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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む部屋の灯りをつけ数分後、すでに耳慣れたリズムでノックが3回鳴った。もちろんそれはクラウスだ。
「お疲れ様。」
「お疲れ様、どうしたんだこれ。」
ハグちゅうした俺の頬にキスを返しながらも部屋の扉を開けると嫌でも目に付く新たな家具に触れずにはいられないよね。
「ノートンさんが使ってない物を探してくれたんだ。これでも二人掛けだよ。」
ノートンさんの執務室や新居で見るものは三人掛けだからそれに比べるとやや小さい、でもふたり並んで座るには十分なこのソファーは12畳程のこの部屋にはちょうど良かった。
おやつの時間の後、子供部屋でシーツを掛けていたら再び腕まくり姿のノートンさんがやって来て「ちょっといいかい?」と俺を手招きした。
なんだろうと思いながらついて行った先は階段を挟んで向こう側、新居では俺達の寝室があるけれど子供の減った『桜の庭』では今はもう使われていなくて廊下も時々掃除する程度。その一番奥の広い部屋にはやはり使われてない家具が押し込められ埃がかからないように白い布が掛けてある。ここで働き始めた頃に一度覗いて以来何の部屋かも忘れていた。
扉を開けた目の前には奥の一角を崩し引っ張り出されたと思われる二人掛けのソファーあって掃除に使われた布巾も確認できた。これがノートンさんの腕まくりの理由に違いない。
『初めに相談しようと言ってそれきりだったね、今更で申し訳ないんだけどこれをトウヤ君の部屋にどうかな。保存魔法も掛けてあったしちゃんと手入れもされてた物だから作られたのは古いけど絨毯よりは座り心地もいいんじゃないかと思うんだ。』
そう言ってぱちんっとウインクしたノートンさんに絨毯の話をしたのは昨日の事だった。
ここの暮らしは土足が前提で本来、床に座るのは行儀が悪い事とされている。
プレイルームは好きに遊べるように半分土足禁止になってるけれどそれ以外は外を歩いた靴で歩き回るのだからこれまでを日本人として生きた俺はいくら綺麗にしていてもクラウスを床に座らせることはやっぱり気になってしまう。俺を抱かえるためにするのだからなおさらだ。
だったら前みたいにベッドと椅子をそれぞれ使えばいいのだろうけどそれではくっつけないからそれも嫌だ。ならせめて直に座るより絨毯でも敷いておこうと思いついて余っているのがあれば持ち込みたいと相談した時は不思議そうな顔をしたけど使い道を隠したところでノートンさんにはしっかりお見通しだったみたい。
そうして手に入れたこのソファーをノートンさんは『古い』なんて言ったけど深緑のベルベッドの落ち着いた雰囲気も背もたれ部分に等間隔にならんだくるみボタンも俺から見たらすごくおしゃれだし体が沈み込まない座り心地も理想的だ。
「うん、いいな。」
そう言って真ん中に座るクラウスも間違いなく俺の心を見通してる。
腕を引かれるまま「そうでしょう?」なんてクラウスの膝の上に座る俺には結局二人掛けであることも理想的な座り心地も関係なくてノートンさんにちょっとだけ後ろめたい。だけどちゃっかり収まったこのたくましい体にその時の出来事をもう一つ思い出した。
「これを運ぶ時俺的にはすごく重かったんだけど相変わらずノートンさんは平気そうだったんだよね。ちょっと情けない…。」
そこそこ高齢なノートンさんより自分が非力なのは気付いてたけどこれまでは生まれが違うのだから仕方ないと諦めていた。けどそうでないのなら自分にがっかりしてしまう。
「そんな事ないさ。」
いじけて膨らんだほっぺを笑ってつつくから慰めてくれたのだと気を良くすれば思ってもみないセリフをクラウスが口にした。
「俺ならこれくらい一人で持てる。」
「……それ全然慰めになってない。」
「そうか?院長だって一人じゃ持てないだろう?」
「もういいってば。」
クラウスのばか、俺は真剣なのにからかうなんて。
今に見てろ俺がこの世界の生まれならば身長もまだまだ伸びるかもしれないしいつかムキムキも手に入れられる可能性があるはず!
──なんてちょっと拗ねてみたけれど人より小さい今の俺だから男でもこの腕の中で素直に甘えられるのかと考えればどちらを取るか簡単に答えが出る。
「あふ…。」
無事にソファーのお披露目が済んでクラウスの腕のなかに素直にすっぽりと収まったら急に眠くなってしまった。
「疲れてるんだろう、このまま眠るか?」
「ううん、疲れてないよ。でも昼間ウトウトしたせいで眠気が残ってるのかも。」
「そうか、でもそれならなおさら遠慮するな。」
「わ、ちょっと、駄目だってば。」
眠気を覚まそうとほっぺをつねる俺の手を捕まえたクラウスが俺の体を横抱きにしてしまうとニヤリと笑った口元そのままでまぶたやおでこにキスをするから目を開けられない。
居心地のいいクラウスの腕の中で眠るのはこの上ない贅沢だけどそれでは明日目覚めた時に淋しく感じるに決まってるしせっかく来てくれたクラウスとの僅かな逢瀬の時間が失われてしまう。
「もう、今日は他にも大事な話があるんだから。」
「大事な話?」
「そうだよ、お祭りで絶対に手に入れなきゃいけないのがあるんだから。」
もったいないけどきれいな顔を両手で押し返し子供達から手に入れた情報をクラウスと共有した。
もしも、万が一俺のせいで子供達までお祭りに行けなくてもなるべく悲しませなくて済むように。
「………。」
「どうした?」
「あ…あのね、今日のうたた寝した時のことなんだけど。」
お祭りに行きたいと言う俺の願いを叶えるために頑張ってくれている人がいるというのにそれを信じずうっかり沈んだ気持ちをごまかすために今日俺のもとに現れた小さな皇子様の自慢をしたらディノのあの小さくて柔らかな唇の感触を思い出せないほどキスをされ、俺ひとり冷めない熱を抱えてなかなか眠れなかったのは内緒の話。
そんな穏やかで賑やかな昼とドキドキする甘い夜を繰り返せばあっという間にお祭りが明日に迫っていた。
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