に訪れた人
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一夜明け、休暇日だったはずのアーネストがリチャードの執務室に現れたのは、朝というにはまだ少し早い時間帯のこと。
「朝早くからご苦労さまだな。リチャード」
万年筆を羊皮紙に滑らせていたリチャードは顔を上げた。
「アーネストか……なんだ。今は機嫌がよくない。出ていってくれ」
手で払う仕草をして、再び書類に目を落とす。
「この山はなんだ? 今日の分か?」
「そこにある山はギルベルト達の仕事だ。私の分はもう終わらせている」
机上に高く積まれた書類の束。いつもの倍はあるのではないか。アーネストはギルベルトの涙目の姿が容易に想像できて、心の中で同情した。
◇◇◇
エレーナが帰ったと報告を受けたあと、リチャードはギルベルトを問い詰めた。
ギルベルトは、何もされてないのにまるで精神的な拷問を受けているようで、知ってることを洗いざらい吐いた。
──エレーナは結婚したいようです。理由は知らないですけど出来れば早く婚約を結ぼうとしているみたいですよ。
子鹿のように震えながら、彼はエリナから聞いたことと、元から知っていたことを口に出した。
バレバレだったが、やはり彼女は婚約者を探しに行こうとしていたらしい。悲しいことにその候補にはリチャードは入ってない。
入ってたらそれはそれで嬉しいだろうしストッパーが効かなくなってしまうが、入ってなくても別にいい。
ほんの少し……いや、結構辛いが、本気で他の人と婚約を結ぼうとするなら容赦なくその話を潰すつもりだった。
大半の貴族の弱みは握っているし、嫌な立ち位置だが自分は王太子だ。父上の次にこの国で権力を握っていると言っても過言ではない。
貴族同士の婚約は父上の許可がなくては成立しない。理由は簡単。ひとつの派閥が飛び抜けたりするのを防ぐためだ。そして派閥争いが過激になり、内戦に発展しないようコントロールする。
そんなことを言ってもほとんどの婚約はそのまま許可される。
却下されるのは──滅多にない。
他の者との婚約は妨害するつもりなくせに、自分からは告白できていないリチャード。
想いを告げて、拒絶されることが怖かった。けれど手放すつもりは無い──なんという矛盾した言動だろうか。
エレーナは可哀想だと思う。こんなめんどくさい自分に目をつけられ、執着されているのだから。
良いのか悪いのか。エレーナは一向にリチャードの気持ちに気づいてくれない。
親しい者からは、エレーナに対する態度でわかりやすいとよく言われる。
リチャード自身も、エレーナとふたりだけの場ではそういう態度をわざとしているつもりだった。
なのに彼女の前では、まるでリチャードの気持ちは透明になってしまったかのようにすり抜けていく。
エレーナとは今まで相手にしてきた数多の令嬢達より一緒にいる時間が長いはずなのに……だ。
小さい頃はまだ良かった。リチャードに対して愛らしい微笑みしか向けてこなかったから。自分だって優しい兄のように振舞っていればそれだけで良かった。
だが最近はリチャードの前で悲しそうにしていることが多いのが気掛かりだった。
エレーナは既にこの国の結婚の適齢期を過ぎ始めている。彼女の周りの友人達も結婚している。ギルベルトが吐いたように、早く結婚しようとするのは必然と言ってしまえば必然だった。
だが、エレーナの行動は不自然すぎた。
自分から婚約を結ぶような素振りを見せてなかったのに、ここに来て急に急ぎ始めたのだ。不自然以外の何物でもない。適齢期内で結婚したいのであればもっと早くから焦っていてもいい。
何故、と思っても本人に聞くことはできなかった。
そして好きであるのに、今のいままでエレーナに直接好きだと言えなかった理由は他にもあった。
「朝早くからご苦労さまだな。リチャード」
万年筆を羊皮紙に滑らせていたリチャードは顔を上げた。
「アーネストか……なんだ。今は機嫌がよくない。出ていってくれ」
手で払う仕草をして、再び書類に目を落とす。
「この山はなんだ? 今日の分か?」
「そこにある山はギルベルト達の仕事だ。私の分はもう終わらせている」
机上に高く積まれた書類の束。いつもの倍はあるのではないか。アーネストはギルベルトの涙目の姿が容易に想像できて、心の中で同情した。
◇◇◇
エレーナが帰ったと報告を受けたあと、リチャードはギルベルトを問い詰めた。
ギルベルトは、何もされてないのにまるで精神的な拷問を受けているようで、知ってることを洗いざらい吐いた。
──エレーナは結婚したいようです。理由は知らないですけど出来れば早く婚約を結ぼうとしているみたいですよ。
子鹿のように震えながら、彼はエリナから聞いたことと、元から知っていたことを口に出した。
バレバレだったが、やはり彼女は婚約者を探しに行こうとしていたらしい。悲しいことにその候補にはリチャードは入ってない。
入ってたらそれはそれで嬉しいだろうしストッパーが効かなくなってしまうが、入ってなくても別にいい。
ほんの少し……いや、結構辛いが、本気で他の人と婚約を結ぼうとするなら容赦なくその話を潰すつもりだった。
大半の貴族の弱みは握っているし、嫌な立ち位置だが自分は王太子だ。父上の次にこの国で権力を握っていると言っても過言ではない。
貴族同士の婚約は父上の許可がなくては成立しない。理由は簡単。ひとつの派閥が飛び抜けたりするのを防ぐためだ。そして派閥争いが過激になり、内戦に発展しないようコントロールする。
そんなことを言ってもほとんどの婚約はそのまま許可される。
却下されるのは──滅多にない。
他の者との婚約は妨害するつもりなくせに、自分からは告白できていないリチャード。
想いを告げて、拒絶されることが怖かった。けれど手放すつもりは無い──なんという矛盾した言動だろうか。
エレーナは可哀想だと思う。こんなめんどくさい自分に目をつけられ、執着されているのだから。
良いのか悪いのか。エレーナは一向にリチャードの気持ちに気づいてくれない。
親しい者からは、エレーナに対する態度でわかりやすいとよく言われる。
リチャード自身も、エレーナとふたりだけの場ではそういう態度をわざとしているつもりだった。
なのに彼女の前では、まるでリチャードの気持ちは透明になってしまったかのようにすり抜けていく。
エレーナとは今まで相手にしてきた数多の令嬢達より一緒にいる時間が長いはずなのに……だ。
小さい頃はまだ良かった。リチャードに対して愛らしい微笑みしか向けてこなかったから。自分だって優しい兄のように振舞っていればそれだけで良かった。
だが最近はリチャードの前で悲しそうにしていることが多いのが気掛かりだった。
エレーナは既にこの国の結婚の適齢期を過ぎ始めている。彼女の周りの友人達も結婚している。ギルベルトが吐いたように、早く結婚しようとするのは必然と言ってしまえば必然だった。
だが、エレーナの行動は不自然すぎた。
自分から婚約を結ぶような素振りを見せてなかったのに、ここに来て急に急ぎ始めたのだ。不自然以外の何物でもない。適齢期内で結婚したいのであればもっと早くから焦っていてもいい。
何故、と思っても本人に聞くことはできなかった。
そして好きであるのに、今のいままでエレーナに直接好きだと言えなかった理由は他にもあった。
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