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家族との再会
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「侍医が……助かったとしても目を覚ます確率は高くないと。レーナが受けた矢じりにルルクレッツェ特有の毒が塗られてて……それが意識が戻らない原因って。でも容態は安定してきたから公爵邸に移動する話が────」
声とエレーナの頭の後ろに添えた手が震えている。いつもの殿下とは違う。
「僕がもっと早く着いていれば。早く見つけてあげられていたら。あちら側の事情なんて無視して、こんなまどろっこしい方法で潰さなければって君が目を覚まさない間何度も」
怖い思いをさせてごめんと謝る殿下に何と返せばいいのか分からなくて、抱き着かれたままになった。
「──家ではないのですねここ」
言えたのは、当たり障りのないことだった。道理で見たこともない部屋だったわけだ。
「宮の中だ。こんなことしてる場合じゃないね。すぐに侍医と出勤しているルイス公爵達を呼んでくるから」
思い出したように扉を出て行こうとするのを引き止める。
「待って、あの、お水を頂いても? 喉が乾いてて」
「もちろんだ。そこにあるから注ぐよ」
硝子の水差しからコップに水が注がれていく。
「動かなくていい。飲ませるよ。右手もそれほど動くわけではないだろう?」
受け取ろうとしたエレーナを遮り、上半身を起こすのを手伝ってくれた。
身を起こして気がついたのだが、エレーナは真っ白なネグリジェに着替えていた。袖口は膨らみ、胸元がきつくないようにゆったりとしている。自分の物ではないので、王宮の備品だろうか。
「ありがとうございます」
水を飲んだらガラガラだった声も幾らかいつもの声に戻ってくる。
「これぐらい君を巻き込んでしまったことに比べたら…………早く呼んでくるよ」
今度こそ本当にリチャード殿下は部屋を出ていった。
しばらくして扉が開かれた時には足音が複数に増えていた。
「姉上! 姉上の意識が戻ったって! 姉上! どこ!?」
連呼し、転びながらエルドレッドが入ってきた。
「姉上ぇぇぇ」
扉の所にいるエルドレッドに向かって微笑みかけたエレーナを見て、号泣している。被っていた帽子を投げ捨ててエレーナ目掛けて走ってきた。
「そんなに泣かなくても……」
エルドレッドをゆっくり右腕だけ動かして抱きとめた。弟は自分の胸の中でずっと涙を零している。
「一週間目が覚めなくて、心配で夜も眠れなかったこちらの身にもなってください! しっ死んでしまうかと、もう話ができないのかと思ったのですよ」
「死なないわよ」
自分で言いつつ、苦笑する。あれは死と隣り合わせだった。走馬灯は死に際にしかよぎらない。
「エレーナ」
「お父様?」
お父様がベッド脇に来ていた。
「身体は……」
「何ともないですって言えればいいんですけど……あいにく左腕が動かないですし、全身が重くて痛いです」
「リチャード殿下から聞いたか分からないが毒の影響だ。じきに抜けると言っていたよ。他はないかい?」
「今のところは。あの、なぜ私は王宮に?」
不思議に思って尋ねればお父様は教えてくれる。
「傷自体はそれほど深くないんだが、生死の境を彷徨うほど出血が止まらなくてね。王宮にいる医者の方が腕がいいからと。リチャード殿下がその場で判断し、そのまま運ばれたんだよ」
「そう……なのですね。ええっと……崖から飛び降りたのは朧げに記憶があります。そこからは……ごめんなさい思い出そうとすると頭が痛くなるの」
本当に……覚えてない。誰かに抱きとめられた記憶はあり、そのあと何かあったはずなのに、ポッカリと記憶が空いている。空白だ。今の言葉からその〝誰か〟はリチャード殿下なのだろうが。
ちらりと殿下の方を見れば、彼は困ったような、安堵したような、悲しいような、複雑な表情をしていた。癖である左斜め上に視線が泳いだので、言いたくないことなのだろう。
(何か私がしでかしてしまったのかしら?)
「頭を強く打ってここに着いた時には出血していたらしいからね。無理して思い出そうとしなくていいんだよ」
ルドウィグは気遣うように娘の背中に手を回した。そして包帯を巻いているエレーナの額を優しく撫でた。
「お母様は?」
「ヴィオレッタは公爵邸だ。エレーナを明日移そうと思って、準備していたところだった。目覚めたことを知ったら喜んで、嬉し涙を零すはずさ」
家族の中で一番気を張っていたのがヴィオレッタだ。いつもなら自分を窘め、落ち着つかせるのが妻なのに、今回ばかりは立場が反対になった。
「あっあと、ここは客室ですか? 王宮の中だとは教えてもらったのですが、医務室には見えませんので」
「客室とも少し違うが……まあエレーナだけの部屋だ。他の者は許可がないと無理だ。私達でも滅多なことでは入れない。──陛下達、王家の方々が寝起きする区域だから」
「そんな奥に?」
エレーナは瞬いた。
声とエレーナの頭の後ろに添えた手が震えている。いつもの殿下とは違う。
「僕がもっと早く着いていれば。早く見つけてあげられていたら。あちら側の事情なんて無視して、こんなまどろっこしい方法で潰さなければって君が目を覚まさない間何度も」
怖い思いをさせてごめんと謝る殿下に何と返せばいいのか分からなくて、抱き着かれたままになった。
「──家ではないのですねここ」
言えたのは、当たり障りのないことだった。道理で見たこともない部屋だったわけだ。
「宮の中だ。こんなことしてる場合じゃないね。すぐに侍医と出勤しているルイス公爵達を呼んでくるから」
思い出したように扉を出て行こうとするのを引き止める。
「待って、あの、お水を頂いても? 喉が乾いてて」
「もちろんだ。そこにあるから注ぐよ」
硝子の水差しからコップに水が注がれていく。
「動かなくていい。飲ませるよ。右手もそれほど動くわけではないだろう?」
受け取ろうとしたエレーナを遮り、上半身を起こすのを手伝ってくれた。
身を起こして気がついたのだが、エレーナは真っ白なネグリジェに着替えていた。袖口は膨らみ、胸元がきつくないようにゆったりとしている。自分の物ではないので、王宮の備品だろうか。
「ありがとうございます」
水を飲んだらガラガラだった声も幾らかいつもの声に戻ってくる。
「これぐらい君を巻き込んでしまったことに比べたら…………早く呼んでくるよ」
今度こそ本当にリチャード殿下は部屋を出ていった。
しばらくして扉が開かれた時には足音が複数に増えていた。
「姉上! 姉上の意識が戻ったって! 姉上! どこ!?」
連呼し、転びながらエルドレッドが入ってきた。
「姉上ぇぇぇ」
扉の所にいるエルドレッドに向かって微笑みかけたエレーナを見て、号泣している。被っていた帽子を投げ捨ててエレーナ目掛けて走ってきた。
「そんなに泣かなくても……」
エルドレッドをゆっくり右腕だけ動かして抱きとめた。弟は自分の胸の中でずっと涙を零している。
「一週間目が覚めなくて、心配で夜も眠れなかったこちらの身にもなってください! しっ死んでしまうかと、もう話ができないのかと思ったのですよ」
「死なないわよ」
自分で言いつつ、苦笑する。あれは死と隣り合わせだった。走馬灯は死に際にしかよぎらない。
「エレーナ」
「お父様?」
お父様がベッド脇に来ていた。
「身体は……」
「何ともないですって言えればいいんですけど……あいにく左腕が動かないですし、全身が重くて痛いです」
「リチャード殿下から聞いたか分からないが毒の影響だ。じきに抜けると言っていたよ。他はないかい?」
「今のところは。あの、なぜ私は王宮に?」
不思議に思って尋ねればお父様は教えてくれる。
「傷自体はそれほど深くないんだが、生死の境を彷徨うほど出血が止まらなくてね。王宮にいる医者の方が腕がいいからと。リチャード殿下がその場で判断し、そのまま運ばれたんだよ」
「そう……なのですね。ええっと……崖から飛び降りたのは朧げに記憶があります。そこからは……ごめんなさい思い出そうとすると頭が痛くなるの」
本当に……覚えてない。誰かに抱きとめられた記憶はあり、そのあと何かあったはずなのに、ポッカリと記憶が空いている。空白だ。今の言葉からその〝誰か〟はリチャード殿下なのだろうが。
ちらりと殿下の方を見れば、彼は困ったような、安堵したような、悲しいような、複雑な表情をしていた。癖である左斜め上に視線が泳いだので、言いたくないことなのだろう。
(何か私がしでかしてしまったのかしら?)
「頭を強く打ってここに着いた時には出血していたらしいからね。無理して思い出そうとしなくていいんだよ」
ルドウィグは気遣うように娘の背中に手を回した。そして包帯を巻いているエレーナの額を優しく撫でた。
「お母様は?」
「ヴィオレッタは公爵邸だ。エレーナを明日移そうと思って、準備していたところだった。目覚めたことを知ったら喜んで、嬉し涙を零すはずさ」
家族の中で一番気を張っていたのがヴィオレッタだ。いつもなら自分を窘め、落ち着つかせるのが妻なのに、今回ばかりは立場が反対になった。
「あっあと、ここは客室ですか? 王宮の中だとは教えてもらったのですが、医務室には見えませんので」
「客室とも少し違うが……まあエレーナだけの部屋だ。他の者は許可がないと無理だ。私達でも滅多なことでは入れない。──陛下達、王家の方々が寝起きする区域だから」
「そんな奥に?」
エレーナは瞬いた。
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