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寝不足の理由
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それは元からルイス公爵家と王家の距離が近いのもあって、貴族の不満の矛先がエレーナに向く可能性があったこと。
仮に婚約を結べるとしても、周りがやかましく、横槍を入れてくる。それが目に見えていた。
そうなるとエレーナに危害を加える者が現れても仕方がない。それは目に見える形であったり、裏で悪い噂を立てられたり。
悪意は中途半端に叩くのではダメだ。返って燻り、大きくなって戻ってくるから。
だから一気に叩き潰し、抑えつける力が必要なのだが、リチャードはまだ貴族を抑える力を持っていなかった。
自分は上に立つ者。悪意などを跳ね返す力があるのだと周りに示さなければ、エレーナに想いを告げるなんてできるはずがなかったし、するつもりもなかった。
リチャードはエレーナを傷つけたい訳ではないのだからその考えにいたるのは当たり前だったのだ。
ようやく地盤が固まってきて、自分が勝手に動いても文句や嫌味を言われなくなってきた昨今。エレーナにはまだ気がついてもらえていないが、もっと彼女に対して行動を示せば分かってもらえるだろう。そう思って動こうとしたら、突然父から放り投げられたとある問題。
おそらく自分よりも息子であるリチャードにやらせた方が上手く運ぶと思われたのだろう。はっきり言って、父だとどこかでヘマをする可能性が高い案件だった。といってもリチャードに投げる案件ではないと思うが。
リチャードは仕方なくそれを引き受け、ここ1年ほど裏と表、どちらでも時間を割いていた。
それがようやくカタがつきそうで、周りが結婚しろとうるさくなってきた今年こそは……と思った。
だからデビュタントのファーストダンス以来、あえて誘わなかったダンスに誘ったのだが……。
──レーナの顔に浮かんだのは困惑と悲しみだった。
リチャードは権力を笠に着てエレーナを誘ったようなもの。彼女は王子である自分の誘いは断れない。それに対してだろうか。まるで踊りたくないような。誘われて迷惑のような──泣きそうな表情だった。
必死に彼女は隠そうと下を向いたり瞳を伏せたりしていたが、ずっと片想いしているのだ。リチャードに分からないはずがない。
普段なら何とも思わないのだが、あの時は何故か黒い感情が燻ってしまって、目線を合わせずリチャードが立ち去るのを待っているエレーナの耳元に、八つ当たりのように呟いてしまった。
言った後にひどく後悔した。なぜあんなことを言ってしまったのだろうかと。感情の制御ができなかった自分自身が許せなかった。
そのあとも他の令嬢の相手をしながらエレーナを見ていた。彼女はずっと何かを考えているようで、壁の花になっていた。
そのまま舞踏会が終わるまでじっとしていればいいものの、彼女はそうはいかない。
顔を上げたエレーナの見つめる先は隣のフロアで、子息達しかいない場所。
くるりと翻ったドレスの間から見えた包帯を巻いた足に加えて、歩みを進めるエレーナを見つけてしまってはリチャードは動かずにいられない。気付けば彼女の腕を掴んでいた。
一瞬怯え、困惑し、口を滑らせたエレーナ。
必死に誤魔化そうとしていたが無駄である。行かせたくなくて、なぜ自分を見て悲しそうにするのか知りたくて、彼女の怪我を口実に抱き上げた。
最初、からかうつもりはなかったのだ。けれどすっぽりと腕の中に入った華奢な彼女は顔を真っ赤にしていて、自分がそうさせたのだと思うとなんだかとても気分が良くて、もっと赤くさせたかった。
『うぅ……意地悪してますね────リー』
とても小さな声で放たれた自分の愛称。近頃では呼ばれることはなかった言葉。思わず口元が緩みそうになった。いや、多分緩んでいた。
そうやってさり気なく……とは言えないが、エレーナを回収し、一旦控え室に連れて行って舞踏会の会場に戻る。
リチャードは、待っていてと言ってもエレーナが居なくなるだろうと予想していた。だからすぐに控え室に行った。しかしそこに居たのはソファに座っているメイリーンのみ。
『──あの方、多分勘違いされていますよ。だって私が殿下の花嫁だと思っていますもの』
そうリチャードに昨日言い放った部下は、呆れと憐れみを持って自分を見ていた。
いま正面にいる従兄弟もそれを聞いて笑っていたし、本当に最近臣下達は主のリチャードに対して生意気だ。
だが怒るに怒れない。気づいてもらえないのは事実であって、きちんと気持ちを伝えられていないのはリチャードのせいだから。
舞踏会が終わり、貴族達が全員王宮から出ていったあと、リチャードは自室に戻った。
大人のリチャードが寝転びながら手を伸ばしても端に届かないほど大きな寝台。天井を見上げながら悲しそうな彼女を想像すると心の臓が冷えていく。
──もしかして……嫌われた? いやまさか。
グルグルと永遠にそんなことを考えてしまって、気がつけば微かに空が白くなり始めていた。
朝まではまだ時間があったが、寝られそうにもない。仕方ないので書類を片付けようと執務室にいき、アーネストが来るまで黙々と片付けていた。
仮に婚約を結べるとしても、周りがやかましく、横槍を入れてくる。それが目に見えていた。
そうなるとエレーナに危害を加える者が現れても仕方がない。それは目に見える形であったり、裏で悪い噂を立てられたり。
悪意は中途半端に叩くのではダメだ。返って燻り、大きくなって戻ってくるから。
だから一気に叩き潰し、抑えつける力が必要なのだが、リチャードはまだ貴族を抑える力を持っていなかった。
自分は上に立つ者。悪意などを跳ね返す力があるのだと周りに示さなければ、エレーナに想いを告げるなんてできるはずがなかったし、するつもりもなかった。
リチャードはエレーナを傷つけたい訳ではないのだからその考えにいたるのは当たり前だったのだ。
ようやく地盤が固まってきて、自分が勝手に動いても文句や嫌味を言われなくなってきた昨今。エレーナにはまだ気がついてもらえていないが、もっと彼女に対して行動を示せば分かってもらえるだろう。そう思って動こうとしたら、突然父から放り投げられたとある問題。
おそらく自分よりも息子であるリチャードにやらせた方が上手く運ぶと思われたのだろう。はっきり言って、父だとどこかでヘマをする可能性が高い案件だった。といってもリチャードに投げる案件ではないと思うが。
リチャードは仕方なくそれを引き受け、ここ1年ほど裏と表、どちらでも時間を割いていた。
それがようやくカタがつきそうで、周りが結婚しろとうるさくなってきた今年こそは……と思った。
だからデビュタントのファーストダンス以来、あえて誘わなかったダンスに誘ったのだが……。
──レーナの顔に浮かんだのは困惑と悲しみだった。
リチャードは権力を笠に着てエレーナを誘ったようなもの。彼女は王子である自分の誘いは断れない。それに対してだろうか。まるで踊りたくないような。誘われて迷惑のような──泣きそうな表情だった。
必死に彼女は隠そうと下を向いたり瞳を伏せたりしていたが、ずっと片想いしているのだ。リチャードに分からないはずがない。
普段なら何とも思わないのだが、あの時は何故か黒い感情が燻ってしまって、目線を合わせずリチャードが立ち去るのを待っているエレーナの耳元に、八つ当たりのように呟いてしまった。
言った後にひどく後悔した。なぜあんなことを言ってしまったのだろうかと。感情の制御ができなかった自分自身が許せなかった。
そのあとも他の令嬢の相手をしながらエレーナを見ていた。彼女はずっと何かを考えているようで、壁の花になっていた。
そのまま舞踏会が終わるまでじっとしていればいいものの、彼女はそうはいかない。
顔を上げたエレーナの見つめる先は隣のフロアで、子息達しかいない場所。
くるりと翻ったドレスの間から見えた包帯を巻いた足に加えて、歩みを進めるエレーナを見つけてしまってはリチャードは動かずにいられない。気付けば彼女の腕を掴んでいた。
一瞬怯え、困惑し、口を滑らせたエレーナ。
必死に誤魔化そうとしていたが無駄である。行かせたくなくて、なぜ自分を見て悲しそうにするのか知りたくて、彼女の怪我を口実に抱き上げた。
最初、からかうつもりはなかったのだ。けれどすっぽりと腕の中に入った華奢な彼女は顔を真っ赤にしていて、自分がそうさせたのだと思うとなんだかとても気分が良くて、もっと赤くさせたかった。
『うぅ……意地悪してますね────リー』
とても小さな声で放たれた自分の愛称。近頃では呼ばれることはなかった言葉。思わず口元が緩みそうになった。いや、多分緩んでいた。
そうやってさり気なく……とは言えないが、エレーナを回収し、一旦控え室に連れて行って舞踏会の会場に戻る。
リチャードは、待っていてと言ってもエレーナが居なくなるだろうと予想していた。だからすぐに控え室に行った。しかしそこに居たのはソファに座っているメイリーンのみ。
『──あの方、多分勘違いされていますよ。だって私が殿下の花嫁だと思っていますもの』
そうリチャードに昨日言い放った部下は、呆れと憐れみを持って自分を見ていた。
いま正面にいる従兄弟もそれを聞いて笑っていたし、本当に最近臣下達は主のリチャードに対して生意気だ。
だが怒るに怒れない。気づいてもらえないのは事実であって、きちんと気持ちを伝えられていないのはリチャードのせいだから。
舞踏会が終わり、貴族達が全員王宮から出ていったあと、リチャードは自室に戻った。
大人のリチャードが寝転びながら手を伸ばしても端に届かないほど大きな寝台。天井を見上げながら悲しそうな彼女を想像すると心の臓が冷えていく。
──もしかして……嫌われた? いやまさか。
グルグルと永遠にそんなことを考えてしまって、気がつけば微かに空が白くなり始めていた。
朝まではまだ時間があったが、寝られそうにもない。仕方ないので書類を片付けようと執務室にいき、アーネストが来るまで黙々と片付けていた。
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