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裏側(3)
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「見つかり……ますよね」
「見つかってはおります。現在位置は分かるのです。ただ……」
言いにくそうにしているのは、生きて連れて帰れるか分からないからだろう。
「無事で帰ってきてくれるのであればそれ以外は何も望まないのだが」
それ以上何も言えずに佇むルドウィッグ。無情にも時間は進む。
二時間が経ち、次々と目を覚まし始めた者たち。一度医師に見てもらい、許可を貰ったものから帰っていく。
ヴィオレッタも幾らかしないうちにその大きな瞳を開けた。
「……あなた?」
ルドウィッグとエルドレッドに覗き込まれていたヴィオレッタは、不思議そうに夫を見た。
「ああ、おかえりなさい。もう大会は終わったの? 結果発表は寝過ごしてしまったかしら」
何も知らないヴィオレッタの純粋な問いかけに、ルドウィッグは胸を締め付けられた。
「ヴィオ、取り乱さないで聞いてくれ」
「ええ、もしかしてエルドレッドが1番だったの?」
興奮を滲ませている瞳が、次の瞬間絶望に染まると思うとつらかった。
「──エレーナが攫われた」
「……何の冗談よ。狩猟大会はいつから攫う為の大会になったかしら」
可笑しそうに笑うが、周りの空気が重くてヴィオレッタの心臓はどんどん大きく鼓動していった。
「う……そよね? ねえ、レーナは? 今日もみんなといるのよね?」
息子の胸元掴んで問いただす。エルドレッドは視線を逸らした。
「どういうこと? 何が起きたの?」
「公爵夫人、落ち着いてください。全てお話し致しますので」
クラウスはエルドレッドとルドウィッグにした説明と同じ説明をヴィオレッタにした。
青ざめたヴィオレッタはしばしの間、夫の腕をギュッと掴んだ。
「────おそらくそろそろ戻ってきます」
クラウスは懐中時計で時間を確かめ、ヴィオレッタを支えていたルドウィッグに言った。
「──副団長! 伝令です」
走ってきたのは若い騎士だった。
「誰からだ!」
クラウスが叫ぶように答える。
「リチャード殿下からです」
「何と書いてあった」
「ルイス公爵令嬢を見つけ、保護したが重篤なのでそのまま王宮に運ぶと。走り書きでルイス公爵にも伝えてくれと」
その場に居た者が息を呑んだ。母であるヴィオレッタに至ってはよろめいて、再び倒れそうになった。
「早急に馬と馬車を用意しろ。皆さま王宮までお送りします」
即座にクラウスが指示を飛ばす。
ルイス一家はすぐに馬車に乗り込み、王宮に向かった。
馬車から降りると待っていたらしい宮の者がすぐに案内をしてくれる。
その間にも行く手から忙しなく動く侍女達の姿が目に入った。彼らは清潔なタオルや汚れたタオル、水やお湯を張った盥を運んでいた。
一際、出入りが目立つ部屋にルドウィッグは案内される。
一番最初に見えてたのは、険しい顔をして侍女に指示を飛ばし、何者かの襟首を掴んでいるミュリエルだった。
「もうっ! 邪魔よ! 消えて!」
そう言って部屋から放り出されたのは陛下であった。
彼は今到着したばかりのルドウィッグに気がつく。
「来たのか。中に入りなさい」
促して、自身はその場を去っていく。
中に入ると血の匂いが充満していた。鼻につく匂いだ。
誰かが寝ていると思われる寝台の傍には、血が付着したタオルが落ち、テーブルの上には薬瓶が何個も蓋が開いたまま置かれ、白衣を着た王宮の医師が調剤している。
「ああ、公爵来たの。申し訳ないわこんな慌ただしくしていて」
青筋を浮かべていたミュリエルは深呼吸した。
「エル、私のレーナはどこにいるの?」
真っ青になりながらヴィオレッタは友人に尋ねた。
「寝台よ」
ヴィオレッタはその言葉を聞くと寝台に駆け寄った。
「レーナ、お母様よ」
治療の邪魔にならないような場所から覗き込んだ。そこに居たのは愛する娘で、頬を青白くしたエレーナだった。魘されているのか、顔は険しく、額には玉のように汗が浮かんでいる。
見ていられなくて優しく拭き取るが、すぐに汗が出て、滑らかな皮膚を伝って落ちていく。
「殿下はどこに」
ルドウィッグは冷静だった。いや、そうなるように感情を抑えていたのかもしれない。
「────ついさっきまではここにいたけど私が追い出した。あなたにはやるべきことがあるでしょうと」
「そうですか。では、エレーナは助かりますか。出血量が……私から見ると多すぎるかと」
騎士ではないルドウィッグから見ても愛娘は血を流しすぎていた。頬が青白いのもそれが原因だろう。
「傷は深くはないらしいのだけど……止まらないのよ。リチャードも運ぶ間、何とかして止めようとしたらしいのだけど……」
そう言って指したのは床に落ちたマントだった。元は黒色だったのだろうが、今は赤黒く変化していた。
「このままいくと今日が峠だと言っていた。持ちこたえさえすれば希望はあるけど、命が持っても、目が覚めるかは……」
「王妃様」
エレーナの治療をしていた侍医がこちらに近づいてきた。
「何かわかったの」
「エレーナ様の怪我ですが……毒が塗られた矢を受けたようです。出血が中々止まらないのと高熱なのがそのせいかと」
「解毒は?」
「今、薬を服用させました。効果はもう少し様子を見ないとなんとも言えません」
「そう、ありがとう。引き続きお願いね」
「分かりました」
頭を下げて、侍医は再びエレーナの治療に戻った。
「──誘拐罪、人身売買、加えて毒殺ってことかしら? ほんと腐りきってる。反吐がでる」
そう言ったミュリエルは他の者にも指示を出すため部屋を出ていく。それをルドウィッグは見送ったのだった。
「見つかってはおります。現在位置は分かるのです。ただ……」
言いにくそうにしているのは、生きて連れて帰れるか分からないからだろう。
「無事で帰ってきてくれるのであればそれ以外は何も望まないのだが」
それ以上何も言えずに佇むルドウィッグ。無情にも時間は進む。
二時間が経ち、次々と目を覚まし始めた者たち。一度医師に見てもらい、許可を貰ったものから帰っていく。
ヴィオレッタも幾らかしないうちにその大きな瞳を開けた。
「……あなた?」
ルドウィッグとエルドレッドに覗き込まれていたヴィオレッタは、不思議そうに夫を見た。
「ああ、おかえりなさい。もう大会は終わったの? 結果発表は寝過ごしてしまったかしら」
何も知らないヴィオレッタの純粋な問いかけに、ルドウィッグは胸を締め付けられた。
「ヴィオ、取り乱さないで聞いてくれ」
「ええ、もしかしてエルドレッドが1番だったの?」
興奮を滲ませている瞳が、次の瞬間絶望に染まると思うとつらかった。
「──エレーナが攫われた」
「……何の冗談よ。狩猟大会はいつから攫う為の大会になったかしら」
可笑しそうに笑うが、周りの空気が重くてヴィオレッタの心臓はどんどん大きく鼓動していった。
「う……そよね? ねえ、レーナは? 今日もみんなといるのよね?」
息子の胸元掴んで問いただす。エルドレッドは視線を逸らした。
「どういうこと? 何が起きたの?」
「公爵夫人、落ち着いてください。全てお話し致しますので」
クラウスはエルドレッドとルドウィッグにした説明と同じ説明をヴィオレッタにした。
青ざめたヴィオレッタはしばしの間、夫の腕をギュッと掴んだ。
「────おそらくそろそろ戻ってきます」
クラウスは懐中時計で時間を確かめ、ヴィオレッタを支えていたルドウィッグに言った。
「──副団長! 伝令です」
走ってきたのは若い騎士だった。
「誰からだ!」
クラウスが叫ぶように答える。
「リチャード殿下からです」
「何と書いてあった」
「ルイス公爵令嬢を見つけ、保護したが重篤なのでそのまま王宮に運ぶと。走り書きでルイス公爵にも伝えてくれと」
その場に居た者が息を呑んだ。母であるヴィオレッタに至ってはよろめいて、再び倒れそうになった。
「早急に馬と馬車を用意しろ。皆さま王宮までお送りします」
即座にクラウスが指示を飛ばす。
ルイス一家はすぐに馬車に乗り込み、王宮に向かった。
馬車から降りると待っていたらしい宮の者がすぐに案内をしてくれる。
その間にも行く手から忙しなく動く侍女達の姿が目に入った。彼らは清潔なタオルや汚れたタオル、水やお湯を張った盥を運んでいた。
一際、出入りが目立つ部屋にルドウィッグは案内される。
一番最初に見えてたのは、険しい顔をして侍女に指示を飛ばし、何者かの襟首を掴んでいるミュリエルだった。
「もうっ! 邪魔よ! 消えて!」
そう言って部屋から放り出されたのは陛下であった。
彼は今到着したばかりのルドウィッグに気がつく。
「来たのか。中に入りなさい」
促して、自身はその場を去っていく。
中に入ると血の匂いが充満していた。鼻につく匂いだ。
誰かが寝ていると思われる寝台の傍には、血が付着したタオルが落ち、テーブルの上には薬瓶が何個も蓋が開いたまま置かれ、白衣を着た王宮の医師が調剤している。
「ああ、公爵来たの。申し訳ないわこんな慌ただしくしていて」
青筋を浮かべていたミュリエルは深呼吸した。
「エル、私のレーナはどこにいるの?」
真っ青になりながらヴィオレッタは友人に尋ねた。
「寝台よ」
ヴィオレッタはその言葉を聞くと寝台に駆け寄った。
「レーナ、お母様よ」
治療の邪魔にならないような場所から覗き込んだ。そこに居たのは愛する娘で、頬を青白くしたエレーナだった。魘されているのか、顔は険しく、額には玉のように汗が浮かんでいる。
見ていられなくて優しく拭き取るが、すぐに汗が出て、滑らかな皮膚を伝って落ちていく。
「殿下はどこに」
ルドウィッグは冷静だった。いや、そうなるように感情を抑えていたのかもしれない。
「────ついさっきまではここにいたけど私が追い出した。あなたにはやるべきことがあるでしょうと」
「そうですか。では、エレーナは助かりますか。出血量が……私から見ると多すぎるかと」
騎士ではないルドウィッグから見ても愛娘は血を流しすぎていた。頬が青白いのもそれが原因だろう。
「傷は深くはないらしいのだけど……止まらないのよ。リチャードも運ぶ間、何とかして止めようとしたらしいのだけど……」
そう言って指したのは床に落ちたマントだった。元は黒色だったのだろうが、今は赤黒く変化していた。
「このままいくと今日が峠だと言っていた。持ちこたえさえすれば希望はあるけど、命が持っても、目が覚めるかは……」
「王妃様」
エレーナの治療をしていた侍医がこちらに近づいてきた。
「何かわかったの」
「エレーナ様の怪我ですが……毒が塗られた矢を受けたようです。出血が中々止まらないのと高熱なのがそのせいかと」
「解毒は?」
「今、薬を服用させました。効果はもう少し様子を見ないとなんとも言えません」
「そう、ありがとう。引き続きお願いね」
「分かりました」
頭を下げて、侍医は再びエレーナの治療に戻った。
「──誘拐罪、人身売買、加えて毒殺ってことかしら? ほんと腐りきってる。反吐がでる」
そう言ったミュリエルは他の者にも指示を出すため部屋を出ていく。それをルドウィッグは見送ったのだった。
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