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裏側(1)
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「ミュリエル王妃が用意周到というか……リチャード殿下が王宮に着く前に既に整えてたらしい。客室の方だと外が騒がしいのと、こちらの方が警備上安全だから」
話を聞く限りもっと前からこの部屋は存在していたようだが、ルドウィッグは言わなかった。
「結局あれは何だったのですか。なぜルルクレッツェの王子が──」
いきなり誘拐され、いきなりメイリーンに暴露され、いきなり殺されそうになった。今もまだ、彼らの声が脳裏で再生されそうになる。
舐め回すような視線を思い出し、無意識に震えると、それに気がついたルドウィッグがエレーナの手を包むように握った。
「大丈夫。全員捕まっているからエレーナが彼らを見ることは一生ない」
(そういうことではないのだけど……)
「メイリーン様は?」
「──無事。ピンピンしている。君を1人にして怪我をさせてしまったことを悔いていた。先に会話ができるようだったら、謝っておいて欲しいと言われた」
ルドウィッグの代わりにリチャードが答えた。
「……良かった。メイリーン様に伝えてください。私が怪我したことに悔やまなくていいと」
自分が彼女の足でまといだったのだ。あの大人数を相手にしていたのに怪我がないメイリーンはエレーナと別次元の人に感じる。
「あと、私──」
一週間眠り続けたからだろう。続けて言葉を発しようとすると激しく咳き込んでしまった。
そんな愛娘を見て、ルドウィッグは背中を優しく摩った。
「エレーナ、また後で話そう。時間は沢山ある。まだ目が覚めたばかりだろう? もう少し休みなさい」
そう言って、ルドウィッグの手が問答無用でエレーナの目の上に覆いかぶさった。エルドレッドもエレーナから離れ、乱れたシーツを整える。
「は……い」
家族が言わなくても、体力を消費していてまだ本調子ではなかったエレーナ。視界が暗くなると眠気が襲い、そのまま再び夢の中に入っていった。
すぅすぅと安らかな寝息を立てながら眠りについた愛娘の頭をルドウィッグは撫でた。
「──殿下、今後このようなことは起こらないようにしてください」
鋭い声でルドウィッグはリチャードに言った。
怒っている訳では無いが、仮にもこの殿下のせいで愛娘が巻き込まれたのだ。口調が強くなってしまうのは許して欲しかった。
あの日、緊急事態だとして終了よりも前に鳴らされた喇叭。天幕まで戻ってくるとそこにはこんこんと眠り続ける妻と大勢の女性達。
困惑とともに家族の元へ戻っていく男性陣が多数だった。もちろんルドウィッグとエルドレットもその中の一人で、慌てて寝かされているヴィオレッタに駆けていった。
「どういうことだ! なぜこんなことになっている! 責任者は」
愛娘を胸に抱きしめ、怒り狂った子爵が声を荒あげる。
「寝返って逃げましたよ」
凛と通った声がその場を収めた。
「クラウス卿どういうことだ」
黒いマントをはためかせながらナイト達──男性陣の前に現れたのは、副団長であるクラウスを筆頭にした黒の騎士団。会場警備をしていたはずの者達だ。
「ギャロット辺境伯は反旗を翻して、ルルクレッツェの第1王子についたんです。ジェニファー王女を連れ去ってね。だからここに主催者はだーれもいません」
心底困った。というふうに肩を竦めて言ったのは、横から現れたコンラッド。
「親族はいますが、彼らはこの件だけに限っては知らないようですしねぇ。まあ知らなくても意味ないんですが」
奥の方で小さくなっている者を射抜きながらコンラッドは言う。
「──ギャロット一族の身柄はこの時をもって拘束されます。抵抗する者は逆賊とみなしますので大人しく捕まってください」
正式な書類を前に掲げる。それは罪状と、一族全員を例外なく拘束し、逮捕するという内容のものだった。
気がつけば騎士たちが周りを囲っている。ギャロット一族の中には逃亡を図るものもいたが、容赦なく騎士によって地面に組み伏せられた。
ルドウィッグは困惑していた。彼とてこの国では中枢の役職に就いている。黒の騎士団がギャロット一族を拘束するのは知っていた。その令状作ったのは王子から命令された自分たちなのだから。
だが、この現状は予想外であった。事前に聞いた話と違うところがある。
「クラウス卿、なぜ妻達がこのような状態になっているのですか! 話が違います!」
ルドウィッグが聞かされていたのは、〝ギャロット一族が人身売買の件で拘束される〟ただそれだけであったのである。
なので辺境伯がいないという状況は想定外であるし、妻が寝ていて、エレーナの姿が見えないのはおかしかった。
「違いません。殿下があえて言わなかっただけなので。クイーンの方々が寝ているのはギャロット辺境伯の仕業です」
すまなそうにしながらもクラウスはキッパリと言った。
話を聞く限りもっと前からこの部屋は存在していたようだが、ルドウィッグは言わなかった。
「結局あれは何だったのですか。なぜルルクレッツェの王子が──」
いきなり誘拐され、いきなりメイリーンに暴露され、いきなり殺されそうになった。今もまだ、彼らの声が脳裏で再生されそうになる。
舐め回すような視線を思い出し、無意識に震えると、それに気がついたルドウィッグがエレーナの手を包むように握った。
「大丈夫。全員捕まっているからエレーナが彼らを見ることは一生ない」
(そういうことではないのだけど……)
「メイリーン様は?」
「──無事。ピンピンしている。君を1人にして怪我をさせてしまったことを悔いていた。先に会話ができるようだったら、謝っておいて欲しいと言われた」
ルドウィッグの代わりにリチャードが答えた。
「……良かった。メイリーン様に伝えてください。私が怪我したことに悔やまなくていいと」
自分が彼女の足でまといだったのだ。あの大人数を相手にしていたのに怪我がないメイリーンはエレーナと別次元の人に感じる。
「あと、私──」
一週間眠り続けたからだろう。続けて言葉を発しようとすると激しく咳き込んでしまった。
そんな愛娘を見て、ルドウィッグは背中を優しく摩った。
「エレーナ、また後で話そう。時間は沢山ある。まだ目が覚めたばかりだろう? もう少し休みなさい」
そう言って、ルドウィッグの手が問答無用でエレーナの目の上に覆いかぶさった。エルドレッドもエレーナから離れ、乱れたシーツを整える。
「は……い」
家族が言わなくても、体力を消費していてまだ本調子ではなかったエレーナ。視界が暗くなると眠気が襲い、そのまま再び夢の中に入っていった。
すぅすぅと安らかな寝息を立てながら眠りについた愛娘の頭をルドウィッグは撫でた。
「──殿下、今後このようなことは起こらないようにしてください」
鋭い声でルドウィッグはリチャードに言った。
怒っている訳では無いが、仮にもこの殿下のせいで愛娘が巻き込まれたのだ。口調が強くなってしまうのは許して欲しかった。
あの日、緊急事態だとして終了よりも前に鳴らされた喇叭。天幕まで戻ってくるとそこにはこんこんと眠り続ける妻と大勢の女性達。
困惑とともに家族の元へ戻っていく男性陣が多数だった。もちろんルドウィッグとエルドレットもその中の一人で、慌てて寝かされているヴィオレッタに駆けていった。
「どういうことだ! なぜこんなことになっている! 責任者は」
愛娘を胸に抱きしめ、怒り狂った子爵が声を荒あげる。
「寝返って逃げましたよ」
凛と通った声がその場を収めた。
「クラウス卿どういうことだ」
黒いマントをはためかせながらナイト達──男性陣の前に現れたのは、副団長であるクラウスを筆頭にした黒の騎士団。会場警備をしていたはずの者達だ。
「ギャロット辺境伯は反旗を翻して、ルルクレッツェの第1王子についたんです。ジェニファー王女を連れ去ってね。だからここに主催者はだーれもいません」
心底困った。というふうに肩を竦めて言ったのは、横から現れたコンラッド。
「親族はいますが、彼らはこの件だけに限っては知らないようですしねぇ。まあ知らなくても意味ないんですが」
奥の方で小さくなっている者を射抜きながらコンラッドは言う。
「──ギャロット一族の身柄はこの時をもって拘束されます。抵抗する者は逆賊とみなしますので大人しく捕まってください」
正式な書類を前に掲げる。それは罪状と、一族全員を例外なく拘束し、逮捕するという内容のものだった。
気がつけば騎士たちが周りを囲っている。ギャロット一族の中には逃亡を図るものもいたが、容赦なく騎士によって地面に組み伏せられた。
ルドウィッグは困惑していた。彼とてこの国では中枢の役職に就いている。黒の騎士団がギャロット一族を拘束するのは知っていた。その令状作ったのは王子から命令された自分たちなのだから。
だが、この現状は予想外であった。事前に聞いた話と違うところがある。
「クラウス卿、なぜ妻達がこのような状態になっているのですか! 話が違います!」
ルドウィッグが聞かされていたのは、〝ギャロット一族が人身売買の件で拘束される〟ただそれだけであったのである。
なので辺境伯がいないという状況は想定外であるし、妻が寝ていて、エレーナの姿が見えないのはおかしかった。
「違いません。殿下があえて言わなかっただけなので。クイーンの方々が寝ているのはギャロット辺境伯の仕業です」
すまなそうにしながらもクラウスはキッパリと言った。
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