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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟むハインツさんとルシウスさんが来た翌々日、新聞に春の1月15日から桜まつりが開催される事が発表されたと記事が載った。
例年と変わらぬ日程で期間も同じく三日間。早耳の商人達は再び訪れる稼ぎ時を逃すまいと前日の夜には店を畳んでお祭りに備え追加商品の買い付けに王都を出立したらしい。
これで少しの間は王都も落ち着くだろうとノートンさんは言っていたけれど俺の外出禁止は続行だった。
子供達には申し訳なかったけれど来客が続いたお陰で気がそれたのか自分達のペースで遊ぶのも悪くないみたいで連日朝から元気に庭を走り回っていた。そして昼下がりはお花見ランチの後そのまま桜の下でまったりしながら絵本を読んでとおねだりされた。
でもそれを聞いているのは両脇から覗き込んでいるロイとライだけでサーシャとディノは本物の蝶を追いかけ早々に離脱していた。
「ライがつぎはこれがいいって。」
そういったのは明るいミルクティ色の髪に赤紫の瞳のロイ。
「ロイもこれがいいって。」
今度は同じ髪色に紫の瞳のライ。
ふたりで取りに行った絵本は読む順番も決まっているらしく相変わらず互いのやりたいことを口にする。こんなに気の合うふたりでもいつか意見が分かれる事があるのだろうか。
あ、そう言えばクラウスを紹介した際に保育士憧れのプロポーズをしてくれたあの時だけはそれぞれが自分としてと言ったんだった。
「ふふっ……あ、これお祭りの本だね。ふたりともお祭り楽しみ?」
「うん、ひろばにいきたい。」
「ひろばでじいじのおひげほしい。」
「おひげ?」
「「うん、ね~。」」
なんだろう、お面かな。
俺が桜を咲かせたばかりにこの前まで教会の広場も賑わしかったけれど本来新年で賑わうのは王都の入り口に近いギルドのある通りだけ。でも桜まつりには桜の名所である『桜の庭』に近い教会の広場にも沢山の屋台が並び催し物も行われるんだそうで最終日にお出掛けするのは子供達が楽しみにしている行事の一つだった。
俺も一緒に行けるだろうかとクラウスに訪ねてみたら「なんとかします」とリシュリューさんが言っていたとからなんとかなるだろうとクラウスが言ってくれたから安心して俺も子供達同様すごく楽しみにしてる。
唯一心配なのはやっぱりこの桜だ。
「「どうかしたの?」」
贅沢にも背もたれにしていた桜を見上げていたら両脇にピタリとくっついていた双子が同時に手元の絵本から心配そうに俺の顔色を伺う、その可愛さに耐えられずついつい抱きしめてしまう。逃げられないウチはいいよね。
「ううん何でもないよ。ただこの桜がお祭りまで咲いてて欲しいなぁって思ったんだ。」
こうして目を閉じるとほんの少しだけ優しく香る春の気配。なのに実際には咲いてないなんて今も信じられないけど新聞の記事には別の街でも桜が例年通り咲き始めたとあったから実はもう本当に咲いていたりするのかな、それなら後少しだけ頑張って咲いてて欲しい。だって『桜まつり』に桜が散っていたら遠くから来てくれた人達もそれを迎える人達もみんながっかりしちゃうよね。
もちろん俺もそのひとり。
アルフ様とユリウス様が誇らしそうに聞かせてくれたお祭りにこのまま満開の桜で彩りを添えて欲しいし、クラウスと約束したお祭りデートにもやっぱり咲いててくれなくちゃって思うんだ。
不意に小さな何かが唇に触れてパチリと目を開けると俺の膝の上でディノがへにゃりと笑ってた。
「へへへぇほらねでぃのがおおじさまだよ。」
「ずるいよディノ、ロイがしようとおもったのに。」
「そうだよライもしようとおもったのに。」
双子がむくれながら自分の意見を言った。さっき思い出した事が早々に再現されるなんてこれは貴重だ、なんて浮かれてる場合じゃなかった。
「もしかして俺寝ちゃってた?」
「うん、だからねぇでぃのがちゅうしたの。」
小さな両手で口元を隠して笑うディノが可愛い。ということはさっきの柔らかいのははディノの唇の感触だったのか。
少しの罪悪感と大きな優越感。でもこういうのはディノのファーストキスにならないから大丈夫。
今日は久しぶりにまったりしてたからどうやら睡魔に負けてしまったみたいだけど甘やかされた時にこの木陰でのお昼寝が最高だって知ってしまったから仕方ないよね。
「起こしてくれてありがとうディノ、ロイ、ライも。サーシャは?」
庭に見当たらなかったサーシャの行方を訪ねたら三人同時に屋敷の方に視線を向けた丁度その時、玄関扉からノートンさんと一緒に出てくるところだった。
「トウヤ君が起きないってサーシャが呼びに来たけど……起きてるね。」
「でもさっきはねてたもん。ね~。」
「うんでぃのがおおじさまだよ。」
嘘は言ってないのだとディノ達に同意を求める事で居眠りをバラされてっしまった。
「すいません、子供達を差し置いて俺だけうたた寝しちゃったみたいでお恥ずかしいです。」
「いやいや、こんなお昼寝日よりにしないほうがもったいないと思うよ。」
そう言って俺を甘やかしながらノートンさんがサーシャにウインクしたら繋いでいた手を慌てて振りほどいた。
「だってねむくないもん、いこ、ディノ。」
「うん、でぃのもねむくないもん。」
初めは楽しんでいたお勉強は飽きてしまったけれど体力を持て余す子供達はもうお昼寝には戻れないみたいだ。サーシャは同じく体力を持て余すディノを連れてあっという間に庭の端まで走って行ってしまった。面倒見のいいお姉さんで助かります。
「ノートンさんこそ何かあったんですか?」
「ああ、ちょっと探し物をしていたんだ。」
そう言うと首にかけていたタオルで額にうっすら浮かんだ汗を丁寧に拭いた。汗をかき上着を脱いで腕まくりをするノートンさんはあまり見ない姿だ。
「手伝いましょうか?」
「いや、もう見つけたよ。それより私がトウヤ君を手伝おうか、そろそろおやつの時間だからね。」
「え!もうそんな時間ですか?」
思ったよりお昼寝してしまったらしい。どおりでサーシャがノートンさんを呼びに行くわけだ。
「じゃあロイとライは私とここを片付けようサーシャとディノも呼んでくれるかい?トウヤ君は洗濯物をお願いするよ。」
「「は~い。」」
「はい。」
さすがノートンさん、楽しいけれど子供達に手伝ってもらうより俺だけの方が早く終わることを知っている。
的確な指示により洗濯物を取り込んでリネン室へ向かうのと庭を片付けた子供達が手を洗い食堂へ来るのはほぼ同時だった。
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