84 / 150
裏側(2)
しおりを挟む
「な……に?」
「女性の方々に出された紅茶と、昼休憩後の時間帯を楽しませるため持ち込まれたアロマの作用です」
部下から手渡された物──左手にアロマポット、右手に紅茶缶を持ちながらクラウスは話を続ける。
「カランド公爵令嬢がこの手の薬草類に詳しいので詳細は令嬢が話してくれます」
さっと横にクラウスは避け、後ろにいたアレクサンドラが1歩前に出る。突如現れた唯一、眠りについていない令嬢に注目が集まる。
「あー、えっと、アレクサンドラ・カランドです。クラウス卿が持っている紅茶とアロマ、どちらも個々に楽しめば大丈夫な薬草が使われているんですが、一緒に使うと強力な睡眠作用があるのです」
尻込みしながらもアレクサンドラは続ける。
「ですが、身体には大きな悪影響は起きません。副作用なく目が覚めますよ。あと2時間ほど待てば……ですが」
「──名前は」
一人が発した。
「え?」
「だからその使われた薬草の名前を教えてくれ。輸入輸出、市場売買禁止にしてやる」
静かに怒り狂っていたのは経済を担当していて、ルドウィッグもよく知っているバトラー侯爵だった。
「えーと、禁止するも何も、希少価値が高すぎて普通は売買できるほど市場に出回っていなくてですね……オークションの目玉にするために確保するのも厳しいほどで……」
「いいから」
「茶葉がルオンミーレで、アロマの方はプチグレンです。どちらも生産国はルルクレッツェです」
アレクサンドラは言い終わると、バトラー侯爵の勢いに怯えながら後ろに戻っていった。
ルドウィッグは茶葉の方にだけ聞き覚えがあった。だが、アレクサンドラが言った通り希少であり、公爵である自分でさえ手に入れることが出来ない。名前だけ知っている代物だ。
この国でも飲んだことがある者は、下手したらいないのではないだろうか。
バトラー侯爵の怒りに蹴落とされ、広場は静まり返っていた。黙らせる必要が無くなったことに感謝しつつ、クラウスはその場にいたナイト達にギャロット辺境伯が逃げた経緯を説明した。
「どうして辺境伯は……」
聞き終わると、貴族達はそれぞれ顔を見合せた。どう考えても馬鹿だとしか思えない。わざわざルルクレッツェにつくなんて正気の沙汰ではなかった。
「それは知りません。私たちには理解できないので。リチャード殿下が捕まえて連れてくるのを待ちましょう」
言いつつも黒の騎士団はテキパキと役割をこなしていく。まず、お縄についたギャロット一族を一箇所に集め、身体検査をして逃げられないように監視を置く。そしてまだ天幕内で寝ているままになっている者達を、即席で作った簡易ベッドに寝かせていった。
そんな中、ルドウィッグとエルドレッドの所にコンラッドが険しい顔で近づいてくる。
「ルイス公爵、お話したいことが」
神妙な面持ちで話を切り出す。
「構わないが、エレーナはどこかね?」
「その件で謝罪したいことが。ここで話すのは憚られますので場所を移しましょう」
ルドウィッグは胸騒ぎがした。それはエルドレッドも同様で、落ち着かない様子だ。
「私は姉上を先程から探しています。なのに、見つからない……それと何か関係が?」
我慢できなくなったエルドレッドが悲痛な叫び声を上げた。
そうなのだ。まだ愛娘の姿が見えない。寝ているだけならここにいていいはずなのに。運ばれているはずなのに。
「…………こちらの不手際で公爵令嬢はジェニファー王女と共に攫われました」
淡々としているが、どこか悔しさを滲ませるようにコンラッドは言った。
「お昼休憩が終わり、その後にリリアンネ・ギャロットの天幕に行くところまでは確認が取れています。ですがその後忽然と」
「大変申し訳ございません」と深く頭を下げるコンラッドを見ながら、ルドウィッグは世界から色が失われていくように感じた。
「どうしてだ。何故私の娘だけ」
「分かりません。おそらくリリアンネ様が連れ去ったのかと。ギャロット辺境伯の計画には入ってませんでしたので」
──娘が攫われた。しかも不手際だと言って、目の前の騎士は謝罪している。
親である自分は、本来なら怒鳴り散らしていい場面だろう。
しかし、ルドウィッグは彼らを責められなかった。もちろん騎士たちの主、リチャード殿下に対してもだった。
他の人から見たら甘い、と思われるかもしれない。理解が出来ないとも。
だがあの方はたとえ国の為だとしても、娘を危険に晒す真似は絶対にしない。そういう確信がルドウィッグの中にあった。
現に妻を含め、エレーナ以外の令嬢たちは、傷一つなく気持ちよさそうに眠っているだけなのだ。
「女性の方々に出された紅茶と、昼休憩後の時間帯を楽しませるため持ち込まれたアロマの作用です」
部下から手渡された物──左手にアロマポット、右手に紅茶缶を持ちながらクラウスは話を続ける。
「カランド公爵令嬢がこの手の薬草類に詳しいので詳細は令嬢が話してくれます」
さっと横にクラウスは避け、後ろにいたアレクサンドラが1歩前に出る。突如現れた唯一、眠りについていない令嬢に注目が集まる。
「あー、えっと、アレクサンドラ・カランドです。クラウス卿が持っている紅茶とアロマ、どちらも個々に楽しめば大丈夫な薬草が使われているんですが、一緒に使うと強力な睡眠作用があるのです」
尻込みしながらもアレクサンドラは続ける。
「ですが、身体には大きな悪影響は起きません。副作用なく目が覚めますよ。あと2時間ほど待てば……ですが」
「──名前は」
一人が発した。
「え?」
「だからその使われた薬草の名前を教えてくれ。輸入輸出、市場売買禁止にしてやる」
静かに怒り狂っていたのは経済を担当していて、ルドウィッグもよく知っているバトラー侯爵だった。
「えーと、禁止するも何も、希少価値が高すぎて普通は売買できるほど市場に出回っていなくてですね……オークションの目玉にするために確保するのも厳しいほどで……」
「いいから」
「茶葉がルオンミーレで、アロマの方はプチグレンです。どちらも生産国はルルクレッツェです」
アレクサンドラは言い終わると、バトラー侯爵の勢いに怯えながら後ろに戻っていった。
ルドウィッグは茶葉の方にだけ聞き覚えがあった。だが、アレクサンドラが言った通り希少であり、公爵である自分でさえ手に入れることが出来ない。名前だけ知っている代物だ。
この国でも飲んだことがある者は、下手したらいないのではないだろうか。
バトラー侯爵の怒りに蹴落とされ、広場は静まり返っていた。黙らせる必要が無くなったことに感謝しつつ、クラウスはその場にいたナイト達にギャロット辺境伯が逃げた経緯を説明した。
「どうして辺境伯は……」
聞き終わると、貴族達はそれぞれ顔を見合せた。どう考えても馬鹿だとしか思えない。わざわざルルクレッツェにつくなんて正気の沙汰ではなかった。
「それは知りません。私たちには理解できないので。リチャード殿下が捕まえて連れてくるのを待ちましょう」
言いつつも黒の騎士団はテキパキと役割をこなしていく。まず、お縄についたギャロット一族を一箇所に集め、身体検査をして逃げられないように監視を置く。そしてまだ天幕内で寝ているままになっている者達を、即席で作った簡易ベッドに寝かせていった。
そんな中、ルドウィッグとエルドレッドの所にコンラッドが険しい顔で近づいてくる。
「ルイス公爵、お話したいことが」
神妙な面持ちで話を切り出す。
「構わないが、エレーナはどこかね?」
「その件で謝罪したいことが。ここで話すのは憚られますので場所を移しましょう」
ルドウィッグは胸騒ぎがした。それはエルドレッドも同様で、落ち着かない様子だ。
「私は姉上を先程から探しています。なのに、見つからない……それと何か関係が?」
我慢できなくなったエルドレッドが悲痛な叫び声を上げた。
そうなのだ。まだ愛娘の姿が見えない。寝ているだけならここにいていいはずなのに。運ばれているはずなのに。
「…………こちらの不手際で公爵令嬢はジェニファー王女と共に攫われました」
淡々としているが、どこか悔しさを滲ませるようにコンラッドは言った。
「お昼休憩が終わり、その後にリリアンネ・ギャロットの天幕に行くところまでは確認が取れています。ですがその後忽然と」
「大変申し訳ございません」と深く頭を下げるコンラッドを見ながら、ルドウィッグは世界から色が失われていくように感じた。
「どうしてだ。何故私の娘だけ」
「分かりません。おそらくリリアンネ様が連れ去ったのかと。ギャロット辺境伯の計画には入ってませんでしたので」
──娘が攫われた。しかも不手際だと言って、目の前の騎士は謝罪している。
親である自分は、本来なら怒鳴り散らしていい場面だろう。
しかし、ルドウィッグは彼らを責められなかった。もちろん騎士たちの主、リチャード殿下に対してもだった。
他の人から見たら甘い、と思われるかもしれない。理解が出来ないとも。
だがあの方はたとえ国の為だとしても、娘を危険に晒す真似は絶対にしない。そういう確信がルドウィッグの中にあった。
現に妻を含め、エレーナ以外の令嬢たちは、傷一つなく気持ちよさそうに眠っているだけなのだ。
291
あなたにおすすめの小説
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる