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第二章

可愛いあの子を囲い込むには

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 マリアが本当にぶん殴りに行くとは思わなかった。真顔で当たり前のように付いていくニコラスと苦笑いのヤサ。
 案内役の魔王の側近だと言う魔族のコツコツという足音が響く。後ろ姿を見つめていれば振り返りもせずに平坦な声。

「そんなに警戒しなくても取って喰いはしませんよ。」

「信用できねー。」

「して頂けなくても結構です。」

 シズカは襟元から顔を出すマオの頭をヨシヨシと撫でる。何だあのポジション。うぜぇ。あー、俺もシズカを後ろから抱き締めてそのまま寝たい。切実に。

「なぁ、今日の夕食何にする?」

「え、えぇ…今聞くの?うーん…マオさん何か食べたいものありますか?」

 顔が引き攣ってる。引き攣ってても可愛いとか何事だよ本当に。

「んぬ!ステラリオ、投げやりになっているな!我はシズカのパンが食べたいぞ…!」

「パンかぁ。焼けるとこあるかな…」

 今すぐ家には帰れないし、無いだろ。



「緊張感が無い方たちですね…ハァ、此方で魔王様がお待ちです。」

 重厚な両扉を開けた先にあるどっしりとしたきらびやかな椅子に座るのは見た感じ想像通りな魔王。褐色の肌にデカくて黒くてうねる二本の角。それに漆黒の翼。



「良く来たな…待っておったぞ。」

 ビリビリと肌で感じる程の魔力にシズカの腰を引き寄せた。

「エルフ二人の献上品があると聞いていたが?」

「んなもんねぇわ。」

 わかっててニヤニヤと笑う魔王。

「それでお前たちは何をしにここへ来た?」

「んぬ!魔王!我は元魔王のマオだ!主は我の家族か?父と母はいるか?本当に殺したのか!」

「フハハハハハ!そうだ!俺が殺した!お前のように弱かったからなぁ!ヨナ!隷属の首輪を持って来い。」

 嬉しそうに出ていく側近という魔族。ぼろりと涙を流すマオ。そんなマオをみて優しく背中を撫でるシズカ。いや、落ち着いてるな。

「マオさん、大丈夫です。魔王さんは優しそうです。」

 そうなんだよな、殺気もそんな出してこないし、話し方がもう演技入ってるし。



「ってなわけで、俺、魔王。名前は7人いる嫁しか知らない。よろしく。」

「…んぬ?んぬ?」

「ちなみに父と母は殺した。俺はお前の弟に当たるが、生まれたのはほぼ同時。父と母は生まれたばかりの俺達を殺そうとした。だから殺した。その間に飛び出して行ったから心配していたのだが、呆気なく殺られて魔族でも無くなったと聞いてそれもお前の人生かと思った。」

 うわ…マオ本当に馬鹿。生まれて直ぐに飛び出すとか馬鹿。

「あの…さっきの側近さんに言っていた隷属の首輪は…マオさんにするつもりですか?」

「いや、あれは三番目の妻だ。ヨナは俺が古の魔王らしく振る舞うのが好きなのだ。首輪は自ら着けるだろう。そういうな、プレイだ。案内の時の無作法も許してやって欲しい。」

 うわ…ドン引き。

「呪いの件はすまなかった。魔族の中にも派閥があってな、元魔王が消滅しているならまだしも姿形が残っている、それも聖魔法を浴びて中途半端となると消しておいた方が良いという案も出る。」

「マオさんは僕たちの家族なので消されると困ります。」

 凛として言い放つシズカ。いくら殺気がないにしても怖いだろうに。

「まぁ、俺も魔王ではあるが、元は兄弟。案がないわけでもない。」

「んぬ…本当か?」

「あぁ。戻ってくれば良い。何、俺が魔力を流し込めば直ぐに魔族に戻るだろう。姿形は小さくとも魔族。翼の色も黒。何も問題はない。」

 まぁ、確かに。マオはふよふよと浮く姿は可愛いだなんて言われているが、褐色の肌に黒い角と翼は魔族のそれだ。

「マオさん……マオさんには弟さんがいました。んと、マオさんの家族です。僕は…僕たちはマオさんの事を本当に家族だと思っていますし、僕はメルさんとマオさんは自分の子どものように想っています。だから、どちらでも幸せになれます。」

 魔王と対当してる時は泣かなかったのに、今マオに説明しながら涙を流すシズカ。



「ハァ。それ以外の方法は?」

「あるにはあるが、条件は付けさせてもらうぞ。」

 ニヤリと笑う魔王に嫌な予感しかない。









「それで、このくらいになったら成型に入ります。」

「はい!」

 魔王城の厨房で人族にパン作りを教えているシズカ。意味わかんねぇ。

「パンが食べられるぞ、良かったなぁ。」

「はい!楽しみです!」

 七番目の妻という人族の男。何でも数百年に一度の生贄の儀式として捨て置かれた人族らしい。

「こんなところに捨てられて、魔力がないから魔力供給の為に無理矢理身体を開かされて、妻にされても文句も言わないのに主食が違うのは可哀想だろう?ふわふわパンが食べたいと隠れて泣いておったのだ。」

「食事が合わないのは辛いですよね。小麦が育たないのですか?」

「土壌が合わないのだ。比較的良く育つのはこの米という穀物だな。」

「お米…!お米があるんですね…!すごい…」

 麻袋に手を突っ込んで出されたそれをキラキラと瞳を輝かせて見るシズカ。

「知っているのか?」

「うん!僕がいたところの主食だよ。」

 まじか。俺達のところにも似た穀物はあるが、以前食べていたものとは少し違うと言っていた。

「とりあえず持ってきた小麦は置いて行くから米が欲しい。」

「貿易するか。もう鎖国も古いしな。人の国は嫌だが。」

「わかる。」

 ざっと意見を出し合い取決めをして、書面に纏める。
 焼き上がったパンをはしゃぎながら頬張る人族を優しく見つめる魔王。

「お前とは良き友になれそうだ。」

「いや…魔王が友とか、無理。遠慮しとく。」

 何かに巻き込まれそう。

「ふは!そういう所が良い。どれ、マオ、此方に。」

「…んぬ。」

「本当に良いのか?」

「んぬ。我は元魔王であるが、今はシズカたちが家族で、シズカの子に生まれたかったと考えるのだ。すまぬ。」

「謝ることはない。だが、その姿でいればこれから先も狙われるだろう。俺もいつまで魔王で居られるかわからん。」

 次代が出来たら交換。父と母は権力に縋り跡継ぎを殺そうとして魔王に殺られた。

「お前から僅かに残った魔族である魔力を消す。」

 片手をマオの頭に乗せ、何かを摘むように指を動かす。

 まず、小さな角が魔王の手の中に吸収される。次に肌から色が抜け、シズカのような透きとおるような綺麗な白い肌に。そして、最後に…黒く小さな翼も消え、その代わりに人の子……子は子でも赤子じゃないか!

「ふぇぇぇぇ…!」

「赤ちゃん…?え、マオさん?マオさんが赤ちゃん?」

 混乱するシズカ。だが、俺も驚いている。こんな魔法は見たことがない。

「魔族である魔力を取ったらシズカとステラリオの魔力だけになった。まさか人の子になるとは俺も思わんかった。すまん!まぁ、正真正銘お前たち二人の魔力が混じった二人の子だ。大切に育てよ。」

 人の子になるのはシズカの聖魔法が多くの割合を占めているからだろう。
 片手で雑に抱く魔王からシズカがそろそろとマオを受け取る。

「どうしよう…リオ。マオさんは僕が親で良いのかな。両親からの愛とかもわからないのに……でも…かわいい。」

 愛おしそうに両手でマオを抱くその姿は聖母のように美しい。



「シズカがマオの親なら俺も親だ。」

 このマオはシズカに似ている。シズカが母になるなら俺は父になろう。子育てなんて一生縁のない事だと思っていたが、シズカとだったら出来る気がする。助けてくれる家族もいる。





 可愛いあの子を囲い込むにも最近は凛として美しく強いシズカが囲いを越えてしまうのではないかと思っていた。その囲いが強くなるなら、赤子を育てるくらい何とも無い。

 可愛いあの子を囲い込むには、半身に重いくらいの執着があって、半身を溺愛していて、魔法が使えなければならない。メルロを飼っていて、麗しのエルフ様にもなれないといけない。

 そして二人の子が家族の絆を深めるだろう。

 可愛いあの子を囲い込むのは、俺にしか出来ない事。
 可愛いあの子を囲い込む事が出来るのは、やはり俺だけだ。












________________


本編はここで完結となります。

一年前から読んでくださっていた方、今回初めて読んでくださった方、感想や投票などの応援とても嬉しかったです。
本当にありがとうございました…!


その後の番外編も落ち着いたら書きたいです…!
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